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第8話 一難去ってまた一難

 

 それから一週間後。

 会社の同僚たちは無事に猫の姿から戻り、いつもの業務が再び始まった。

 ただ変わった部分もある。



「俺はこの会社で働くことにした」


 何故だか魔王ゾディアスは会社に残り、部長として現場の指揮を執るようになった。何でも非効率な仕事が多すぎて、見てられないのだとか。


 おかげで久豆課長のイビりは少なくなり、快適な仕事環境を得ることができたんだけれど……。



「おい、俺の肩を揉め」

「はぁ? どうして私がアンタをマッサージしなきゃならないのよ」

「…………少しぐらいスキンシップを求めてもいいではないか」


 何故か魔王は私によく絡むようになっていた。

 セクハラ紛いなこともしてくるし、本当に困ったものだと思う。


 だけど不思議と嫌ではない自分がいて、つい流されてしまう自分もいるのよね。

 なんだか以前からこんなやり取りをしていたような、変な気分。


 普通だったらこんな傲慢な男、絶対に許せないんだけど。


 ……うーん、やっぱり私の感覚がおかしいのかしら? でも……うん、まあいいか。とりあえず今は目の前の仕事を頑張りましょうかね。



「千鶴、俺の膝の上に座れ」

「ちょっ、またいきなり何を言ってるの!?」

「いいから早くしろ。俺は膝の上に猫かお前がいないと仕事ができないんだ」

「なんなのよ、その特殊体質は。だったら猫を置いておけば良いでしょ?」


 私がキッパリとそう言うと、近くで仕事をしていた久豆課長の肩がビクッと跳ねた。どうやら猫にされたことが相当トラウマになっているみたい。


 代わりに私はデスクに置いておいた猫のブランケットを魔王に渡してやった。


 何故かやたら満足げな顔をしてそれを膝に掛けていたので、気に入ったのかもしれない。


 猫好きな魔王……うぅん、なんだか夢でコイツを見たときとのギャップが激しいわ。



「ま、いっか。平和に仕事をしてお金がもらえれば、私はそれで」


 ニヤニヤとする魔王を背に、私は自分の仕事へと戻った。


 ちなみに、この日から魔王は社員全員に猫のブランケットを支給し始めた。どれだけ好きなんだよ。





「はぁ……パワハラは無くなっても残業は無くならないってどうしてなのよ……」


 私は相変わらず残業続きで、今日も終電ギリギリでの帰宅となった。


 そんなクタクタの状態で家に着いた時、玄関の前に誰かがいることに気がついた。その人物とは……。



「千鶴様ー! こんばんは。お久しぶりです」

「ゆ、ゆうしゃ?」


 そう、そこにいたのは間違いなくあの勇者であった。


 それも白鎧ではなく、大学生の若者が着ているようなラフなシャツを着ている。髪は相変わらず銀色をしているが、それ以外は前ほどの違和感は無くなっていた。


 私は驚きのあまり声を失ってしまった。ていうかホームレス生活はどうしたの!?



「はい。貴方様の勇者、キリクです。しばらくはこの世界で自活しようかとも思ったのですが、千鶴様のことが忘れられなくて、戻ってきてしまいました。それで……」

「わかった。わかったから、それ以上言わないでちょうだい。とりあえず中に入りましょう」


 いい加減、私も学んだのだ。このまま外に立たせておくと、また面倒なことになる。私は勇者の腕を掴むと、家の中に招き入れた。


 すると彼は少し困ったような顔をして、首を横に振ってくる。



「千鶴様、ダメですよ。こんな時間に男性を部屋に上げるなんて、襲ってくれと言ってるようなものです」

「はぁ!? 何を言っているのよ。誰が誘ってるですって? 馬鹿も休み休み言いなさいよ」

「そういって貴女はいつも流されていたじゃないですか」


 私はムッとして言い返したのだが、勇者はクスリと笑うだけだった。


 なんか馬鹿にされた気分だ。むかつく。

 もう知らないんだから! 私は勇者を無視して家のドアを開けると、さっさと家に入っていった。


 後ろで勇者が何やら騒いでいるが、無視だ。私は疲れていて早く寝たいのだ。


 しかし、勇者は私の後をついてくる。



「言っとくけど、おもてなしなんてできないからね?」

「分かってます。ただ一緒に居させてくれるだけで十分です」


 勇者はそれだけ言うとリビングにあるソファに腰掛けた。


 本当に何しに来たのだろうか? 私は勇者の行動に疑問を持ちながらも、冷蔵庫の中から缶ビールを取り出した。そして勇者の隣に座ってプルタブを引く。プシュッという音と共に開いた穴に口をつけ、そのままゴクリと一飲みした。


 あぁ、労働後の一杯は最高だわ。思わず頬が緩んでしまう。

 私は二本目を取り出そうとしたところで、キリクがこちらをニコニコと見ていることに気が付いた。



「なに? アンタも飲みたいの?」


 私が問いかけると、彼は嬉しそうに大きく首を横に振る。



「いえ、僕はいくら飲んでも酔えないので」

「は? そんな子供みたいなナリでザルなの? すごいね」


 私は素直に関心した。自分の身長が一五〇センチぐらいなんだけど、キリクは私よりも一〇センチ高いぐらい。日本の男子の平均が一七〇だっけ? だから見た目は未成年にしか見えない。なのに中身は大人なんだ。


 それにしてもザルか~。すぐに酔いが回る燃費の良い私からしたら少し羨ましい。いや、まったく酔えないのも辛いのかな?


 ともかく私は飲み足りていないので、冷蔵庫から二本目のビールを取り出す。

 ついでにツマミとしてとっておいた回鍋肉の残りをレンジで温める。最近の中華は炒めたカット野菜と肉にタレを絡めるだけで完成するので、非常に助かっている。



「ん、食べるでしょ?」

「はい、いただきます」


 再度酒を勇者にも勧めてみたが、やはり断られた。仕方なく作り置きの麦茶を出してやる。


 うーん、まぁ、別にいいんだけどさ。ちょっとくらい付き合ってくれたって良いのに。私は少しだけ残念に思って口を尖らせると、キリクはクスクスと笑いだした。



「なによ、そんなにオカシイ?」

「いえ。前の世界でもイーグ……千鶴様はいつもそうだったなって思ったんです」


 懐かしそうに目を細める勇者に、私は頭に疑問符を浮かべる。


 そこでこの機会に聞いてみることにした。



「ねぇ。キリクの知っている私のことを教えてよ。酒のツマミぐらいにはなるでしょう?」


 私はその言葉を聞いて、キリクは一瞬目を見開くと悲しげな表情で頷いた。

(8/13話)

次の投稿は20:10頃を予定しております。

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