オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)
帰り道、母ではない”何者か”が母の声で私を呼んでいた。
○登場人物
ぼく:本作の語り手。思考はオカルト寄り。”不可思議蒐集家”を自称しており、その手の相談をメールで受け付けている。
先輩:”ぼく”の先輩。アニオタ兼、学園随一の秀才。思考は科学寄り。「信じられるものなど何もない」という信念だけを唯一信じている、重度の懐疑主義者。学食の食券を報酬に”ぼく”の謎解きに協力する。
サキ:相談者。
小学生の時、私は毎週水曜日の放課後スイミングスクールに通っていました。
その帰り道、ちょうど家から100mほど離れた公園を通りすぎたあたりでしょうか。
声が、聞こえるのです。母が私の名を呼ぶ声が。
でもそこは当然、母が家から叫んでも声が届くような距離じゃないのです。
毎回ではないものの、その後もそれなりの頻度で、同じ曜日・時刻・場所で「母の呼ぶ声」は聞こえてきました。
最初は怖がっていた私も、途中で慣れてしまってからは気にしなくなって……結局スイミングスクールをやめる小学校卒業の時期までその現象は続きました。
いまでもふと思い出して、思うのです。
私を呼ぶあの母の声は、いったい何だったのでしょうか?
母の声で私を呼ぶ”何者か”の目的は、何だったのでしょうか?
もしかしたら、この世ではないどこかへ私を誘っていたのではないか、と。
今では、そう思うのです。
おふたりはこういうことに詳しいと聞きました。
今まで不思議な事件をいくつも解き明かしてきたと。
どうかこの謎を解いてください、お願いします。
件名:帰り道、母ではない”何者か”が母の声で私を呼んでいた。
投稿者:サキ
「それで、わざわざ知らんヤツの幼少期のちょっと不思議な体験を調査するためにわざわざこんなところまでやってきたってわけか」
先輩は既にご立腹みたいだった。
ボサボサの頭をポリポリと掻きながら覇気のない顔で歩く先輩をビデオカメラに収めつつ、ぼくは目的地へと向かっていた。
「ったく、なんでこんなくだらん依頼で遠出せにゃならんのだ。俺はさっさと帰って昨晩録画したゾン○ランドサガリベンジの最新話が視たいんだよ」
「まあまあ、相談者さんもぼくたちの評判を聞きつけて頼ってきてくれたわけですから。ね?」
「それで……謝礼は?」
「はへ?」
「はへ? じゃないが?」
先輩は額に青筋をたててぴくぴくと震えながらぼくをカメラ越しに睨みつける。
「報酬無しで調査依頼を受けるなって何回言えばわかるんだよ」
「い、いやぁー。こういう”不可思議”それ自体が報酬みたいなトコ、あるじゃないですか?」
「あるじゃないですか――じゃないんだよ。俺はお前みたいなオカルトマニアじゃないんだからな。未来人とか宇宙人とか超能力者とか異世界人とかそういうのピクリとも興味が湧かないし、家でアニメを消化したほうがマシだっての」
「そーゆーの出てくるアニメは好きなくせに」
怒り狂う先輩にぼくもさすがにイラっときて小声でそう漏らすと「何か言ったか?」先輩が地獄耳を発揮した。
「てゆーか、今の声よく聞こえましたね先輩? 公園で子供が大声で遊んでるし、風で木が揺れてて葉っぱの擦れる音も大きいのに。フツー騒音にかき消されて聞こえませんって。てことは、あれ? 先輩もしかしてぼくのこと大好きだったりぃー? もーツンデレなんだからぁー、プークスクス」
「そういうことじゃあない」
意地悪くからかおうとしたけど、先輩はピシャリと反論した。
「騒音下でも特定の声は聞こえるんだよ、人間の脳ってのは――おっと、到着したな」
そこまで言って、先輩は足をとめた。
公園のすみ、ちょうど階段を降りると住宅街につながる場所だ。
確かに、相談者のサキさんからメールで聞き出した”現場”はちょうどここだった。
でも、先輩には正確な位置を伝えてなかったハズ。
「どうしてわかったんですか?」
「だいたい検討はついていた。その依頼文読んだ時点でな」
「え……?」
「その前に――この謎、お前はどう思う?」
「”お前”って……ぼくにはキチンとした名前があるんですケド? ちゃんと名前で呼んでくださいって前々から……」
ブツブツと文句を言いつつ、思考を巡らせる。
そして、口を開いた。
「やっぱり、幽霊の仕業じゃないですか?」
「だろうな」
「先輩もそう思うんですね!」
「同意したんじゃない。お前ならそういうだろうなって意味だ」
「えー」
「いちおう根拠を聞いてやる」
先輩はそれなりに真剣な顔だった。
思った通りだ。基本的に報酬の食券目当てでしか動かない先輩だけど、謎解き自体は好きらしい。興味をひかれる謎があればその”学園随一の頭脳”を発揮してくれる。
予想通りの展開にシメシメ、とほくそ笑みながら、ぼくは推理を披露した。
「水ですよ、水! ズバリ、水曜日のスイミングスクールが鍵です!」
「ほう?」
「なんでスイミングスクールの後に決まって”声”が聞こえるんだろうなって気になったんです。そういえば水場って幽霊が出やすいって言いますよね?」
「聞いたことがあるな」
「陰陽説では、水は陰に属しています。言うまでもなく、幽霊も陰。だから水は幽霊を引き寄せる、みたいな」
「勉強して来たな、お前にしては」
珍しく頷きながらぼくを褒めてくれる先輩。
ぼくも気を良くして、腕をぶんぶんを奮ってまくしたてる。
「他にも、幽霊は完全な魂のみの存在じゃなくて、幽霊として現世に存在するための仮の身体――いわゆる幽体があるから、存在し続けるために水が必要だっていう説があるんですよ! 幽霊は常に”乾き”に襲われているから、水場に集まるんです!」
「てことは、お前の説に照らしてみるなら母親の声を出していたのは幽霊で、その幽霊はスイミングスクールで取り付いたヤツだと」
「取り付いたのがスイミングスクールかはわかりませんよ。もともと取り付いた幽霊さんが、とっても喉が乾いていたとします。サキさんが長時間水の中に入ったおかげで喉の乾きが潤されて、声が出せるようになったとしたら? スイミングスクールの帰りというタイミングだけその声が聞こえる理由が説明できるのでは?」
「ふム……」
先輩は顎に手を当てて考え込んだ。
「なぜ母親の声を出したか理由はわからんが、たしかにスイミングスクールの帰りであるという点に着目するならその説も悪くないな」
「オカルト否定派の先輩が……珍しい! レアな場面なので激写!」
カメラで顔をアップにされて頬を赤くした先輩は必死で弁解する。
「ちがっ……! お前勘違いしてるぞ。俺はオカルトを信じてないわけじゃあない。何も信じてないんだよ」
「科学もですか?」
「科学も、だ。もちろん、物事を検討するために有用な道具だとは思うがな」
先輩は顎から手を離すと、言った。
「生霊説ってのは、どうだ?」
「生霊?」
「ああ、お前の仮設通りなら、”幽体”ってのは水があって活性化する――そう考えていいんだよな。だったら母親が外出中の子供が無事に帰ってきてほしいと心配する気持ちが活性化された幽体を得て……つまり、”生霊”になって出てきた」
「あっ……たしかに、相談者のサキさん、当時小学生ですもんね。幼い娘一人で習い事に出かけているシチュエーションなら、母親は心配なハズです」
「これで母親の声で子供の名前を呼ぶ理由も説明可能だ」
ぼくの仮設を簡単に上回ってしまうのは悔しいけど、たしかに先輩の説のほうが筋が通っているように思えた。
「決まりですね! 謎は解けました!」
「――ってのは冗談だ」
「冗談なんですかぁ!?」
「女子小学生が一人で習い事に行く。放課後に習いごとにでかけたら帰ってくるのは早くても夕方のはず……そうだな?」
「え、ええ。サキさんにメールで確認をとったところ、声が聞こえる時刻は夕方18時過ぎごろだったと」
「だったらもう周囲は暗くなってきているはずだ。小学生なら当然怖いし、早く家に帰りたいと思うだろ。母親の待つ家にな」
「先輩、それって……」
「幻聴――母親が恋しい子供が恐怖心から脳内で生み出した”存在しないはずの声”。生霊説より信憑性があると思わないか?」
「幻聴ォ?」
ぼくはじとーっとした目で先輩を睨みつけた。
「そんなこと言い始めたら何でも気のせいで片付いちゃいますよ?」
「そうだな、世の中で起こることは何でも気のせいだ」
ボサボサ頭を掻きながら先輩はそう断言した。
ぼくはあんぐりと口を開けて絶望していた。
つまらない。
あまりにもつまらない答えだからだ。幼少期の不思議な体験が、「気のせい」の一言で片付けられるなんて。
あまりにもつまらない幕引きすぎる。
そんなぼくの表情をチラリとみやると、先輩は「はぁ」とため息を付いた。
「悪い、言い過ぎだ。幻聴とか気のせいってのは誇張だ」
「誇張?」
「おそらくサキには実際に聞こえていたんだろうよ、”母の呼び声”ってヤツがな」
「どういうことですか?」
「そろそろ18時過ぎだ、聞こえてこないか?」
「え……?」
先輩にそう促されて耳を澄ます。
だけど聞こえない。人の声なんて、全然。
「人の声じゃあない、木々がさざめく音、風が住宅街を通り抜ける音。そして――車の音だ」
「車の音?」
ここは公園のはしにある階段の上に位置する場所。
ここから下に降りれば住宅街。つまり高台にあるこの場所は、住宅街の奥にある国道を一望できる位置にある。
確かに先輩の促す通り、車の走る音がよく聞こえた。
「平日のこの時間帯は職場から退勤する車で国道が混み合う。住宅街に入ってしまえば建物に阻まれるし、公園の中だと木々に阻まれるが――公園の中でも住宅街の中でもないこの場所だけが、この付近で国道からの音がダイレクトに届く唯一の地点なんだよ」
先輩のその説明で思い出す。
そういえばさっき、先輩は正確な場所を伝えていないのに勝手に立ち止まった。
先輩には、目的地がどういう場所か検討がついていた。
「つまり先輩は……国道から聞こえる音と母親の声を聞き間違えたって言いたいんですか? いくらなんでもそれは……」
「いや、国道だけじゃあない。この地点には様々な周波数の音が集まるんだ。それが”材料”だ」
「材料?」
「”サキ”って音を作るためのな。”サ”は摩擦音、つまり空気が隙間を通り抜ける音だ。”キ”は破裂音、つまり空気が弾ける音だ」
「あ……」
そこまで聞いてやっとぼくにもわかった。
「”サ”は風が住宅街を通り抜ける音。”キ”は車がブレーキをかけた時の異音……!?」
「そう、あれだけ交通量が多けりゃ、デカい音でブレーキをかける車両が出現する確率は高くなる」
「で、でも! 音の材料は揃っていたとしてもたくさんの雑音の中から都合のいい周波数だけ抜き出して聞き取るだなんて――!」
「できるんだよ、人間の脳ならな」
「え……?」
「カクテルパーティー効果だ」
「なんですかその美味しそうな言葉は」
「騒音の中でも特定の声を聞き取ることができる、人間の脳の働きだ。たとえば人が多くてうるさいパーティーの最中でも、特定の相手と会話を続けることができる。お前がさっき、俺と会話している間は国道の音に気づいていなかったようにな」
はっとした。
さっき先輩は、公園の騒音の中でぼくの小さな声を聞き取った。
それもカクテルパーティー効果なのだろう。
この地点につくまでにその話を持ち出した、ということは……先輩は、依頼文を読んだ時点でこの可能性にたどり着いていたんだ。
「さて、材料は揃った。最後に話を整理しよう」
先輩はカメラに向かって気取ったように一本指を立てて、語り始めた。
「まずは材料1、当日の依頼人の心理状態だ。夕方、薄暗い中で家に帰るサキ。当然ながら怖いし、さっさと帰って母親に会いたいだろう。母の声が聞きたい、そんな心理状態だったのは想像に難くない」
そして二本目の指を立てる。
「そして材料2、この場所と時間だ。この地点は住宅街越しに国道が一望できる唯一の場所だ。18時過ぎ頃には退勤のため交通量が増え、依頼人が自分の名前――”サキ”を聞き取るのに十分な様々な周波数成分を含んだ音が飛び交っているといえる」
さらに三本目の指を立てた。
「さらには材料3、疲労という要素もあったかもしれないな。水泳で疲れたスイミングスクール帰りのサキは、注意力が下がっていた可能性が高い。注意力の低下はもちろん、正しい認識を妨げる。普段はなんてことない雑音が、人の声に聞こえたり……な」
そして先輩は手を握った。
指揮者が演奏の終わりを示すように。
「依頼は解決だ。これで一定の場所・時間に”母親の声”が聞こえたという謎をすべて説明することができたワケだ」
「……」
「なんだよ、不満か? 反論があるなら聞くが」
「いえ、ありません。先輩の言う通りだと思いました」
先輩はがっかりしてうつむくぼくを見て――気のせいかもしれないけど、一瞬だけ優しく微笑んだ。ように、見えた。
「わかんねぇぞ。もしかしたら幽霊の仕業なのかもしれないな。俺の説だって、真実かどうかはわからない。結局過去のことだからな。真実は、誰にもわからないんだ。だから大事なのは真実かどうかよりも、”何を信じるか”なんだよ」
「それってどういう……」
「依頼人、今はもう”声”は聞こえてないんだろ? 小学生の頃はたいして気にしてなかったことが、今は怖くなってしまった。そういう状態なんだろ? だったら、何も問題なかったって結論のほうがいい。過去になにかヤバい理由があって声が聞こえていたのが真実だったとして、今は実害ないわけだからな。今後も気にしないほうが精神衛生上いいと思うぞ」
「先輩……」
ぼくは。
思った、先輩は――。
「案外優しぃんですね――せ・ん・ぱ・い♡」
「は、はぁ!? 優しいとか優しくないとかじゃなくて、合理的って言うんだよ!」
「あれー先輩顔真っ赤ですよー?」
「バカ、もう帰るぞ! 報酬の食券、忘れんなよな!」
「ちょ、まってくださいよせんぱ――っ」
――×××。
「っ――!?」
”なにか”が聞こえた。ぼくは立ち止まった。
「? おいどうした、なにつったってんだよ?」
「い、いえ。先輩、ぼくの名前呼びました?」
「あ? お前の名前をわざわざ俺が呼ぶと思うか?」
「そ、そうですよね」
気のせいらしい。
そもそも、先輩は来た道を戻ろうとして、ぼくはそれを追いかけようとしていた。
なのに”それ”はぼくの背後から聞こえたんだ。
おかしいよね、国道のほうから――先輩の声でぼくの名前を呼ぶ声が聞こえてくるだなんて。
これもカクテルパーティー効果なのかな。
だったらもしかして、ぼくって先輩にそんなにも名前で呼んでほしがってるってコトぉ!? 幻聴が聞こえるくらいに!?
そんなワケ、ないじゃん……!
とたんに、顔が熱くなるのを感じた。
☆ ☆ ☆
その夜、今日の活動記録を作るために録画した映像を見直していた。
心霊映像とか撮れてるかなぁなんて下心はあったけど、何も映っていなかった。
最後に、ぼくが聞こえた「先輩の呼ぶ声」が気になって見たけど、やっぱり該当場面でもそういう声は記録されていなかった。
「ん……?」
しかし小さく、風と車の音が混じり合う中に。何かが。
先輩……男性の声とは違う、もっと高い声。女性のような声が混じっていることに気づいた。
「ぼく、こんなトコで喋ってたっけ……?」
怪訝に思い、音量を上げてもう一度その部分を再生した。
すると――。
『サキ――おいで、サキ……イッショに行こう……』
「っ――ひぃ!?」
バクバクと心臓が高鳴る。
手が震えた。指の狙いが定まらず、再生が止められない。
『サキ、どこ……? サキ、逃げたの? ねぇ……サキ、逃げた……シネ……シネ、シネ、シネ、シネ、シネ、シネシネ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねウ゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――』
「あああああああああああああ――!?」
ブチン、PCを電源コードを引っこ抜くという荒業で停止した。
「はぁ、はぁ……な、何……今の……」
心臓が暴れて、破裂しそうだった。
自分の粗い息と心音が耳を満たした。
だけど今はそれがむしろ安心だった。
PCを落とした今でもまだ、あの声が耳に残っていそうに思えたから。
「伝える、べきなのかな……サキさんに」
そしてぼくは、先輩のあの言葉を思い出した。
『わかんねぇぞ。もしかしたら幽霊の仕業なのかもしれないな。俺の説だって、真実かどうかはわからない。結局過去のことだからな。真実は、誰にもわからないんだ。だから大事なのは真実かどうかよりも、”何を信じるか”なんだよ』
ぼくはPCに差し込んでいた記録映像入りのSDカードを引っこ抜く。
そしてパキリ、と折り曲げてゴミ箱に捨てた。
FOLKLORE:母の呼び声 END.
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ではでは、お読みくださりありがとうございました!
本作には連載版がありますので、そちらもよろしくおねがいします(下にリンクを貼っておきます)