目覚め
見切り発車よーい
発射!
「う......うぅん......。」
眠りすぎた際に感じる頭痛を抱えながら起き上がる。どうやら固い地べたに直接寝ていたようで体の節々が痛い。しかし、だんだんと自身が置かれている状況について理解し始めると、そのような些事は吹き飛んだ。
目の前に広がっていたのが医者の白衣のような白い空間。
白以外に色が存在しないためにその境界すら理解できない。白は200色あるのではなかったのではないか。そのように思える単色の空間にいた。
ただ茫然するしかできなかった。昨日は普通に日常を送り、そして寝たはずである。どうしたら、目が覚めたらこのような非現実的な空間にいるのであろうか。夢でも見ているのだろうか。
「起きたか。」
突然、視界の外から声をかけられる。
上の空になっているときに意識の外から声をかけられため、驚き、その方向を向く。
そこには壮年の男性が立っていた。その男性の顔の眉間には深いしわが刻まれており、寡黙な上司のような印象を受ける。綺麗なストレートの黄金の髪、晴天の空を思わせる蒼い瞳、髭が見られず、不自然なほどに整えられた眉などからか、清潔感を感じる。色白な肌になたくましい身体の上に1枚の宗教画のような布としか思えない服を纏っており、こちらを見下ろしていた。
「体の調子はどうだ。」
その様に声掛けを受けたが、突然の意味不明なことの連続でその言葉の意味すら理解できず、「この人、厳しそうだな。」といったようなことしか考えられなかった。
頭がフリーズしてから幾秒したのか。また、突然後ろから柔らかく抱き着かれる。
そちらを見ると、こちらを不思議そうに見つめる桃色の髪、琥珀色のくりくりとした可愛らしい目をした少女が至近距離にいた。
「あなた、だあれ?」
自身が思っていることをそのまま抱き着いてきている彼女が言ってきた。
イケメン上司、かわいい少女、そのようなまさしく現代社会ではお目にかかれない非現実的な福眼ともいえる光景を目にして「ああ、これは夢だ。」と結論付ける。
少女の抱き着いてくる感触から、「なかなか現実味が強い夢だな。」ともぼんやりと考える。
「ふむ。姉の方は溌溂としているな。」
また、イケメン上司が渋めの声をかける。
「......おじさんも、だあれ?」
イケメンの言葉から「この子は姉なのか」と考える。そしたらこの子の下の子もかわいいのだろうなとも思っていたところに、藪から棒に抱き着いてきている少女が辛辣な一言を放つ。いや、イケメン上司はまだお兄さんで通ると思うぞ。そうでないと私を含む多くの成人男性のおじさん基準が崩壊してしまう。
......しかし、そこは流石イケメン。おじさん呼びされたとしても余裕を持ち、返答した。
「私は君たち姉妹の謂わば父親のような存在である。だから、おじさんではなくできればパパと呼んでくれると嬉しい。パパが嫌ならお父さん、おとう様、パパでも構わない。」
その返答にどこか、見た目からのギャップのようなものを感じた。人を見た眼で判断するのはよくはないが、落ち着いた、厳しそうな、まさに大人な人なのに、どこか、自身の子どもをとことん甘やかす、重度の子煩悩な親の片鱗を感じた。
しかし......「君たち姉妹」?あいにく私は男性であり、女性ではない。仕事では私という一人称をよく用いていた。いつだったか、あるときから友人との付き合いでも私という一人称が浸食した。しかし、たかが一人称で特に問題もなかったため、そのまま放置した。その結果、どこでも私という一人称を用いている社畜男性が爆誕したわけである。さらに一応付け加えて言えば成人しているため目の前にいる姉と呼ばれた少女より確実に年齢が高い。
ゆえに、当たり前ではあるが、自身が妹ではなく、他にその存在がいるはずであるが......改めて辺りを見渡してもここにはイケメン上司もとい子煩悩イケメン、引っ付きピンク姉少女しかいないので結果的に子煩悩イケメンが言い間違えたのかと考える。そうしていると、少女から両頬に手を添えられて目が合う。
「やっぱこの子かわいいなー。」なんて取り留めもないことを再び考えてるとその唇が動いた。
「私はあなたのおねえさんね!」
そう、目の前の少女が笑顔で自身を見据えて言い放った。 ......e?
「私が......妹?」
そのように発言するも、出た声に違和感を感じる。自身の声はこのように高かっただろうか。
「そうだ。姉妹で仲良くやってくれると嬉しい。」
子煩悩イケメンが肯定している。その声に、理解を拒もうとして恐る恐る自身の体を見てみる。
その肌は見慣れた肌色ではなく、所謂褐色と言われそうな黒みがかった色であった。どうやら自身も目の前の男と同じような布1枚のほぼ裸族スタイルらしい。ゆえに、以前の体との相違点がよく目についた。
その腕や脚は目の前の男、いや、以前の私でもその気になれば、片手で折ることができそうな小枝のような細さであり、毛、さらに言えば産毛の類は存在しない、綺麗な肌で表面は見事な弧を描いていた。
以前の私は確か純粋な日本人であり、このような褐色の肌ではなかったし、運動をしていたわけでもない。仕事をしていたと言えど、このような病的ともとらえることができるほどにやせ細ってはおらず、普通の成人男性であったはずである。
「体が変化していることに対して驚いているのか?」
目の前の男がそう宣う。そちらを睨むように見る。夢であるならそれでよいが......今見た筋肉量から、目の前の男が邪なことを考えているとしたら、このような体で、どのようになるかは想像に難くないだろう。
「見た目はそのままでもよかったのであるがな。折角であるから私の趣味に合う体を用意し、それに合うように魂を調整した。調整とは、筋肉量こそ違えど、今まで通りに動かそうと思えばその通りに体を動かせるということだ。無論、精神も体と役割に支障が出ないように調整してある。何も心配することはない。」
心配することしかない。魂を調整した?この変質者は何を言っているのか。それに役割とは......。
あまりの情報量の多さに頭がパンクしそうであった。
「ふむ。やはり言葉の意味について説明しないことについての弊害は大きいか。情報処理は自動的に外部アタッチメントを行うから問題はない。であるとすれば、心の問題か。」
言葉を失っていると、そのようにまた一方的に告げられる。それと同時に姉(?)が自身のどこか知らない器官を引っ張ったようで、首のあたりから力強く体が後ろに引かれる。
「これがその外部アタッチメント?」
「......は?」
可愛い声が何もない空間に響く中、思わず私の間抜けな声も漏れた。どうやら今の私は枝毛のない白髪である。それでもうお腹がいっぱいなのであるが、その中に、今、姉が両腕で抱えている、異様に黒い、一つかみもある、管が伸びており、それが私に......。
そこで私の意識が途切れた。
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