第12話 アルガイアー暦375年6月4日 -4-
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前の付与術師――デューのこと?
……イザベルがなぜあいつのことを知りたいのか、理由は想像がつく。
それは、デューが規格外の付与術を使えるからに他ならないだろう。
イザベルは熱弁をふるった通り、付与術に異様な期待と執着を持っている。
彼女の言葉を全て信じれば、300年かけて付与術の研究をしていたというのに、デューはそれを軽く上回る能力を持っているのだ。興味がわかないわけがない。
「お察しの通り、わたしの付与術を更なる高みへと持っていくために、是非その付与術師の方に協力していただきたいのですよぉ。
……はぁ、リチャード王子のパーティーに加わったのは時間の無駄だったかなぁと後悔し始めていたのですがぁ、その方の話を聞いて気が変わりましたよ。
おかしいと思ったんですよねぇ。どう考えてもリチャード王子の実力じゃあ、マゼンタさんたちが助力してもCランクがせいぜいってくらいでしたしぃ。
付与術の研究の一環で、強い人間の身体を調べたかったんですよぉ。
同じような体格なのに実力が全然違うってこと、よくありますよね? 魔術とかは体格も性別も関係ないのはわかっていますけどぉ、なぜか武術? とかそういうのに差が出てくるのが不思議に思ってましてぇ、機会があれば調べたかったんですよねぇ。
それで首尾よくSランクパーティーに潜り込めはしたんですけど……えへへ、わたしクビになっちゃいまして。追いかけても良かったんですけどぉ、手切れ金ももらっちゃいましたし、約束を違えるのはよくないかなぁと思って諦めてたんですけどぉ……。
なんと新進気鋭の『聖剣の勇者』様のパーティーがいるって言うじゃないですか! ベンジャミンさん――あ、前にいたSランクパーティーのリーダーなんですけど、その方との約束で『冒険者は殺さない』ってなってて……あんまり大っぴらに冒険者パーティーに潜り込むのはなぁなんて思ってたんですけど、『聖剣の勇者』は『冒険者』よりも立場としては優先されますよね? ならいいかなって思って加わったんですよぉ」
……全部、こいつの手の上で踊らされていたってことか……!
イザベルのことを知ったのは、王子がどこかから仕入れたという『噂話』だった。
その噂話すら、イザベルが意図的に流していたものなんじゃないかとあたしは思う。
『付与術師』を求める冒険者パーティーをおびき寄せ、自分の研究に使える人間を見定める――そんな『罠』に王子はまんまと嵌ってしまったのだ。
「ふぅ……リチャード王子には本当にびっくりさせられましたよぉ。
なぁんかおかしいなぁって思ってたら、わたしの前にクビになったという付与術師さんが『3割』の強化が出来るっていう話じゃないですか。
是非とも協力していただきたいですねぇ。エンハンスで『3割』強化、しかも王子の実力をAランク相当まで上げていたとなると、明らかにわたしの求める内臓強化もできているってことですよね。……あ、実は王子とその方が恋人でお互いの身体をよく知っているからできた――なんてオチ、ないですよねぇ? であればクビになんてしないでしょうし。
となると……実質、見るだけで人の身体の構造をほぼ完璧に把握して、更に内臓とか普通の人も知らないような部分まで理解しているってことになるんですよ! 知識の可能性もありますが、おそらく違いますよね。『勘』……なんでしょう、きっと。
紛れもない『天才』です。その才能……解明したい! 体のどこを見ればそういう才能ってわかるんですかね? ……まぁそれは付与術師さんを捕まえてからゆっくりと考えるとしましょうかね」
デューの身も危ない……けど、今更あたしに彼の身を心配する資格なんてありもしない。
それ以前に、あたしたち自身も危ないのだから。
「――というわけで、2つ目の目的は『付与術師さんのことを知りたい』です。あ、もし今どこにいるかわかるというのであれば教えていただけると手間が省けますねぇ」
「……し、知らない……」
「まぁそうですよねぇ、クビにした人間のその先なんて気にもかけないですよね。別に構いませんよぉ、どうにでもできますからぁ。人事部あたりに調べてもらえばいいかなぁ?」
「おい、人事部は人探しをする部署じゃないぞ」
「!? え……!?」
と、いきなり聞いたことのない甲高い声――声変わり前の少年か、それとも少女か……よくわからない声があたしの真後ろから聞こえて来た。
「あ、ボーラ君」
あたしの後ろにいつのまにか出現していた人物が音もなくイザベルの隣へと移動する。
……貴族が着るような豪華な服を身に纏った、10歳くらいの子供のように見えるが――普通の人間ではない。
うっすらと彼の身体が透けて見えている。本人がその場にいるのではなく、幻影の魔法だろうか。
「おい、イザベル。人事部に掛け合っても無駄だぞ。やつらはお前の研究素材を集める部署じゃないからな」
「そうなんですかぁ? ああ、どうりでいつもあしらわれていると思った。合点がいきましたよぉ」
「ふん、頼むなら素材収集部だろうな。まぁあそこは金儲け第一主義だからあまり期待はできないかもしれんがな」
「うーん……じゃあ自分の足で探すしかないですかねぇ」
イザベルの知り合い、いや『仲間』……なの?
本当に、何なの一体……わけのわからないことが多すぎる……!
「あ。紹介しますね。
この子は建設部所属のダンジョン師のボーラ君です。この遺跡も彼に作ってもらったんですよぉ」
「おい、イザベル。僕のことをダンジョン師などという低俗な呼び方をするなといつも言っているだろう! 僕はシェルター製作者だ!」
「シェル……え……?」
なぜか口喧嘩を始めた二人。
呆然とするあたしの耳に『シェルター製作者』という耳慣れない言葉が届いた。
あたしの呟きに、ボーラと呼ばれた少年が反応する。
「シェルター――そうだな、君に伝わるように言えば、要するに『避難所』の制作をテーマとしている。
制御しきれない魔物の襲撃や自然災害から人を守るための場所を作るという、そこのイカレ女とは比べ物にならない高尚なテーマだろう?」
「ボーラ君はすごいんですよぉ。この遺跡を作ったのもそうだし、わたしの研究所の地下室とかも作ってくれたんですよ! しかも、色々あって研究所を移さなきゃって時に、お引越しの準備とかしないでも全部移動してくれたり」
「……お前、僕のことを便利屋だとでも思っていないか……?」
「わたしみたいになかなか成果の出ない研究でも安心して続けられるのは、いざという時にはボーラ君の作ったダンジョンに人々を避難させればいいんですよぉ。
まぁ幸い今のところその機会はないですけどねぇ」
「だからダンジョンと――わざと言ってるのか、こいつ……?」
「そういえば説明省いちゃってましたけど、いい機会なのでお話しておきますねぇ?
えへへ、だましてごめんなさい。この遺跡、ボーラ君にお願いして急いで作ってもらったやつなんですよぉ。だから、探していた『神器』なんてあるわけないんです。
そして、ボーラ君にお願いして皆さんが逃げられないように出口を塞いでもらっているんです」
「急な依頼だったからな。わかっているとは思うが別料金だぞ。というか、このシェルターの代金も待ってやってるんだからな、払えるのかお前?」
「うっ……わかってますよぉ……だ、大丈夫。今回の件が終わればそれなりにお金は手に入るんで――ぶ、分割で何とか……?」
「…………はぁ~」
あたしたちを置いてけぼりにして二人の会話は続く。
ダメだ、理解が全く追いつかない。
この遺跡は『伝説の神器』が眠る古の遺跡なんかじゃなく、イザベルがボーラに最近作らせたもの……? そんなことありえるか……? 土や岩の魔術を使って土木工事をするという話は昔からあるけど、だからと言ってこんな大きな遺跡を短期間で作るなんてありえない……!
あたしたちがここに来たのは自分の意思じゃなくて、イザベルに操られて……? イザベルを仲間に加えようとした時と同様に、『神器』の噂話もイザベルの罠だった……?
それに、意味はわからないけどこいつらの会話からすると、『人事部』『素材収集部』『建設部』という……多分特定の目的のための集団なんだろう、そういうのがいる。
つまり――こいつらと同類がまだまだたくさんいるということなのだ。
「な……なんなの……」
聞きたいことは山ほどある――そしてそれはきっと『聞かない方がいいこと』でもあると予感している――けど、諸々全ては一つに集約される。
それは、
「あんたたち、一体なんなのよ……!?」
こいつらの存在そのものだ。
『不老不死の霊薬』を飲んだ?
人智を超えた謎の力を持っている?
人類救済という目的を掲げた狂人たち?
……何もかもわからないけど、何もかもがこいつらの存在そのものにかかっているはずだ。
それを知ることに、この状況から脱する手がかりがあるかはわからない。
けど、とにかく今は話をしてできるだけ情報を集めないと……。
あたしの問いかけに、二人は顔を見合わせる。
良かった――と言えるかは微妙だけど、こちらの言葉はまだちゃんと届くようだ。特にイザベルはともかく、このボーラという少年はまだ真面に見える。そこに希望があるかもしれない……。
「ふむ、僕たちが何なのかと言われると――君らと同じ『人類』の一員だ、としか答えようがないね。
ただ普通の人類よりも長生きしている分、様々な経験を積み、技術を研鑽しているだけの人間さ」
……どうやらボーラも『不老不死の霊薬』とやらを飲んだ一人らしいことは伝わって来た。
でも、あたしが聞きたいのはそういうことじゃなく――ああ、でも上手いことあたし自身でも表現できない。
イザベルはやっぱり穏やかな笑みを浮かべ、あたしに、いやあたしたちに向かって、優し気な口調で告げる。
「ボーラ君の言う通り、ちょっと長生きしているだけの人間ですよ、わたしたちは。
そして、その長い人生を使ってそれぞれのやり方で人類を救済する方法を探っている『人類救済計画実行委員会』の一員でもあります」