受講者満足度99.9%の防犯セミナー
「現役の犯罪のプロが教える防犯セミナー!」
都内某所、二年ほど前に完成した駅前のテナントビル。そこにある綺麗な貸し会議室には連日多くの人が訪れる。
「オレオレ詐欺やキャッシュカード詐欺といった特殊詐欺はもちろん、悪質リフォームや投資詐欺などの幅広い対策をたった一日ですべてお教えします!」
SNSや電車の車内広告、駅の壁に貼られた宣伝文句は多くの人の関心を集めており、高齢者はもちろん高齢の親や祖父母をもつ幅広い世代が受講している。
「受講者は全国で既に10,000人を突破! 受講者の満足度は驚異の99.9%です! ※2XXX年◯月◯日現在」
この宣伝文句を載せた五万枚のチラシが日本各地で配り終えられた頃、受講者の人数は12,000人を突破していた。受講後のアンケート調査によると、セミナーの受講料がお財布に優しい価格設定だったことも受講者が後を絶たない理由の一つだった。
「講師は流行の最先端を走る現役の犯罪者ばかり。実例を紹介しながら最新のトレンドをわかりやすく解説! このセミナーさえ受けておけばもう騙される心配はありません!」
実際にセミナー受講者が詐欺の電話を撃退した事例は多い。しかも一ヶ月ほど前にセミナー受講者が警察と協力して詐欺グループを逮捕するという素晴らしいケースが生まれた。その日を皮切りにセミナー受講者が警察に協力して詐欺グループを逮捕する件数は日を追うごとに増えていき、連日全国ニュースでも取り上げられている。
「受講者の方々の活躍を耳にするたびに嬉しくなります。ですが我々の活動はまだまだ終わりません。この国から詐欺がなくなるその日まで、我々は少しでも早く詐欺による被害者を0にするために尽力していきます」
防犯セミナーを行う組織の代表はテレビカメラの前で熱く語った。ネイビーの質の良さそうなスーツに身を包み、品の良いネクタイを締めた四十そこそこの代表は愛想も良く世間からも好評だった。
「成功率99.9%! 防犯トレンドを逆手に取った犯罪セミナー!」
都内某所、駅から離れたアクセスの悪い古びた雑居ビル。その中にひっそりとある使い古された貸し会議室には連日訳あり顔の人が訪れる。
「オレオレ詐欺はもう古い! 警察役、弁護士役、役所や銀行員役などのチームプレイでの特殊詐欺から、一人でもできる詐欺の手口を一日でレクチャー!」
国内でも名の知れた老舗犯罪集団が暖簾分けした組織や業界の新参者、細々と個人でやっている者に向けて告知をしたところ多くの人間が興味を持ち連日受講しにくる。
「講師は流行の最先端を走る現役の犯罪者ばかり。最近の防犯トレンドをおさえつつ、今やるべき手口やカモにしやすい人間の共通点をわかりやすく解説! このセミナーさえ受けておけば犯行が発覚するまでにかなり時間が稼げるので警察による捜査も怖くありません!」
実際にセミナーを受講した者たちは受講した内容を実践することで驚くほど簡単に犯行に成功した。そして瞬く間にセミナー受講者による犯行は20,000件を突破した。多くの受講者たちが「高い受講料を払ったかいがあった」と笑いながら口々に言った。
受講者たちの犯行は大変気付かれにくいため、騙された者たちは自分が騙されたことにすら気付かずに日常生活を送っている。今のところ逮捕者はおろか通報すら一件もない。
「受講者の方々の活躍を耳にするたびに嬉しくなります。ですが我々の活動はまだまだ終わりません。この国から搾り取れるお金がなくなるその日まで、我々は犯罪者が少しでも簡単に安全に多くのお金を搾り取れるように尽力していきます」
犯罪セミナーを行う老舗犯罪組織の代表はセミナーの冒頭で受講者たちに熱く語った。ネイビーの質の良さそうなスーツに身を包み、品の良いネクタイを締めた四十そこそこの代表の笑顔は底の見えない仄暗さを醸しており、多くの受講者たちが『こいつには逆らってはいけない』と察した。
都内某所。ある政府系の企業が入ったオフィスビルの一室で二人の男が向かい合って座っていた。二人ともきっちりとアイロンがけされたシャツに艶のあるネクタイ、滑らかな生地の高級感溢れるスーツを着こなしている。
「それにしてもよく考えたな」
「なんのことでしょうか?」
「おいおい惚けるなよ、君の考えたセミナーの件だよ」
「ああ、その件でしたか。まさかここまで上手くいくとは思いませんでした」
「国内最大規模の老舗犯罪組織を活用して一般市民に効果的な防犯セミナーを行う。そして犯罪が減ったタイミングで頭の悪い犯罪者どもに確実に成功する犯罪手口をレクチャーする。我々は老舗犯罪組織の活動に手出しをしない代わりにセミナー料金の20%をマージンとしてもらう。この提案を受けた時は耳を疑ったよ。君もなかなか食えない人間だな」
「いえいえそんな、とんでもございません」
「そういえば……最近この件を嗅ぎつけてうろちょろしている人間がいるようなんだが……」
「問題ございません。もう既に手を打っております。来月には片付くでしょう」
「君は本当に仕事が早いな。君が部下で良かったよ」
「私も大臣の下で働くことができて光栄です。それでは私は次の打ち合わせがあるので失礼します。そうだ、来週あたりまた新しいご提案をお持ちしたいのですが……」
「そうか、それは楽しみだ」
「ありがとうございます。それでは」
廊下側に座っていた眼鏡をかけた若い男はそう言うと会議室を後にした。
「……ああ、私だ。例の件、順調だろうな? ……そうか、ならいいんだ。ボスの計画の邪魔になる大臣には失脚してもらう必要があるからな。私は当初の予定通り明後日海外へ飛ぶ。報酬だが手付けで半額払ってやっただろう。残りは大臣が片付いたら払ってやる。引き続き手筈通り頼む」
オフィスビルの地下駐車場。眼鏡をかけた若い男が黒い車の中で電話をしていた。駐車場には眼鏡の男以外誰もいない。防犯カメラの死角に駐車されていたため、男が車の中で電話している姿はもちろんカメラに映ることはなかった。
ある週刊誌によって将来を有望視されていた大臣のスキャンダルが発覚した。それは眼鏡の男が日本を出て二日後のことだった。
防犯セミナーを行っていた組織はスキャンダルが発覚する前日に忽然と姿を消しており、警察による捜査は難航することが確定していた。