第6小節目 ♫ 悲劇の煉瓦塔
王城のてっぺんの塔にあるバルコニー。
そこから見えるのは城下町、そして反対側は国を囲む針葉樹の林と、遠くに流れる川の景色だった。
今夜この場所に漂う空気は冷たく、どこか張り詰めていた。
クロウリーはそこで一人、オカリナを吹いていた。
穏やかな旋律が夜風に乗って林の向こうへと響いていく。
だがその音は、どこか寂しさ滲んでいた。
突然、彼は後ろに気配を感じ、オカリナを吹くのをやめた。
「こんな時間にどうしたんだい?ミケル。」
ミケルの表情は、夜の影でよく見えなかった。
「兄さん、この間、夜中に川辺に行ってたよね。」
その声は震えていて、怒りと悲しみが混ざっていた。
「なに、してたの?」
そして、バルコニーの壁側に立つクロウリーの方へとじりじりと歩み寄る。
「…ミケル、なぜそれを…。」
弟の突然の問いに、クロウリーは少し驚いた。そして、なぜだかそれを言ってはならないことのように感じた。
「…何も…。」
クロウリーはまたミケルから目を背けた。
「嘘つき!!」
ミケルは怒りのまま、クロウリーの胸ぐらを掴み、背中をバルコニーの壁へと押しつけた。
「違う。兄さんはそこで誰かとオカリナを吹いていた…。
ぼくじゃない誰かと!!」
ミケルの声はまた一段と大きくなる。
「なんで!?ぼくたち二人で完璧なアンサンブルなんじゃなかったの!?」
「ミケル、落ち着いてくれ。」
クロウリーは低い声で制したが、ミケルの感情は抑えきれなかった。
「兄さんはぼくを裏切った!」
「違う!裏切ってなんか!ボクは…。」
掴み合いの中、突然___。
小さなものがミケルの上着のポケットから滑り落ちた。
「ソプラニーノ…!」
クリスタルの小さなオカリナが宙を舞い、バルコニーの外へと飛び出した。
月の光を反射し、甘やかな七色に輝くそれは、ミケルにとって何よりも大切なものだった。
「だめ…!」
ミケルはそれを掴もうと身を乗り出した。
その時、体がバルコニーのふちの外へと傾く。
「ミケル!!」
クロウリーは迷わず弟の腕を掴んだ。
そして、自らの体を支えにしてミケルを引き戻した。
しかし、その代償はあまりに大きかった。
次の瞬間、クロウリーの体が宙へと落ちていった。
「…兄さんっ!!」
ミケルの叫び声が夜空に響く。
そしてそのまま、クロウリーとミケルのソプラニーノオカリナは黒い林の中へと消えていった。
ミケルはその場に崩れ落ちた。
「嘘だろう…兄さん…。」
林の中からは音ひとつ聞こえなかった。
ただ風に乗ってかすかに聴こえるのは、クロウリーが吹いていた旋律の残響のようなものだった…____。
つづく