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第6話 職場の魔王サマ。

 

 ――どうしてこうなった。



「ほう、こんな朝早くから仕事とは精が出るな」

「…………」


 仕事場にやってきた私を、頬に傷のある男が嫌味ったらしく労ってきた。いや、実際は誰だか知っているんだけど。


 私は敢えて無視をして、自分のデスクへと向かう。今は一刻も早く仕事に取り掛かりたいからだ。ただでさえ課長から頼まれていた資料作りが残っている。


 それに昨日は残業をしすぎたせいで、睡眠時間が3時間を切っていた。他にも黒と銀の変な虫が二匹も家に迷い込んできたという珍事もあって、精神状態も最悪だ。

 これ以上、私の心の安寧を乱さないでいただきたい。



「おい、お前。俺を無視するとはいい度胸じゃないか。それともあれか? 俺に会えた感動で口が利けなくなったのか?」

「うるさい。話しかけないで」


 背後から聞こえる声を無視してパソコンを立ち上げる。


 すると、その男は私の隣にドカッと腰掛けてきた。



「ところであの後、俺も考えたのだがな。この世界に来たものの、イーグレットは新しい生活を始めていただろう? だから俺もこの世界の住人として生きようと思ってな」

「……」

「そのためにはこの世界について知るべきだと……おい、なんとか言ったらどうなんだ」


 あぁ、鬱陶しい。

 邪魔だ。帰れ。ていうか貴様もイーグレットか。私はそんな名前じゃない。


 心の中で悪態をつくも、もちろん相手には伝わらない。仕方なく私は、キーボードを叩きながら男を睨む。



「邪魔しないでよ。仕事が進まないじゃないの」

「仕事? そういえばイーグレットは不思議な板を叩いて何をしているのだ? 新しい魔法の開発か?」


 なぜか私の会社に現れた魔王ゾディアスは、グッと体を寄せて私の手元をのぞき込む。近いってば。離れろ。うざい。


 私はマウスを操作して画面を閉じる。そしてため息を吐きながら、改めて目の前の男を見つめた。


 黒い髪に切れ長の目。端正な顔立ちをしている。背も高くてスタイルもいい。

 モデルのように手足が長く、その身体は無駄なく引き締まっていた。


 どこで仕入れたのか、黒のスーツがとても似合っている。こんな出会いと性格じゃなければ、是非とも普通にお見知りおきしたかった。


 だが残念なことに、こいつは魔王なのだ。

 何度も何度も夢に現れては、破壊と殺人を繰り返すサイコパス。夢から現実として目の前に現れた……けど、意外にも恐怖は感じられなかった。



「ねぇ、なんであんたがここにいるのよ。どうやってこの会社に忍び込んだの?」


 しかも普通に馴染んでるし。どういうわけか、社内の誰もが彼に対して違和感を持っていない。


 いや、何人かの女性社員はチラチラと魔王のことを見ているけれど。



「ふっ、簡単なことだ。俺は魔王だと言ったろう? 洗脳魔法で簡単にここの人間となれたぞ」


 何よそれ、ズルくない? こんなブラックな会社でも、入社するのに苦労したんだけど私。



「はぁ、もう何でもアリなのね……でもそれ以上、無茶なことしないでくれる? 迷惑だし」

「何故だ? 俺はただ、イーグレットと一緒にいたいだけだ」

「それがダメだって言ってるの! ほら、さっさと出て行って!」


 私は魔王の首根っこを掴み、無理やり立たせようとする。


 だが彼は頑として動こうとせず、逆に私の腕を掴んできた。



「なにするのよ!?」

「どうしてイーグレットは他人に遠慮しているのだ? お前はここに居る人間たちを導く立場ではないのか?」

「はぁ? 何を言っているのよ……あっ」


 しまった。大声を出したせいで、課長が私のことに気付いてしまった。



「何をやっているんだ、白鷺ィ! 喋ってる暇があんなら手を動かせ手をォ!!」

「すみません、久豆課長!」


 あぁ、手遅れだったか……。上司である久豆課長が鬼の形相でこちらに向かってくる。


 魔王の手を振り払い、私は慌てて立ち上がった。



「すみません、すぐに仕事をしますから」

「当たり前だ!! 残業代は払わんぞ」


 そう言い捨てると、課長はドカドカと足音を響かせながら自分のデスクに戻っていった。


 ホッと一安心して椅子に座り直すと、今度は魔王が立ち上がった。



「ちょっと、何をするつもり? 面倒事は起こさないでって言ってるじゃない」

「いや、それはできない相談だ。俺にはこの世界のことを学ぶ必要がある。そしてイーグレットを守る義務があるのだ」

「守るとか言う前に、私の仕事の邪魔をしないでほしいんだけど?」


 しかし隣の男は、私がどんなに邪険にしても気にする様子はなかった。


 むしろその瞳の奥では、何か熱い感情のようなものが燃えているようにも見える。あぁ、本当に鬱陶しい。


「俺は誓ったのだ。たとえ世界が変わろうとも、何人殺そうとも。今度こそお前を守り切ると」

「あっそ。私には関係のないことだわ」


 私は彼の視線から逃れるため、パソコン画面に目を向けた。


 するとそこには、先ほどまで打っていた文章がそのまま残っている。画面を見てなかったせいで、誤字だらけだ。


 それを読み返すと、無意識のうちに舌打ちが出てしまった。



「見てろ、イーグレット。俺がこの世界を変えてやる」

「は?  いきなり何を……」

「まずはこの(会社)の王に、聖女の素晴らしさを教えてやろう」


 魔王はそう宣言すると、私の横を通り過ぎていった。



「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?」


 このままだと何をしでかすか分からない。

 慌てて後を追いかけようとした瞬間、魔王はスーツの姿から漆黒の鎧姿へと変わっていた。そしてその背中からは、禍々しい黒い翼が出現する。


 魔王を中心に風が巻き起こり、フロアの書類がバサバサと音を立てる。



「な、ななななっ!?」

「貴様の振る舞いにはあまりにも品が無い。俺が直々に、上に立つ者の心構えというものを叩き込んでやろう」


 驚きの声を上げる課長の目の前に、魔王は右手をかざした。その指先には闇のような黒炎が集まり、徐々に球体を形成していく。


 え、まさかアレを撃ち込むつもり!? そんなことをされたら、この会社どころかビルごと倒壊してしまうんじゃないの!?


 その間近にいた課長のズラがチリチリと煙を上げ始めた。ちなみに課長はすでに気を失って白目を剥いている。


(マズイ、夢の状況と似ているわ……!!)


 どうやら本気で、課長を(物理的に)どうにかするつもりらしい。


 こうなったら仕方がない。こうなったら私にも考えがある。



「じゃ、私はお先に失礼しまーすっっ!!」


 逃げるが勝ち! 私は意を決して立ち上がり、全力疾走で廊下に飛び出した。



(6/13話)

次の投稿は19:40頃を予定しております。

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