第332話 ロキの行方
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「アイン! 大丈夫! 怪我をしたって!」
知らせを聞いた僕は、城内に設けられた医務室へ駆け込んだ。
そこには包帯を巻かれた痛々しい姿のアインが横になっていて、側ではアイアンアントたちが不安そうに身を寄せ合いながら見守っている。
「あ、アイン! そんな大怪我を!」
「ス~!」
「いやいや! そこまで大げさなことではありませぬ。命には別状は――あいたた」
「駄目ですよ、無理しちゃ!」
アインの傍にいたイシスがすぐに嗜める。そしてこちらへ申し訳なさそうに視線を向けた。
「生命魔法で癒そうとしたんだけど、効き目が薄くて……だからここまで連れてきたの」
「イシス様の魔法で治せないなんて驚きだけど、私も薬で対応したわ」
白衣に眼鏡、いつも通り冷静な口調で答えたのはケア。錬金術師として、これまでも散々この国を助けてくれている頼もしい存在だ。
「ま、今回はこやつの体が人より蟻に近かったことと、蟻としてのタフさに救われたのう。何せ背中から胸部まで達していた傷だ。人間なら即死であろう」
「そんなに!? 本当に大丈夫なの、アイン?」
「大丈夫……と言いたいところだけど、普通なら終わってたわよ」
ケアが眼鏡を押し上げる。
「蟻寄りの体で助かったの。循環が一点集中じゃないから、即死になりにくい――とはいえ、出血量は危なかった。こっちは必死だったんだからね」
そうか……やっぱり、下手したら本当に危なかったんだ。
「アギィ~」
「ハハッ、そんな顔するな、お前達。何、こんなのかすり傷だ」
心配する配下の頭を撫でながら、アインが笑ってみせる。仲間を不安にさせまいとする振る舞い――今は僕たちのために戦ってくれているけれど、元々はアイアンアントの王。守る側の気質は、簡単には抜けないんだろうね。
「もう、強がりばかり。私が駆けつけた時は意識を失ってて、冷や汗ものでしたよ~」
そう言ったのはメルだ。思い出しただけで胸がぎゅっとなる、って顔をしてる。
「メル、ありがとう。君が気づいてくれたからアインは救われた」
「えへへ、それ程でもぉ~」
照れるメルを見て、アインも少しだけ目を細めた。命に別状がないのは何よりだけど……喜んでばかりもいられない。
「しかしアインよ。包帯代わりの小娘壱号の魔法で治し切れぬとはな」
「包帯代わりって何!?」
フィーの一言にイシスがぷくっと頬を膨らませる。場の空気が少しだけ和らいだ――けど、気になる点は残ったままだ。
「アイン。君が戦ったのは、ロキに化けていた男なんだよね?」
「恐らく。我が見つけた時も、最初は別人の姿でしたからな」
やっぱりそうか。だとしたら、アインをここまで追い込む実力――只者じゃない。
「奴は妙な剣を持っていました。指先から剣を取り出し、我と相対したのです」
指先から剣を? 魔法……いや、それとも別の何か。
「アインよ。それは一体どんな剣であった?」
「そうですな。黒い……いや、黒曜石みたいな刃だった。金属の音がしないのに、触れた所だけが削られる」
アインが言葉を選びながら、思い出すように続ける。
「背に骨の筋が走っていた。あれは剣というより……生き物に近い」
「ふむ。話を聞くに魔剣の一種かもしれぬな。それもただの魔剣ではないのう。呪いの込められた類かも知れぬ」
「呪い――」
聞くだけで背筋が冷える。そんな武器を隠し持った相手が、僕のすぐ近くまで来ていた――考えるだけで嫌な汗が滲んだ。
「もしかしたらそれで……」
「イシス、何か思い出したの?」
「ス~?」
僕の肩の上でスーも首を傾げる。
「うん。生命魔法で傷を癒そうとした時、傷に拒まれた気がしたの。治す、っていうより……邪魔される感じ」
「薬の効きが悪いのも、それが原因かもね。普通の傷なら、ここまで手こずらないわ」
魔剣の影響……ということか。
「ま、心配しないで王様。私は錬金術師。呪いだろうと何だろうと、打ち破る薬を作ってみせるわよ」
「はは、頼りになりますな。とは言え――そのような危険な相手を取り逃すとは、不甲斐ない」
アインがぎゅっと拳を握る。自分の怪我より、逃がしたことの方が悔しい――その顔だ。
「アイン。今は治療に専念して。大丈夫。次に来た時のために、こっちもしっかり対策しておくから」
「主よ――かたじけない」
アインを労い、僕たちはひとまず医務室を出た。彼の胸の奥に残ってる焦りはわかるけど、まずは体が戻らないと始まらない。
「お兄様!」
廊下で僕を呼び止めたのはモルジアだった。後ろにはサーチもいる。二人とも、顔が硬い。
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「それが……サーチが、飛び去っていく怪鳥を見ていたみたいで」
「そうなのさ。物見台からあのでかい鳥を見ていたんだが、その背中に乗ってたんだ! ロキの旦那が!」
「ロキが……?」
胸の奥が、すっと冷える。
やっぱり、あの男に捕まっていたのか。だとしたらロキは――今どこにいる?
頭の中で、砂嵐みたいに嫌な予感が渦を巻き始めた。
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