第329話 欺きと気付き
いつも感想や誤字脱字を報告いただきありがとうございます!
(やれやれ。こんなにあっさりバレるとはな)
砂の王国バラムドーラ――ギルに与えられた任務は、この国の情報を集めること。とはいえ、それは“ついで”でいいと告げられていた。
本命は、今の雇い主であるコレクトが気に入りそうな生物(もしくは人材)を捕らえ、城に連れ帰ること。
その“メイン”は既に達成している。ドワーフのロキを押さえ、同行してきた剥製へ引き渡した。今ごろあのドワーフは空の上だろう。
後は国を抜け、決められた地点まで行けば――
目的地の光景が自然と脳裏に浮かんだ、その時だ。乾いた発砲音が砂気を含む空気を裂き、空中で赤い光が弾けた。
同時に、街角の見張り台から拡声の声。
『緊急事態発生。王国に侵入者あり。ターゲットは変身の能力を持つ模様。ロキの姿にて逃亡中。既に別人に変身した可能性高く――』
舌打ちが勝手に漏れる。のんびり歩く時間は削られた。
だが、問題ない。通報の通り、ギルは既に変身を終えている。今の姿は、この国の雑踏に紛れても埋没する、地味で実直そうな青年――ロキとは縁がなく、目立ちもしない。
肩の力を抜け。歩幅を合わせろ。視線は泳がせるな、だが睨むな。人間の群れに溶けるのは、呼吸と同じだ。
(慌てて速度を上げれば疑われる。ここは“流れ”に乗って出るだけだ)
通りは活気づき、砂嚢の積まれた角を抜ける度に、香辛料と鍛冶の匂いが鼻をくすぐる。屋台の呼び込み、子どもの笑い声、遠くの訓練場から届く掛け声――日常に戦前の緊張が薄く混じった、重層の音。
ギルは群衆の呼気と足音のテンポに身を合わせ、脈拍すら街に同化させるつもりで歩いた。
(大丈夫だ。このままなら――)
前方から、蟻の触覚を生やした黒鎧の男、そして騎士の無駄のない歩み。
男が目の端でこちらを捉え、自然な角度で近づいてくる。
「おや、リラク殿。これから外に?」
すれ違いざまの問い。声の抑え方がうまい。通せんぼにも見えない距離と、逃げに転じれば追える間合い。
「はい。依頼の素材を採取に」
軽く笑って返す。今のギルの姿は、冒険者ギルド登録の末端“リラク”。冒険者が外に出て素材を取りに行く――何もおかしくはない。
「なるほど、そうでしたか。そういえばこの間狩られたジャイアント・サンドリザードは見事でしたな」
「……はは、御冗談を。僕にその魔物は倒せませんよ」
「おっと、これは失礼。勘違いだったかな?」
騎士が後頭部を掻く。口調は柔らかいが、目の奥は濁りがない。
(ブラフだな)とギルは胸の内で肩をすくめた。先ほどの放送で警戒は上がっている。こんな時に“過去の獲物”の話題を振るのは、相手が本物かどうかの探りに決まっている。
(今の返しで辻褄は合った。――抜ける)
「侵入者がいると聞いた故、つい疑心暗鬼になってしまった。申し訳なかった」
騎士が一歩寄り、右手を差し出す。握手。ここで避けるのは悪手だ。
ギルは躊躇を見せず、その手を握った。
「いや、仕方ないことさ」
温度、握力、皮膚のざらつき。指先の訓練は、こういう時に物を言う。
……が、その掌に“違和感”が走ったのはギルの方だった。握り返す圧が、じわりと強まる。
「はは、ちょっと痛いかな。握る手、強くないかい?」
「これは失礼。ところで知っていたかな。リラク殿は畑仕事にも精を出していてな。最近も“手に豆ができた”と笑っていた」
「――なるほどな」
ギルの掌は、変身で外見こそリラクに化けているが、中身は己の肉だ。
畑の鍬で刻んだはずの硬い豆は、ない。
目の前の騎士――(名前は知らんが)――こいつは手応えだけで違いに気づく類だ。細かい。嫌いなタイプだ。
「全く、厄介な連中だ」
毒づきながら、ギルは握っていた手を振り解くと同時に、己の“内”へ神経を沈める。
臓腑の影に沈めていた黒い刃が、脈動に合わせて姿を滑らせる。喉奥を通るでも腹を裂くでもない。
そして指先から、一本の剣身が音もなく生える。
――魔剣ギルティス。
名を呼べば喜ぶ刃だが、ここで声に出すほどギルも無防備じゃない。
切っ先が騎士の手首をなぞった、その刹那。
空を裂く金属音。騎士が腕を引き、背から抜いた槍の穂が“カン”と火花を散らせた。体幹の揺れはゼロ。繋ぎの一歩も美しい。
やれやれ、とギルの口角がわずかに上がる。
「貴様が侵入者、ということでいいな?」
「全く。思うようにいかないもんだな」
剣を構えるギルと、槍を構える騎士。
風が一度、通りを撫でる。遠くで子どもが叫び、近くの屋台の鍋が“コトッ”と鳴る。音の層が、急に薄くなる。
緊迫、という言葉の温度が、二人の間にだけ濃密に漂った。
ギルは足裏の砂を確かめる。右へ半歩、滑る。槍の間合いを殺すなら、最初の一手は懐に飛び込むか、視線を切って側面。
だが騎士は、わずかに槍を傾けただけで、その半歩先を切り取って見せた。
呼吸が速くない。喉仏が上下しない。視線も踊らない。無駄が、ない。
(……こいつ、出来る――)
ギルは息を一つだけ深く吐き、笑みを消した。
背後の群衆が半歩退き、露店の親父が慌てて鍋を引っ込める。
砂の国の一角で、二つの影が交差の瞬間を待つ――。
本日発売の月刊コミックREX1月号にて本作のコミカライズ版第15話が掲載されてます!
そしてコミック単行本1~2巻が大好評発売中!どうぞ宜しくお願い致します。




