第1話 悪夢と現実の間
新作の短編、コメディが強めです。
癖つよなヒーローの溺愛をお楽しみください。
全13話予定。本日中に完結まで投稿します。
「――またこの夢、なのね」
ありとあらゆるものが燃えている。
王冠を被った初老の男性。上質なドレスで着飾った若い女。蒼の劫火は華美な絵画も、空も、人も――全てを喰らい、まっさらな灰へと変えていく。
「どう、して……」
逃げたくても、逃げられない。
夢の中の私は、死へと向かう一歩手前だったから。焼け落ちた城の床に横たわり、手も足も傷付き、動かすこともままならない。
仕方なく眼球だけを動かす。
視界に入ったのは左頬に傷のある、長い黒髪の男。彼は灰色のローブを頭から被り、この地獄のような戦場をフラフラと歩いていた。
「やめろ魔王っ……それ以上、傷付けるような真似をするなっ……!!」
そう叫んだのは、白い鎧を着た騎士風の男だった。彼は煤だらけの銀髪を揺らしながら、勇敢にも剣を片手に走ってきた。白騎士の狙いはあの黒髪の彼だ。
剣戟や魔法が雨あられと彼に降り注ぐ。
華奢な体格のどこにそんな力があるのか、彼に降りかかる全ての暴力を見えない力で跳ね返す。吹き飛ばされた騎士の男が視界の外へと消えていった。
そして黒髪の男は追い打ちとばかりに、両手の先から紅、蒼、碧といった色の炎弾を憤怒の雄叫びを上げながら撃ち出した。
それらが次々と壁や人、物に着弾し、爆発する。
轟音と共にビチャビチャと何かが自分に当たった。
映画や漫画で見るような魔法。それは現実世界では通常、有り得ないモノ。
そう、だからこれは夢なんだ。目覚めれは全部無かったことになる――はずなのに、何故か心がぎゅうっと締め付けられる。
つらい、苦しい、悲しい。負の感情が涙となって、瞳からボロボロと溢れ出る。
「や……めて……」
だから今回も、私は彼に向けて叫んだ。
もう、誰も殺さないで。これ以上、自分を傷付けないで……!!
「おね、がい……!!」
その声がやっと届いたのか、彼はようやく殺戮の炎を止めてくれた。
辺りにはすでに彼以外で動いている者はいないが、これ以上彼が人を殺めるのを見たくなかった。
(良かった。これで終わった、のね……)
ホッとしたのも束の間。
振り向いた彼の顔を見ると――泣いたまま、笑っていた。壊れてしまったかのように、何か声を上げながら。
だけどもう、その声も聞こえなくなってきた。目蓋も重くなって、ゆっくりと閉じていく。また、終わりが近付いているらしい。
黒の青年の真っ赤に濡れた唇が、パクパクと動く。
「――かならず、あいにいくから」
聴こえなくても、彼が何を言っているのかは分かっている。
このラストシーンは知っている。最期の瞬間、彼が私に対して謝っていたことも。
(また、私は彼を止められなかったのね……)
そのまま気を失うように、私は夢の中で深い眠りに落ちていく。そうして今日もまた、日本にある自宅のベッドで目を覚ましたのであった。
◇
星屑を散りばめたような夜のオフィス街。
キラキラとした無数の明かりが、昼の太陽では作り出せない景色を見せてくれている。
たしかに? 夜景として眺める分には絶景なのは間違いないわね。
だけどこの時間まで中で働き続けている自分たちにとっては、ただの蛍光灯だ。
「エコだなんだってうるさいこのご時世なんだから、さっさと帰らせて欲しいわよね」
みんなでせーのって、電気を消して帰りましょうよ。
「それじゃ、お先に失礼しまーす」
「えぇ、お疲れ様。……はぁ、また今日も私が最後か」
どうにか今日の業務を終えられた者だけが一人、また一人と去っていく。
気付けばフロアに誇っているのは私一人だけとなっていた。
あれだけ綺麗だった辺りのビルの明かりも、既にまばらになっていた。
「はぁ、疲れた……お腹、空いたよう……」
思わず魂が抜けてしまいそうな声が出た。
ギトギトの前髪をサイドに除け、脂で汚れた眼鏡の位置を直す。
そして再びデスクのパソコンに向き直り、カタカタと猛スピードでキーボードを打ち始める。
時刻は既に夜の十一時を回っている。
モニターの明かりが、疲れ切った私の顔をぼんやりと照らす。
もはやファンデやアイシャドウも汗と涙で滲んでしまっている。まったく、なんて酷いざまなんでしょうね。女子力なんてものは、今の私にはない。
とにかく今を生きるのに必死で、オシャレや自分磨きなんて出来ていないのが現状だ。
「あー、もうっ! こんなことになるんだったら、無理やりにでもお昼食べておくんだったー!!」
叫んだときの衝撃で、デスクに積まれた書類がバラバラと落ちる。あぁ、いけない。
私はため息交じりに散らかった書類を拾っていく。むくんでパンパンになった自分の足が目に入り、余計に腹が立つ。
「もう、あの変な夢を見るといっつもこう。あのハゲ課長は無茶な仕事押し付けてくるし、先輩は全然助けてくれないし!! ああっ、ツイてないことばっかり!!」
遂に私は眼鏡をつけたまま、うう~っと言って机の上に蹲ってしまった。
この情けない女が私、名を白鷲千鶴という。今年二十四歳になる、うら若き乙女である。……現状は、浜辺に打ち上げられたワカメみたいな見た目になってるけど。
文系の大学を卒業後、就職氷河期の就活を乗り越えこの会社に勤め始めた。……は良いものの、入った途端にその洗礼を受けた。
最初は些細なきっかけだった。
先輩に頼まれた仕事を同期の社員が困っていたのを助けたことで、その先輩に目をつけられた。
いつの間にかその仕事は私が担当することになり、他の社員がそれに乗っかってきた。
「は? 何でそんなことも知らないの? 社会人舐めてる?」
「分からないんだったら聞けやボケ!! てめぇの口は飾りか!?」
私が断れない性格なのを良いことに、ありとあらゆる仕事がこちらに回されるようになった。助けを求めても、誰も助けてくれなくなった。
「今忙しいから。自分の都合だけじゃなくて、ちゃんと相手のことも見たら?」
挙句の果てには、助けた筈の同期さえ一緒になって、私にパワハラするようになったのだ。
新入ホヤホヤでやる気に満ちた頃の私は、僅か入社一ヶ月で消えた。
メイクをする時間は仕事の下準備の時間に消え、趣味だったアーティストのライブ鑑賞は休日出勤に変わった。
生活の中心は仕事に代わり。わずかに残った自由な時間は、最低限の生命活動維持の為に消費されるようになった。
そして今日は日曜日にもかかわらず、私はずっと孤独にタスクをこなしていたというわけだ。
朝に買っておいた、二リットルのお茶はもう空になっている。もう私のエネルギー残量はゼロ、活動限界だ。
「……帰ろう。明日また残業しよう」
取り敢えず必要最低限の書類はどうにか作り終わった。
どうせ一度見せただけではあのハゲ課長にダメ出しをされるだろうし、たたき台だけでも作っておけばどうにかなるだろう。……たぶん。
「そもそもが私ひとりに任せるような仕事量じゃないのよね。私の仕事が遅いんじゃなくって、無茶な仕事を回す人間が悪いのよ」
疲れ切った身体を振り絞り、後片付けをして退社する。今から走れば終電にも間に合うかもしれない。
母親から就職祝いに買ってもらった革カバンを引っ掴むと、外へと飛び出した。
「……はぁ。今日はもうご飯は良いや。シャワー浴びたら適当にビールでも飲んで寝よう」
ようやく我が家へと帰ってきた。ガチャリ、と玄関のカギを開けながらそんなことを考える。
ワンルームしかない狭いアパートだが、自分にとっては唯一心から落ち着ける空間だ。
だけど、今から家事をする気には到底なれない。冷蔵庫の中を適当に漁って、あとは寝る。
どうせあと数時間したらまた会社に戻るのだ。貴重な休息時間は大事にしたい。
あとは今日だけはあの夢は見たくないな、と願いながらドアを開けた。
「やぁ、会いたかったよ。我が姫」
――バタン。
ドアをそっと閉じ、玄関前のネームプレートを見る。
『白鷲千鶴』
間違いない、自分の家だ。
「ど、どうして?」
私の見間違いでなければ、廊下の先にあるリビングで、男がソファー座っていた。
それもローテーブルの上には、私の大事に冷蔵庫にとっておいた秘蔵の赤ワインがあった気がする。
だけど私が一番驚いたのは、そこではなかった。
「どうして夢の男が私の家にいるのよぉおおお!?」
(1/13話)
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