第1小節目 ♫ 王家の兄弟
オカリナ王国の王子、クロウリーとミケル。
彼らは幼いころから音楽を愛し、とりわけオカリナに心を捧げてきた。
王国を象徴する楽器であり、国を動かす力となるオカリナ。その音色をを操ることこそ、王族の使命だった。
二人を表すとしたら、まるで月と太陽のようであった。
弟のミケルは白金の長い髪を持つ、美しい少年だった。
陽の光に照らされれば、絹のように輝き、周囲の目を奪う。小柄で華奢な体つきと、人形のように整った顔立ち。その存在そのものが、彼の持つソプラニーノオカリナのように繊細で、どこか鋭かった。
「兄さん、ぼくたち二人なら、この国をもっと強くできるよね。」
高く澄み切った声が、兄のクロウリーに届く。
ミケルの瞳は純粋な信頼と、自分だけを見てほしいという独占欲を含んでいた。
対するクロウリーは、ミケルと全く異なる印象を持つ青年だった。
夕闇を思わせる紫の短髪は緩やかに波打ち、エメラルドの瞳は鋭く光を宿していた。
その瞳が三白眼であることも相まって、周囲からは謎めいた印象を持たれることも多い。
だが、彼の飄々とした態度の裏には、弟を大切に思う優しさが溢れていた。
「そうだね、ミケル。君とボクなら、この国を永久に守っていける。」
クロウリーはそう言いながら、テノールオカリナを手に取った。
二人のオカリナは大きさが異なり、奏でる音域も対照的だ。
ミケルのソプラニーノオカリナは、ソプラノよりも高く響き、小鳥のさえずりのように旋律を紡ぐ。
一方、クロウリーのテノールオカリナは、低く深みのある音色だ。メロディーを支え、調和を生み出す役割を担う。
「準備はいいかい?」
クロウリーが笑みを浮かべると、ミケルは微かに頷き、唇をオカリナに当てた。
演奏が始まると、まるで世界が二人だけのものになったかのようだった。
ミケルのソプラニーノは舞い上がるように高らかに鳴り、クロウリーのテノールは大地に根を張るように共鳴する___。
兄弟の音色が重なり合い、ひとつの完璧なハーモニーを紡いだ。
ミケルは演奏中、ふと兄の横顔を見つけた。
このごろクロウリーは、まるで心ここにあらずといった目をして、オカリナを吹いている時がある。
それはほんの一瞬のことではあるが、彼の表情が、ミケルの胸に不安を呼び起こす。
「兄さんは、ぼくだけを見ている…?」
デュエットが終わると、ミケルは不意に問いかけた。
クロウリーは驚いたように弟を見つめたが、すぐに微笑んで肩をすくめた。
「もちろんだよ、ミケル。君はボクのたった一人の弟なんだから。」
だが、弟の不安は消えなかった。
兄がどこか遠くを見つめるあの瞬間。
彼の心がいつしか、自分の知らない何かに奪われるのではないかという恐怖。
それは日に日に、胸のしこりのように残り続け、大きくなっていった。
そんなある日、森の川辺で、二人はいつものようにデュエットをしていた。
曲は順調に進んでいったが、ふとクロウリーがオカリナを吹く手を止めた。
「どうしたの?」
ミケルが気づき問いかけるが、クロウリーは答えない。
かわりに、真剣な表情でどこか遠くへと耳を澄ませていた。
そしてかすかに届く音色。
それは、オカリナの音だった。
ミケルのソプラニーノよりも、そしてクロウリーのテノールよりも低い、『バス』という音域の、低いオカリナの音色。
悲しげでいて、心を惹きつける音。
その時クロウリーは初めての感情に襲われた。
「この音…一体誰が…。」
そう呟くクロウリーを見て、ミケルの胸に嫉妬の火が付く。
「兄さん…今の音色より、ぼくの方がずっと素晴らしいよね…?」
ミケルの声は小さく震えていた。
クロウリーは何も言えず、ただ目を伏せていた。
つづく