第1章 内田花乃の日常 05
宿泊施設に戻り、夕飯とお風呂を終えてお部屋に戻ってきた私たちは、さっそく今日の出来事についての報告会をする。
まずは、杏ちゃん。
杏ちゃんを連れ出した金田君は、ショッピング施設の最初に入ったお店で速攻でお土産を選んだ後、その施設に併設されてるカフェで杏ちゃんとずっと話をしていたんだって。
「え、付き合い始めたの?」
ナイス、ヒナちゃん。
私もちょうど同じ質問をしようとしていたよ。
杏ちゃんは照れながら、首を横に振る。
「言われたわけじゃないけど。
でも、なんか、好意は感じたかも…。」
キャーーーッ!!!
私たち3人は手を取り合って杏ちゃんを見る。
「明日は、ファームに行くでしょ?
そこで、一緒に回ろうって誘われちゃった!」
ヒャーーーー!!!
またまた私たち3人の悲鳴がこぼれる。
金田君、頑張った!!!
これ、もう、明日にはカップル成立だな。
いいな、いいな!
次に、柚月ちゃん。
「見て見て。
私は今日、旦那(2次元)の新しいグッズを購入しました!」
柚月ちゃんは手元に置いてた袋の中から、アクスタとファイルと、お人形のついたキーホルダーを出す。
あ、おめでとー。
バチバチ。
杏ちゃんもヒナちゃんも、さっきの杏ちゃんの時のテンションとは違い、ふーんって感じ。
すると、そんな私たちの反応に気分を害した柚月ちゃんは爆弾発言を落とした。
「小島っちとは、付き合い始めたから!」
そんなわけないでしょ〜、冗談ばっかり〜なんて笑って答える私たちに、柚月ちゃんはムッとしながら、ホントだからね!明日のファームは私も小島っちと回るからっ!と言って、拗ねて布団に入ってしまった。
え?ホントなの?
何それ詳しく。
私たちは布団を剥いで柚月ちゃんを起こし、詳しく話すように促す。
「小島っちと話してたら、好きなアニメが大体一緒だし、好きな声優さんとか、セリフとか、シーンとか、被ってて。
結構作品への考察も深いし、アニスタへのリスペクトも厚いし、マイナーなやつも知ってるし。
今度、聖地巡礼したいねって盛り上がって。
そしたら、小島っちがこんなに話が合う人初めてだって言うから…。」
小島君、意外〜〜〜!
でも、すごーーーい!!!
「ユズが3次元リアル男子と付き合うなんて!」
杏ちゃんが、柚月ちゃんの肩をバンバン叩いて祝福する。
私もヒナちゃんも柚月ちゃんへ拍手を送った。
いいな、いいな!
私たちの事については、ヒナちゃんが二人に話してくれた。
公園でバドミントンをやって、ダブルス戦では私と一ノ瀬君が負けた事。
ソフトクリームを買いに別の場所に移動しようとしたら、女子達に一ノ瀬君が捕まっちゃって、グループは解散してしまった事。
結局ソフトクリームは買いにいけなかった事。
それから、一ノ瀬君がかっこよかった事も話してた。
好きになりそうでヤバかったって。
杏ちゃんと柚月ちゃんも、それな〜って同意して。
私は杏ちゃんに、昨日杏ちゃんが金田君達のスケジュールで動きたいって提案してくれたおかげで、楽しい時間を過ごせたよってお礼を言った。
そしたら、ヒナちゃんも柚月ちゃんもお礼を言ってた。
すごく貴重で幸せな時間だったよ。
***********
消灯時間が過ぎ、みんなの寝息が聞こえ始めた頃、私は手元の携帯を引き寄せた。
写真フォルダには、ダブルスの後で4人で撮った写真が一枚ある。
メッセージアプリを開いて、4人の写真を選択し、紙飛行機マークを押した。
メッセージも送ろうと思って文面を考えるけど、なんて書いていいか分からず、書いては消してを繰り返していたら、送った写真に既読がついた。
それからすぐにThank you のスタンプが送られてきた。
そのスタンプにgoodマークをつけると、次はメッセージがきた。
"文字打つの嫌い?"
"嫌いじゃないよ。
でも、結構時間がかかっちゃう。"
"俺も。"
"なんか、そんな感じするw"
"バレた?w"
"うん。"
"もうみんな寝てんの?"
"うん。
そっちは?"
"こっちも。
金田たちは真面目だからな。"
"沖縄だったら、もっと夜遅くなってた?"
"間違いなくね。
部屋抜け出すヤツも、いるんじゃない。"
"え!?
そうなの?"
"そうなの。
絶対夜の海で泳ぐヤツ、いるよ。"
メッセージの相手は一ノ瀬君だ。
大学生にバドミントンを返した後、メッセージアプリのIDを交換したのだ。
"一ノ瀬君も、抜け出してたかな?"
それまでテンポよく来ていた返事が、一瞬止まった。
答えにくい質問だったのかもしれない。
"かもね。"
一言だけの返事には、どんな気持ちが込められてるんだろう。
それからしばらくメッセージを続けて、おやすみと打ってメッセージを終えた。
一ノ瀬君からもおやすみのスタンプが届く。
テキストをもう一度読み返して、あの一ノ瀬君とメッセージをしてるなんて、と嬉しくて嬉しくて、でもまだ信じられない気持ちもあって、思わず布団に潜って携帯を握りしめた。
翌日、ファームに到着した私たちは、乗馬体験や牛の乳搾り体験をさせてもらった。
馬、かわいい!
でも高くて、ちょっと怖い!!!
牛さん、温かい!
いつもありがとう!!!
その後、ヒナちゃんとファーム内にある雑貨屋さんを覗いていると、声の高い集団が入ってきた。
「1組の長内さん達と一ノ瀬君だよ。」
ヒナちゃんが集団が誰かを教えてくれる。
私もその集団にチラッと視線を向けてみると、一ノ瀬君が違うクラスのキラキラ女子にがっちり囲まれていた。
昨日一緒に遊んだ人と同じ人に思えなくて、なんだか遠い世界の人みたいに感じちゃって、一ノ瀬君達を見ていられなくなった。
ヒナちゃんに、騒がしいからお店の外で待ってると伝えて、外に出る。
お店の外のベンチに座ってると、松尾君が隣にやってきた。
あのパワーに弾き飛ばされちゃったよ、と笑いながら話しかけてくれる。
「なんかわかる。
私も、そのパワーに負けて出てきちゃった。」
「凄かったよ、マジで。
ファームに到着した途端、女子が集団で一ノ瀬捕まえようと迫ってくんの。
これまでは、モテるヤツ爆破しろって思ってたけど、あれが毎日なら、俺普通の方が良いわ。」
さも嫌そうに言うから、おかしくて笑ってしまった。
「じゃあ、ここについてからずっとあんな感じなの?」
「うん。
いつの間にか女子の顔が変わってたり、人数が変わったりしてるけど、でもずっとあんな感じ。」
「えー?
じゃあ、乗馬や乳搾り、出来なかった?」
松尾君はため息ついて、何もやれてねぇ、ってぼやいた。
「せっかくのファームなのに、ファームらしい事してないの勿体無いね。
そうだ、今ソフトクリーム食べる?
昨日奢る約束だったし!
買ってくるから、ちょっと待っててね。」
そう言って、私は少し離れたソフトクリーム屋さんまで走った。
普通のソフトかラベンダーソフト、どっちにしようかな。
ヒナちゃんの分も買わないとだから、二つ買って好きな方を選んでもらおう。
カップ二つを手に戻ってくると、ヒナちゃんと松尾君がベンチにいた。
二人にソフトクリームを渡すと、ヒナちゃんはラベンダー、松尾君は普通のを選んだ。
喧嘩にならなくて良かった。
二人が食べてる間、隣のベンチでぼうっとしながら景色を見てたら、携帯が震えた。
"俺も一緒にソフト奢るはずだったでしょ。"
お店の中の一ノ瀬君だ。
見てたんだ。
"勝手にごめんね。
でも、ソフトクリーム屋さんが目に入ったから、チャンスと思って。"
"奢るのに、チャンス?w"
"変かなw
一ノ瀬君、ソフトクリーム食べた?"
"まだ。
でも、もう食えないかも。"
"じゃあ一ノ瀬君の分、松尾君に渡しとくから、お店から出てきたら受け取って。"
"いや、いいよ。"
"でも、私も食べたくなったから。
ついでに!
普通のとラベンダー味、どっちが良い?"
"普通の"
"わかった。
じゃ、溶ける前には受け取ってね。"
携帯を鞄にしまい、ソフトクリームを買って戻る。
すでに食べ終わっていた松尾君に、一ノ瀬君に渡してね、とカップをあげて、私はヒナちゃんと散歩に行く事にした。