第2章 一ノ瀬亮の日常 04
花乃と別れてすぐは、何も手につかなかった。
大学の講義やバイトには行っていたが、頭にはモヤがかかり、全ての感覚が現実ではないようで、食事は時間が来たら口に入れるだけ、睡眠も浅くなっていた。
その年の冬休みは実家に戻らなかった。
戻れなかった言ってもいい。
あの街には花乃との思い出が多すぎて、とても帰れなかったのだ。
だからなのか、正月前に姉貴がアパートにやって来た。
「久しぶり!
ねぇ、ちょっとは部屋を片付けなよ。
はい、これ、お母さんからお節。」
「ん、サンキュ。」
「何?どうした?
元気ないじゃん、髭も伸びてるし。」
「いや…、まぁ。」
「そんな小汚いと花乃ちゃんに嫌われるよー。」
姉貴の何気ない一言に、俺の表情が固まった。
そんな姿を見て、姉貴も察したのだろう、え?嘘でしょ?何があったのと詰め寄ってきた。
俺がこれまでの事を順番に話している間、姉貴は最後まで口を開かず黙って聞いてくれた。
そして、全てを聞き終わると、思いっきり背中を叩かれた。
「全て、亮が大人になれていなかったせいじゃん!!!
花乃ちゃんは亮に合わせる努力をしてくれてたのに、亮は全然努力もせず、甘えてただけで!!!
それなのに、別れの言葉まで言わせて!!!
もーーー、ホント情けないっ!!!」
そこまで一気に言い切ると、姉貴は泣き出した。
泣き続ける姉貴を見ているうちに、頭のモヤが少しだけ晴れてきた。
「グスっ…あんなに、純粋に…ヒック、亮のこと、大好きって…グスン、うううっ」
「なぁ、俺ってまだ嫌われてないよな?」
「はぁ!?
アンタ、グスっ…バカなの? ヒック
私が言えるのは、ヒック…、亮にもっと包容力と余裕があったら、こんな事には、ヒック、ならなかったって事よ!!!」
「姉貴、ありがとう。
俺、わかった。」
姉貴の前に正座する。
俺の頭のモヤはもうすっかり無くなっていたし、これから何をすればいいのか目標ができた。
まずは経済基盤と社会経験をしっかり積み、自分の土台を作る事。
そして、花乃に不安や不満をぶつけて貰え、それを受け止めることの出来るような、大人の男になる事。
これが出来たら花乃に会いに行く、そう決めた。
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「一ノ瀬、久しぶり!
またイケメンに磨きがかかったな!」
「久しぶり、金田。
急に連絡して悪かったな。」
「水臭いこと言うなって。
でも、杏奈から聞いた時はビックリしたよ。」
平山さんから番号を貰った翌日、俺は早速金田に連絡をした。
金田の会社は俺の会社と同じ駅だったため、終業後に駅前の居酒屋で待ち合わせた。
「あれからずっと平山さんと続いてるんだな。」
「あ〜、いや、一度別れてる。」
「!!!
それなのに、復縁したんだ?」
「まぁな。」
「なんだよ、教えろよ。」
復縁についての具体例を聞けるチャンスに、やや前のめりになってしまった。
「大学がこっちだったから、なんか目移りってゆうの?
いや、違うな、あー、自分が東京に染まろうとして、合コン行ったり、遊び歩いてたせいで、信用無くして振られて。」
「うん、で?」
「で〜、就職前に一度実家に帰省した時、何つーの、目が覚めたって言うか、杏奈と一緒にいた頃の自分が一番自分らしかったな、と思って。」
「うん。」
「別れて2年くらい経つから、杏奈にはとっくに彼氏がいるかもとは思ったんだけど、一応昔の番号に掛けて。」
「うん。」
「電話に出てくれてさ。
声聞いたら、なんか、やっぱり好きだな、とか、もう一度やり直したいって気持ちが、こうぶわ〜っと溢れて、気づいたら謝り倒して復縁迫ってたって感じ…。」
「おまえ、凄いじゃん。」
「え、マジで言ってる?」
「おぅ。」
「いや凄かったら、浮ついてないで、ずっと大事にしてたろ。」
「いや、頑張ったよ。
マジで、凄い。」
「ありがとな。
なんか、照れる。
で、一ノ瀬は?どうなの?」
「実は、俺も復縁したい子がいる。」
「!?
一ノ瀬なら余裕で大丈夫だろ?
振ることはあっても、振られることなんてないだろ?」
「いや、でも、彼女には振られてるから。」
「一ノ瀬を振る女!?
え、なにその子。そんな子いる?
てか、オマエ、何か振られるような、とんでもない酷いことしたの?」
「した。
器の大きな包容力を身に付けなかったせいで彼女を甘えさせてあげられなかった事と、自分中心で子供過ぎた事。」
「…。
なんだろう、聞いて損した気分だ。
まぁいいや、そんで?」
「あの頃よりは、大人になったと思う、から、そろそろ会いに行きたい、とは思っている…。」
「なんでだんだん声が小さくなってるわけ?
良いじゃん、会いに行けよ。」
「でも、もう彼氏がいるとか、既に結婚してたら、立ち直れない。」
「それな〜、ホント怖いよな。
誰か彼女の近況知ってる人、居ないの?」
「居るかもしれない。」
「だったらまずは聞いてみれば良いじゃん、その人に。」
「平山さん。」
「はぁ!?」
「平山さんなら、知ってるかもしれない。」
「ちょ、おま、待て待て待て。
は?杏奈の知り合い???
てか、聞いてないけど。
え?何、どういうこと?」
「平山さんに聞いてもいい?」
「え、そりゃ良いけど。
じゃ、今から呼ぶ?」
「いや、よければ電話で話したい。」
「わかった。
番号教えようか?」
「いや、金田の携帯からかけて、変わって。」
「オッケー」
ブルルルル、ブルルルル、ブルルルル
「あ、もしもし杏奈、今いい?
あのさ、今一ノ瀬と一緒なんだけど、なんか杏奈に聞きたい事あるんだって。
ちょっと変わるわ。
ハイ。」
金田が携帯を渡してくれる。
唾を飲み込み、話し始めた。
「もしもし、一ノ瀬です。
昨日はありがとう。
早速なんだけど聞きたい事あって。
内田花乃さんと連絡取ってる?
そうなんだ。
あー、じゃあ、近況についてはあまり知らない?
そっか、わかった。
ありがとう。
うん、じゃ、金田に変わるよ。」
サンキューと言って携帯を金田に返した。
ポカンと口を開けた金田は、慌てて電話を切った。
「内田さんだったの???
え?付き合ってたの???」
「うん。内緒で。」
「い、いつから?」
「修学旅行の後、直ぐくらいから。」
「えええ!?!?!?
全然そんなそぶり無かったじゃん!
いや、もう、今日だけで何回ビックリさせられたか!!!」
金田は目の前のビールをグググっと飲み干した。
たくさん話して、たくさん飲んで、そろそろ帰ろうかと言う時、内田さんの近況、他にわかるやつが居そうだから聞いてみようか、と提案された。
だか、その申し出は断った。
今日の金田の話を聞いて、近いうちに花乃に会う決心がついたからだ。
金田にお礼を言って、また会おうと別れた。




