第330話 ギルVSアイン
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「このアイン。王への忠誠のためにも、ここで貴様を討つ」
魔剣ギルティスを逆手に構えたギルと、王に忠誠を誓う騎士アインが向かい合う。
アインは槍をわずかに下げ、穂先と視線を一致させたまま、ギルの一挙手一投足へ意識を沈めていた。砂塵がひと筋、二人の間を横切って消える。
「なかなか手強そうだ。その触覚はダサいがな」
口角だけで笑うギル。露骨な挑発だ。動揺を引き出せるなら安いもの、という算段。
「これは我がアイアンアントであることの証。嘲る筋合いはない」
「アイアンアント? どう見ても人間だろう」
「主に名を与えられ、我は進化したのだ。主は我が命の恩人。ゆえに配下の蟻たちも王に忠誠を誓っている」
なるほど、とギルが小さく頷く。言葉の端々から、この騎士が元は蟻の“高位”、群れの頂点にいたことが読み取れる。
「配下がいたとなると、かつてはお前自身が蟻の王、というわけか?」
「かつては、な。だが今の我は王に仕える騎士。それゆえ――」
言葉と同時、アインの槍が“伸びた”。石突が鳴り、柄が鞭のようにしなって間合いを食い破る。
ギルは首の角度だけで射線を外し、紙一重で回避する。
「伸びる槍か。変わった獲物だな」
「これぞ王から賜りし宝槍――行くぞ蟻顎豪槍!」
魔力が柄を満たし、伸縮機構の駆動音が低く唸る。槍がさらに加速、砂地を穿つ衝撃で周囲の窓ガラスがビリビリと震えた。
「穴掘りに便利そうな技だな」
「余裕も今だけだ」
アインの構えが変わる。右足を半歩引き、槍を大きく引き絞って左掌を穂に添える。
「――蟻顎羅穿豪槍!」
手首の捻りが起点。穂先がドリルのように回転し、空気を刳り取りながら一直線に伸びる。
突風。唸る旋回音。来る一突きは、避けても“巻き込む”。ギルはあえて外さず、後方へ跳んで減速を乗せながら、ギルティスを縦にして受けた。
回転により擦れ合い、耳に刺さる金属音が弾ける。火花が散り、ギルの足が砂を蹴って後退。だが体幹を捻って力の向きを逃がし、最後の一分で刃を滑らせるように受け流した。
「ふぅ。今のは危なかったかもな」
「……なるほど。ただの賊ではなさそうだ」
「まあな。だが解せない。どうしてそれだけの力を持ちながら、人に付く?」
「先に言った。王は我が命を救ってくれた――それが理由だ」
「命をね。だが“救った”という言葉ほど、都合のいい首輪はない。疑いはしないのか?」
ギルの声音が、砂に染みる毒のように低くなる。
「貴様、王を愚弄するか?」
「厚い忠誠心だ。だが少しも疑問はないのか? ――なぜ蟻のままではなく“人化”させた? 俺から見れば、手元で使い勝手の良い駒にするため、敢えて人型にしたとしか思えないが」
「……戯言を」
「まあ聞け。第一、“救った”が怪しい。たとえば最初から救う前提で舞台を組んでいたとしたら? お前の命の危機すら、あのホルスとかいう男の筋書きだった可能性は?」
「黙れ!」
アインの槍が唸り、薙ぎ、突く。重い。だが、さっきまでの緻密さが数合だけ鈍る。
「心を乱したな。それこそが証拠だ。お前自身、王を――いや、“人間”を、信じ切れていない」
「黙れ!」
「それに配下の蟻はどう思っている? “王”であるお前が人間に膝を折ったせいで、急に別の王に従えと命じられた。可哀想だと思わないのか?」
「いい加減、その口を閉じろ!」
アインの呼吸が荒む。ギルの口角がうっすら吊り上がる。
――“裏切りのギル”。相手の心の綻びに指を掛け、楔を打ち込むのはお手のものだ。
「よく考えろ。お前は“賜った”と言ったな。その程度の褒美で、王にとっては大いに得だ。お前が王に与えたもの――群れ、素材、力――と、与えられたものは釣り合っているか? 配下を預け、自由を捨て、人間に忠誠を誓う駒にされる。それが本当に、お前の――」
アインの足が、ピタリと止まった。
その瞬間、ギルの目が愉悦に細まる。
「やっと気がついたか? ……そうだ。お前は誇り高い蟻の王だった。それなのに人間に――」
「フンッ!」
アインが突然、両掌で自らの耳を強く打ち抜いた。
鈍い衝撃音がギルの鼓膜を揺らし、次いで小さな破裂音。アインの両耳から、細い血が筋を描いて落ちる。
「――お前、まさか」
「我は、自分が情けない。貴様などの言葉に、心を乱しかけた。これは、自らへの戒めだ」
「だからって、自分の鼓膜を破るかよ……」
ギルの声は、もうアインには届いていない。
聴覚という最短経路を切り捨て、雑音を断ち、ただ“目で見る戦い”に全てを絞る。
槍が微かに上下する。呼吸のリズムが変わった。足の裏が砂へ深く沈む。
覚悟の音が、沈黙の底で確かに鳴った。
アインは槍を胸の前で一度だけ回し、穂先をまっすぐギルへ。
ギルはギルティスを肩へ預け、つま先で砂を鳴らす。心理の楔は折られた。ならば――斬るだけだ。
風が止み、日差しだけが白く落ちる。
二人の影が、同時に前へ滑った。
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