第5小節目 ♫ ある少女の日記
オカリナ王国は現代の世界の話ではありませんが、一応、『中世ヨーロッパのある小さな国』みたいな雰囲気をイメージして書いています♫
王国の首都に、ソイルファーネスという町があった。
『土のかまど』とも訳せるこの町の名前のとおり、そこは竈の町。
赤土色のレンガ造りの建物が建ち並び、煙突からはもくもくと煙が出続ける。
今日もここで、職人たちがパンやオカリナを焼いているのだ。
そんなこの町に、クラリスという一人の少女が暮らしていた。
焼きたてのオカリナパンのような色の髪と、そばかすがよく似合う彼女は、ここにある小さなパン屋で住み込みで働いていた。
彼女が好きなことは、美味しいパンを食べることと、温かいベッドで昼寝をすること、そして何より愛してやまないのは、王家のクロウリー王子とミケル王子____人々が『クレイモア兄弟』と呼ぶその二人だ。
その気持ちは単なる憧れや恋心などではない。二人が奏でる美しい音楽そのものと、兄弟の絆を尊ぶものだった。
クラリスが初めて彼らの演奏を聴いたのは三年前。城下町の広場で開かれた、王家主催の演奏会であった。
彼女は人混みの中、やっとの思いで彼らを見ることができた。
そしてデュエットを聴いた瞬間、クラリスの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。
その日からずっと、兄弟の音楽に心を奪われ続けているのだ。
以来少女は小さな日記帳を持ち歩き、クレイモア兄弟に関することを細やかに記録することが日々の楽しみとなった。
内容は演奏会の日時や場所、奏でた曲、さらには舞台上での二人のやり取りや雰囲気まで書き留めた。
そしてそれだけでは飽き足らず、時折二人の関係を空想で膨らませた物語を綴ることもあった。
たとえばこんな一節を。
『クロウリー王子は練習の休憩中、ミケル王子の髪をそっと撫でた。
「疲れてないかい?」
ミケル王子は自分が子ども扱いされているようで少し不服そうだが、同時に嬉しそうでもあって…。』
「なんてね…キャー!!」
ベッドの上で物語を書きながら、クラリスは足をバタバタと動かした。
そして、叫び声を聞いて屋根裏部屋へと上がってきたパン屋の店主に注意されるのだった。
クラリスは毎日欠かさず日記をつけた。
しかしここ最近、そこに書き連ねる言葉に少し迷いを感じるようになった。
最近の演奏会で、兄弟の間にどこかぎこちなさを感じていたからだ。
いつも二人はアンサンブル中によく目を合わせ、音の間合いを合わせるような仕草が見られた。
しかしこのごろはあまりそれが減ったように思えた。
二人が、というよりも、ミケルがまるでたった一人で吹こうとしているかのように、そして兄クロウリーをどんどん引き離そうとするかのごとく、強引に音楽を進めていっているように感じたのだ。
「どうしたんだろう…。」
演奏会の帰り道、クラリスは一緒に来ていた友人にそのことを話してみたが、「気のせいじゃない?」と軽く返されただけだった。
それでも彼女の胸にはひっかかるものがあった。
そんなある日のこと。
クラリスはパン屋の店主におつかいを頼まれ、城下町の市場に来ていた。そして偶然、公務へと向かうミケル王子を見かけた。
馬車に乗り込もうとする王子の横顔は、いつもなら可憐で凛としているが、今日はどこか沈んで見えた。
彼が手に持つソプラニーノオカリナが、午後の日差しを受けて虹色に小さく輝いていた。
その光景にクラリスはそっと手を合わせた。
「音楽の神よ、二人をお守りください。
どうかまた二人が、心から楽しそうに演奏できますように…。」
その日の日記の最後には、こんな言葉で締められていた。
『クレイモア王子の音楽は、私たちの光そのもの。』…____。
つづく