第1章 内田花乃の日常 03
「あれ?ここでも一緒?」
朝、市場で会った金田君たちと、お昼前の今、水族館で再会した。
再会といっても、こちらは金田君たちのコースを少し先回りしてるだけだから、当たり前と言えばそれまでだけど。
でも杏ちゃんは嬉しそうだ。
「金田君たちも、水族館を選んだんだね!
ちなみに、私たちはこの後、近くのランチブュッフェに行くんだ〜。」
杏ちゃんが答えると、金田君も俺たちもだよって答えてる。
あれれ?
なんか良い感じなのでは?
そしたら、金田君の隣の小島君が、どうせ同じとこ行くなら、一緒に回る?って誘ってくれた。
みんなそれぞれ、良いんじゃない、とか良いよとか返事してるけど、私は一ノ瀬君の反応が気になった。
だって、私たちのグループとは親しくした事ないのに、こんな勝手に決められちゃって嫌じゃないのかなって。
だけど一ノ瀬君はニコニコしながら、金田君に良かったじゃんって言ってた。
あ、何?
やっぱりそう言うこと?
それから私たち8人はペンギンを見ては笑い、クラゲを見ては笑った。
松尾君は海洋生物マニアで、うんちくをたくさん聞かせてくれたし、この時間の水族館には他の生徒が居なかったから、なんだか楽な気持ちで話をする事ができた。
一ノ瀬君は、そんなにおしゃべりな人じゃないけど、いっぱい笑ってた。
こんな近くで、こんなに沢山声を聞いたの初めてで。
なんだかどんどん実感が湧かなくなってきて、頭がぽやぽやしてきた。
昨日杏ちゃんが言ってたように、同じ時間を過ごせて、同じもの見て、同じ事で笑えるって、なんて幸せな事なんだろう。
私、人生の幸運を今日で全て使い果たしたかもしれない。
「花乃ちゃん、危ない!」
あまりにもぽやぽやしすぎたせいで、前を見てなくて、すぐ足元に小さい子が居るのに気づくのが遅れてしまった。
あ、ぶつかっちゃう!
そう思った瞬間、腕を引かれた。
「あっぶな!」
咄嗟に一ノ瀬君が、引っ張ってくれて子どもにぶつからないで済んだ。
「ご、ごめ、ごめんね。」
私も予想外のことで、心臓がバックバックしてたけど、すぐにしゃがんで3歳くらいの男の子に謝った。
それから立ち上がって、近くにいた男の子のお母さんにも、すみませんでしたって謝ると、お母さんもこっちこそって言ってくれた。怪我がなくて良かったって伝えてから、一ノ瀬君にもお礼を言う。
「昨日に続いて今日までも。
ありがとう、一ノ瀬君。」
「内田さん、意外と天然だったんだね。」
ん?
「なんか、勝手なイメージでしっかりした人と思ってた。」
その一ノ瀬君の言葉に男の子たちは頷いてて、ヒナちゃんや柚月ちゃんが、大笑いしてた。
ねぇ、笑ってないで、否定して。
「内田さん、下にきょうだいいるの?」
「私、末っ子なんだけど、上のお姉ちゃんが早くに結婚したから、姪っ子と甥っ子がいるよ。
なんで?」
ランチの場所まで歩いて移動している間、隣の一ノ瀬君に質問された。
「さっき、子どもの目線にすぐ合わせてたし、なんか慣れてるな、と思ったから。」
「甥っ子が丁度さっきの子と同じ位なんだ。
あと、うちの甥っ子がもっと小さかった時、頭が重いから見上げたせいで後ろに転んじゃったことあってね。目線合わせてあげないとって刷り込みが。」
一ノ瀬君はふふふと笑って、見上げて後ろに転ぶってかわいいねって言うもんだから、全力で同意した。
もう一度言う。
ふふふと笑ったんですよ。
このイケメンめ。
ふふふと笑って尊ばれる男子校生なんてのは、日本で数えるほどしか居ないんだぞ!
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ランチが終わって、みんなでお茶を飲みながらのんびり話してると、誰かの携帯が鳴った。
一ノ瀬君の携帯に、沖縄組の子から電話がかかってきたみたい。
でも、一ノ瀬君はすぐ音を消して、電話をしまった。
電話に出たらってみんなが口々に言うけど、一ノ瀬君はちょっと眉毛を下げて、今はいいやって、今はあいつらと話すよりここでみんなと話してたいよって答えてた。
いや、ねぇ、もうこれ、人たらし過ぎん?
ほら、金田君たちの顔を見て。
ポカンとした後、うっすら赤くなったよ。
金田君を好きな杏ちゃんですら、胸元抑えたし。
それから、私の心の中を開いてお見せした場合、ハートが山のように飛び出すよ!?
今、結構な勢いで撃ち抜かれた音が、確かに聞こえたよ。
この衝撃からいち早く立ち直ったのは金田君だった。
杏ちゃんが悶えた姿を見てしまったせいで焦ったのか、この後のお買い物でお土産を選んで欲しいと杏ちゃんを誘った。
杏ちゃんはびっくりしてたけど、すぐに良いよって笑顔で答えてたから、二人はこれから別行動。
柚月ちゃんは、お土産より近くのアニメショップに行きたいと言っていて、同じくアニメ好きの小島君も一緒に行くと言うので、さらに1組が別行動になった。
残された松尾君、一ノ瀬君、ヒナちゃん、私は、話し合って少し大きな公園に行くことにした。