誰
視線を感じる。
こういってはなんだが、俺は女性からモテる。
幼い頃から視線には慣れていた。しかし、最近感じているものは、そういった好意的な熱い視線とは、また違った類に思えてならない。
高校まで往復の道のり、どこかいつもと違う緊迫感がある。歩いていても、電車に乗っていても、違和感が拭えない。
数日が経過し、気のせいだと思い込もうとしていた。
「西岡君、ハッピバースデ!!」
校門前で知らない学校の女子たちが、そう言って突然俺に袋を差し出す。
自分の誕生日のことなどすっかり忘れていた。
「……ありがとう」
若干戸惑いながら、袋を受け取る。
袋ではなく、プレゼントというべきなのだろう。
知らない女子だと思ったが、よく見ると中学が同じだった(ような気がする)女子がちらほら混ざっている。
「君たち、遅刻するんじゃない?」
そう言って少し笑ってやったら、悲鳴を上げた。
教室へ入ると、机の上にたくさんの袋、いやプレゼントが置かれていた。
ロッカーの中にも。
個人のロッカーを勝手に開けるなと言いたいが、好意でしたことを咎めて騒がれるのも面倒だ。黙ってありがたく受け取ることにする。
同時に安堵した。
ここ数日の視線は、きっと彼女たちだったに違いない。
蒸し暑い夏の夕暮れ。
大量のプレゼントを持ちながら、家路につく。少しも涼しくならない生ぬるい風が吹いていた。
帰ってもきっと両親はいない。
両親とも仕事人間で、滅多に家に帰ることがなく、俺は幼い頃から一人暮らしのようなものだった。
寂しいとは思わない。寂しいと思う感覚は、とうの昔になくしてしまった。
おかしい。
俺は足を止めた。
やはりどこからか奇妙な視線を感じる。
また、プレゼントを持った女子だろうか。周りを見回し、誰もいないことを確認する。
ゆっくり正面に視線を戻すと、目の前に俺が立っていた。
俺ではない。
俺のわけがない。
けれど、俺と全く同じ姿の男だ。
ドッペルゲンガー。
頭に浮かんだのは、その言葉だった。
動揺して持っていた荷物を離すと、どさりと鈍い音がした。
確か、ドッペルゲンガーを見たものは死ぬ。
あまりにも有名な話だ。
とにかくこの場から逃げなければ。
そう思っても、体がこわばり、一歩も動けない。
冷たい汗が背を伝う。
あんなに生ぬるかった風が、急に冷たく感じられた。
「西岡柊吾。無意味なことだが、礼儀として説明しよう」
俺の姿をした男が口を開く。
「誰?」
彼の言葉で金縛りが解け、俺はそう一言返す。
恐れはほんの少し、遠のいた。
俺の姿をした男が、俺とは違う人格を持つ別人だと、はっきり感じとれたからかもしれない。
「僕はようやく完成したタイムマシンで、今から約二百年後の未来から来た」
「は? 何を……」
「黙って聞け。これは僕がいるエリア内の話だ。今から二百年後、魂と肉体を分離するシステムができている。十八になると、能力ごとにA〜Jの十段階に分別され、それぞれの器に入れられる。器というのは、当然肉体のことだ。僕はもっとも能力が高いAに属する。二百年後、そのエリアでは十八以上は男女それぞれ十種しか見目がない。そしてAの外見基盤となっているのは、十八の西岡柊吾、つまり今の君だ。ここまでは分かったか」
俺は何も言えず、自分と同じ顔の男を見つめる。
「なぜそんなシステムになっているのかといえば、単純に能力値が表面上すぐ分かるという利便性。また、美醜による差別をなくすという意味で有効だからだ。二百年後には、もはやこの時代にある恋愛、という概念はない。子供は必要数、人工的に作られる。ただし、優れたものだけを作らないよう調整もしている。全ての人類が優れていては、統率が取れない。能力が低くとも、それぞれの役割というものがある」
俺の顔で淡々と話す現実味のない内容は、全く頭に入ってこない。
男はさらに続ける。
「君がAの外見基盤になった理由だが、見目がよかったから、という一言に尽きる。先程も言った通り、見目はそのエリア内で、男女それぞれ十種のみ。歴史の中で特に優れた見目が採用されている。気の毒なことだとは思うが」
「気の毒?」
俺がそう返すと、男は笑った。
自分の顔ながら、とても綺麗な笑みだった。
「僕はこちらで君として生きることにした。向こうの世界は、あまりにもつまらない」
言うと同時に、男は右手で俺の手首を掴む。
「心配するな。殺しはしない」
男は機械音のような話し方をする。
「何を、勝手なことを」
俺は暴れながら、男の左手に光る瓶のようなものを見た。
そこから、意識が途切れた。
目を覚ますと、見知らぬ部屋だった。
真っ白な箱のような部屋。その中央にあるベッドに俺は寝ていた。
「ナンバー二〇〇一九六四二一、目を覚ましたな。大丈夫か」
どこか見覚えのある男が、俺を見下ろしている。
ここはどこだ。
いや、それ以前に俺は誰だ。
恐怖から、勢いよく体を起こす。
「どうした。大丈夫か、ナンバー二〇〇一九六四二一」
「ナンバー二〇〇……?」
「自分の識別番号が分からないのか」
識別番号?
何も、何も分からない。
それから、検査だとか確認だとかのため、連日同じ顔をした男たちが代わる代わるやってきた。
きちんとナンバーを見ろと言われても、俺に同じ顔をした彼らを区別するのは難しい。
色々教わりはしたが、適応力がないと判断され、俺は結局Jに分別された。そして、器もAからJに挿げ替えられた。
半年が経った。
与えられたJとしての仕事は、簡単なものだった。
同じ顔に囲まれ、いつもの仕事をしていると、いつの間にかAの顔をした男が俺の隣に立っていた。
Aがエリートであることは理解している。
監視役だろうか。
「ナンバー二〇〇一九六四二一。いや、西岡柊吾。君には悪いことをした」
男は言った。
西岡柊吾、誰のことだ。
俺はカチカチと与えられた単純作業を繰り返す。
「無意味なことだが、礼儀として報告する。僕も君と同じことをされ、ここへ戻ってきた。因果応報ということだろう。きっとこの連鎖はこれからも続いていく」
Aの男はそう言って大きく息を吐いた。
俺は作業の手を止める。
「今、二〇二四年でオリジナルとして生きている西岡柊吾は、一体誰なんだろうな」
意味不明なことを呟く彼を、俺はただ横目で眺めた。
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