その2、牧義
「くっ……もしここで俺が志半ばに倒れるようなことがあるとしたのならば……」
びょうびょうと風雪が吹き荒れる中、呟く一人の男。
彼の名は、牧義。
分厚い防寒着の下、腰のあたりに携えたご自慢の細身の剣には、攻撃力とは全く無関係な、ひときわ豪奢な細工が凝らしてある。
「それこそ世界美術遺産の損失──いや、待てよ」
凍えて感覚がなくなりそうな足を引きずるようにしながら、ひたすら前に進む。
「むしろ、新世界美術遺産爆誕……?」
端正な顔つきと、その輪郭を浮き彫りにするかのようにたなびく髪。
吹雪の中でも彼の周りだけに異質なオーラが漂う気さえする、──が、彼は魔法使いではなく、細剣士である。
「美の女神も手に入れたいと望むさぞかし美しい彫像が出来上がるに違いないな……」
想像して悪くない、と思ったのだろう。
微かに口角が上がる。
うん、と頷きかけたところで、
「……いや、やっぱり駄目だ。この瞬間を永遠に留めるのも悪くはないが、世の中にはまだ不幸にも俺の姿を見たことのない人たちもいるはずだ。まだ彫像になるわけにはいかない」
フッ、とポーズをつけて、(前方から吹いてくる吹雪の直撃を受ける)凍りついた前髪をかきあげる。
──仲間とはぐれて、丸一日。
「皆無事なんだろうな」
襲撃を受けて、敵と対峙するべく剣を構え、美しくマントをはためかせて向き直った途端、吹雪にあおられ、マントが風をはらみ、相当な距離を吹き飛ばされた。
なんとか元居た場所に戻ったはずが、そこにいるはずの仲間も、敵の姿もない。
仕方なく、目的地を目指しひとり歩みを進めることにしたのだが──
「方角はこっちだったはずだ。大分歩いたし、そろそろ誰かに合流するなり、手がかりがあっても良さそうなものなんだが?」
疲労が重くのしかかり、空腹はとうに限界を超えている。
しかし、雪原に入ってからまともに風呂にも入れていないし、睡眠不足と疲れがそろそろ肌に出てきそうで不安だ。
この状態で行き倒れ、氷の彫像となったとしても、本来の美しさの半分も発揮できない。
「──そう、ただの美しい彫像なら、いくらでもある。しかし……」
せっかく美の化身であるこの身を氷の彫像にするのならば、その美しさを余すところなく表さなくては意味がない。
つまり美形たるもの、万全な状態で氷の彫像になるのならまだしも、行き倒れは許されない。
意地でも、色白美人の膝で休むのがセオリーなのである。