牢獄の中で
「すみません、左近さん。巻き込んでしまって」
先ほどまでの強気な琴子が嘘のように萎れて謝罪する琴子。
「なんの。言わば敵の本拠地に乗り込んだのだ。元より危険は覚悟の上よ」
左近さんはがははと笑う。
「おい琴子。俺に謝罪は?」
俺は琴子を横目で睨みながら言う。
「もとはといえばアンタのせいでこの時代に閉じ込められたんだから、今こうしているのもアンタのせいよ」
琴子は俺を睨み返して言う。
…言いがかりの領域だよ…でも言い返したらまた変な理屈で怒られるからやめとこ。
「何よ。文句あるの?」
「ありません」
さらに睨みつけてくる琴子から俺は目を逸らして肩を落とす。
…顔が可愛くなかったらぶん殴ってるんだけど。顔だけはめちゃくちゃ可愛いんだよなぁ。
「余計なお世話よ!」
『ゲシ!』
琴子が俺の背中を蹴りつける。
「しまった…また声に出てしまった」
「お前ら少し静かにしてろ」
左近さんが呆れたように呟いてゴロンと横になる。
俺たちは廊に入れられているが拘束はされていなかった。
牢番の姿は見えない。よほど牢の堅牢さに自信があるのだろう。
「俺達処刑されるのかなぁ」
ポツリと呟くと
「なるようにしかならん」
と左近さんは自分で腕枕をしながら目を瞑って返事をする。
「嫌だぁ!死にたくないよぉ!」
思わず泣き叫ぶ。
…まだ…えっちなことだってしてないのに!まだ死にたくない!こんなことならあの時紫乃さんと…
「うるさいなぁ!ちょっと静かにしてくれよ」
牢の隅の暗がりから叱責の声が響く。
暗がりに目を凝らすと人がいる。
「あ。す、すいません」
俺はとりあえず謝罪する。
「いいよ!わかってくれたなら」
その人は謝罪を一瞬で受け入れてくれる。
…優しい人だなぁ。
雲が晴れたのか牢の明かり取りの窓から陽が射し込む。
その人がいる場所を陽の光が照らす。
…あれ?
「小次郎!?」
そこで壁に背中を預けてあぐらをかいていたのは佐和山の市であった小次郎だった。
「ん?何でおいらを知ってるんだい?」
小次郎からはこちらがあまり見えないらしい。
「俺だよ!ほら!佐和山で助けてもらった太助!」
俺は小次郎に這うように近付く。
「おお!太助か!久しぶりだな!妙なところで会う」
小次郎は俺の顔をみてニッコリと笑った。
「なんでこんなところにいるの?」
俺が問うと小次郎は頬をぽりぽりと掻きながら答える。
「いや、太助に言われて陸奥に向かおうとおもったんだけどな、気が付いたら大坂にいて。…通りを歩いていたら女に絡んでる侍がいたから切り捨てたんだよ…」
…やっぱり、陸奥には辿り着けなかったんだな。
「そしたらそれが徳川の家来だったらしくて…捕まっちゃった」
へへへと照れ笑いをする小次郎。
…いや、笑い事じゃないだろう。
「もう一月くらい牢にいれられてるよ」
小次郎は笑いながら言う。
…一月って。
「あぁ、そういえば太助から貰ったあの茶色い板!あれのお陰で今元気にしている。ここの飯は酷いがあの板は甘くて美味いな!少しベトベトしていたが」
…あぁ。チョコレートのことか。食べたんだな。
「でもそれも食べ尽くしてしまって、仕方ないから寝てたんだよ」
小次郎はなんてことないことのように言う。
「それで?太助たちはどうした?」
小次郎が問いかける。
俺がこれまでの経緯を話すと小次郎は腹を抱えて笑い出す。
「あはははは!琴子!お前面白いなぁ」
「そうでしょ?」
琴子はドヤ顔で小次郎を見る。
…なんでドヤ顔をする?
「でも、小次郎が一月も囚われているってことは、俺たちもすぐには殺されないってことかな?」
俺は希望を込めて口を開く。
「いや。囚人の処刑は月に一度だ。小次郎とやらの言う事が本当ならそろそろ…」
左近さんが呟くと同時に役人っぽい侍が地下牢の階段を降りてくる。
「おい。お前ら出ろ!」
役人は居丈高に言ってくる。
「ひぃいいい」
俺は悲鳴をあげる。
左近さんは諦めの表情で立ち上がる。
「くずぐずするな!立て!」
役人が苛立った様子で言う。
「ひぃいいい!はい!」
俺は慌てて立ち上がる。
「ひのふのみの…あれ?4人だったか?」
「どうだったかな。まぁ良いだろう」
役人が何かヒソヒソ言っている。
俺たちは役人に前後を挟まれて牢を出て歩かされる。
「あ〜これきっと白い砂のところに連れてかれて、なんか御奉行様とか出てきて、なんだかんだとあれこれ聞かれた挙句、何を言っても聞いてもらえずに斬られて死ぬやつだぁ…俺の血で白い砂が赤く染まるんだぁ」
「お白洲が一般的になるのは江戸時代からだよ…どうでもいいけど」
ぶつぶつ言う俺に琴子が溜息混じりに返事する。