包茎裁判 あるいはズルムケリアン大祭
こいつちんぽの話に味をしめやがった。
「立場が人を作る」なんて言葉を聞いたことがあるだろうか。
大抵の場合はまあ良い意味で使われるか、誰かに発破をかける際に使われる。しかし、よく考えて欲しいが立場なんて実体のない概念ごときに、それまでの半生で培ってきた人格をねじ曲げられて良いのだろうか。
我々人間を人間たらしめるのは思考であり、思考とは人格である。個々人が抱える属性や経験、バックグラウンドが思考を作り、それは人格となる。
そんなその人が歩いてきた足跡、とでもいうべき人格は、「ちょっと足すだけで絶品のごちそうに変身」な調味料ように、後出しで立場というものをチョイ足しするだけでお手軽に変容していいものだろうか?
変容する。変容するのだ。少なくとも筆者の人格は包茎から露茎になったことで変わった。
なんというクソザコ自我だろうか……恥を知れ恥を。
◯
ここは筆者の脳内に存在する裁判所の法廷である。
裁判官席に筆者が座り、書記官席にも筆者が座り、傍聴席は筆者ですし詰め、原告側には腕組み仁王立ちで筆者が立つ。全員筆者の法廷だ。ツッコミは受け付けない。
「被告人を連れて来なさい」
手枷を嵌められ、この法廷でひとりだけ悲壮な表情の筆者が連れてこられる。
「罪状を確認しなさい」
警備員の格好をした筆者が、暴れる被告人筆者のズボンとパンツを剥ぎ取る。
「罪状は一目瞭然。この者、包茎であります!!」
法廷に広がるざわめき。嘲笑、爆笑、つちのこおばけという罵倒。被告人筆者は赤面してうつむきしばらくプルプルとした後、「何がおかしい!!」と白目をむいて絶叫した。
「おかしいよ。ちんぽが皮かぶっている」
「イヤだわ。汚らしい包茎ちんぽよ」
「くさそう」
「ちんぽ丸出しでキレててワロタ」
「私はかつての貴様らだ!!貴様らは2022年9月6日まで包茎だった!!その事実は否定できまい!!」
筆者はその日まで包茎だったが、DIY治療が功を奏し露茎となったのである。
静寂。そののち怒号。
「我々は露茎であるぞ不敬者」
「チンカス溜まりすぎて頭おかしなったか」
「昔の話はいい、前を向いて生きよう」
「過ぎた話をネチネチと、これだから包茎は」
「陰キャは陰茎まで陰陰だなぁ」
怒号は渦をまき、その中心に立つ被告人筆者に法廷じゅうからのビリビリとした怒りが伝わる。
すわ暴動かと思われたその時、カンカンカンと木槌を鳴らす音。
「静粛に。静粛に」
裁判官筆者である。
「諸君らの怒りは最もであります。だがこれは裁判。けっして魔女狩りとなってはいけません。さあ被告人よ」
言葉とは裏腹に、裁判官筆者はニヤついている。被告をいたぶる意図があるのは明白だ。
「包茎のメリットについて、我々露茎に教えては貰えないか」
法廷に広がる失笑の輪!!ああ、哀れ包茎にメリットなどあるはずもない!!
それでも、被告人筆者は毅然として前を向き、朗々と答えた。
「……包茎のメリットというよりは、露茎のデメリットという内容になるが、露茎は常に亀頭が刺激される状態にあり、刺激に慣れてしまっている。つまり、露茎は遅漏に陥りがちだ。貴様ら露茎は、遅漏だ」
法定内の空気がピタリと静止し、傾聴するような気配がする。
「一方我々仮性包茎は、臨戦態勢になれば皮を剥けば良い。銭湯など、必要な場面でも剥けば良い。【剥く】というワンアクションこそ必要になるが、いつでも必要なときに、新鮮な【刺激】を得ることができる。これは貴様ら露茎にはもはや得るべくもない」
「ぐ、ぐぬぬ」
「一理ある」
「確かにシコシコあんまり気持ちよくないなった」
「さらに言えば、我々仮性包茎はその気になれば、いつでも露茎になることができる。だが、貴様ら露茎はどうだ?包茎に戻れるのか?戻れまい。その変化は不可逆だ。貴様らは余り皮と共に【可能性】を捨てた敗北者だ」
「そんな馬鹿な……」
「我ら敗北者??」
「我々仮性包茎は半端者ではない!!それどころか【ハイ・ブリッド】とでも呼ぶべき存在だ!!だのに貴様ら劣等種族からいわれのない差別を受けている!!恥は貴様らこそが知れ!!我々仮性包茎は!!いわれのない!!差別を受けている!!」
「ぎゃああああああ」
「ご、ごべんなさいっ」
「ああ、どうして私の余り皮元にもどらないのっ」
「我ら劣等だった……」
叫喚。
「我ら偉大なる仮性包茎は!!貴様ら劣等種族に謝罪と賠償を――――」
ドンッ!!
原告側より、机を強打する音。
「異議あり」
検事筆者である。
「被告に問う」
その瞳は冬の湖のように凍てついていた。
「被告人は、早漏であるか」
引きつった顔をする仮性包茎。
「そ、早漏の定義を言えっ」
「早漏とは、挿入行為の後1分程度で射精感が高まり、辛抱たまらん状態になることだ」
「こ、この裁判は包茎の是非について問うものであり、早漏云々は趣旨から逸脱――――」
「先に無関係な遅漏という話題を持ち出し、アジテヱションを行ったのは被告、貴殿である。よって、早漏について話を遮ることは認めぬ。それで、貴殿は早漏なりや」
「ぐぬぬぬぬぬ~~~~~~~~~~ッッッッ!!!、ぐ、た、確かに私は早漏であるッ!!!だが、私が早漏であるということは貴様らもッ」
「であるか。で、あれば、先の【露茎は遅漏になる】という発言、これはむしろ筆者にとっては良い方向に作用することになるな。私からは以上」
「チクショーーーーーッ」
「さすが検事さんやでえ」
「確かにちんぽ長持ちするようなった」
「仮にガッツリ遅漏になっちゃってもまあ早漏よりはマシよな」
「元カノにフられたの早漏のせい説」
「その話はやめーや」
落ち着きを取り戻した法廷。ふたたび木槌がカンカンと鳴る。
「えー、被告人、弁解はありますか」
「ぐ、ぐ、ぐ、ぐ、そ、そうだ!!ダビデ像は包茎だ!!というかあの手のものはだいたい包茎だ!!美術とは製作者の美的感覚の投影である。雄々しくも美しいダビデ像にぶら下がる男根は、包茎こそがふさわしいとミケランジェロは考えたのだ!!露茎こそが尋常だと言いはる露茎主義者たちよ、貴殿らはミケランジェロより優れた美的感覚の持ち主か!?」
ドンッ!!
「異議あり。筆者はダビデ像ではない。せいぜい愛嬌のないアンガールズといった風体だ。もちろんミケランジェロも関係ない。話を逸らさないで欲しい。尋常に考えれば包茎は恥である」
「キーーーーーーーーーッ!!!で、ではデータで示すが、日本人の実に過半数は包茎であると――――」
「異議あり。周囲が包茎であるからといって、筆者が包茎でも良いということにはならない。見た目がアンガールズであるのだから、せめて向上心を失ってはならない。見た目がアンガールズのうえに向上心のないものは、馬鹿だ」
「グエーーーーーーーッ!!!。に、日本人の価値観は狂っている!!一刻も早く、包茎啓蒙運動を行い、日本人の劣った意識の改革に努めねば――――」
「異議あり。狂っているのは貴様だ。恥を知れ包茎」
被告人筆者はがっくりとうなだれた。そのまましばらくピクリともしなかったが、突然ガバと起き上がると、卑屈な笑みを浮かべ揉み手した。
「ややや、御露茎の皆さん。私めが間違っていました。どう考えても包茎は卑しいクソです。私は包茎であることを、今や強く恥じています」
「分かればええんや分かれば」
「包茎は恥。包茎は恥」
「また一人論破してしまったか……」
「敗北を知りたい」
「私めも、これからは毎日皆さんのようにちんぽに☓☓☓☓☓☓☓を☓☓、DIY治療で露茎ちんぽを目指すことを宣言します!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!!」
「一人の包茎が消え、一人の露茎がここに生まれた」
「宴じゃ宴じゃ」
「酒持ってこい!!」
「露茎最高!!露茎最高!!露茎最高!!露茎最高!!露茎最高!!露茎最高!!露茎最高!!露茎最高!!露茎最高!!」
被告、いや、元被告は露茎たちからもみくちゃにされて笑っている。
だんだんと法廷がフェードアウトし、筆者の脳内に緞帳が降りて【完】の字がデカデカと表示された。終幕。
◯
上記の茶番は全て筆者の脳内で展開されたものであり、出来レースとも言う。
全ては露茎となった筆者の自己肯定、かつて包茎であった筆者自身への憐憫の情、露茎になって微妙に感度が落ちたことへの不安、包茎トークで盛り上がった友人たちを置いて露茎になった後ろめたさ、それらがない混ぜになった八百長寸劇であり、作中の被告人とはそれらを受け止めるための舞台装置でしかない。包茎は悪で、劣った存在であり、露茎となった筆者はそれらを当然見下せる身分となったのだと、自身のさもしい袋小路人生を慰撫しているのである。
筆者のかけらほどの良識は、パンツの中のちんぽを見て思った。
「このちんぽ、半日に一回は皮が元に戻るから剥き直さないといけないし、DIY治療でアコーディオンみたいな見た目のちんぽだし、これ本当に露茎と呼んでいいのか……?」
それは誰にもわからない。
完
元ネタは宮沢賢治のビジテリアン大祭です。
嘘です。宮沢先生ゆるして(懇願)