第326話 処分して欲しい物
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「ははは……あまりからかわないで下さいよ」
ひとしきり騒ぎが落ち着いたところで、ロベリアにそう伝えた。商会の会長、しかも大勢の商人や領主と渡り合ってきた相手だ。
普通に考えて、僕なんかを相手にするわけがない――そう思ってたんだけど。
「あら? 私はわりと本気よ。砂漠に一国を築き上げた陛下とあれば、相手として申し分ないわ。陛下にとっても利益のある事でしょう」
口元に指を添えて、ロベリアが含みのある笑みを零す。
「陛下も、私を好きにできると考えれば悪くない話では?」
胸元をわざと見せつけるみたいにしながら一歩詰められて、思わず喉が鳴った。
「い、いけないです! そんな考え――こういうのはお互いもっとよく知って、あ、愛ですよ愛!」
「その通り! 全ては愛! 愛よね愛!」
イシスが僕とロベリアの間に割って入り、肩の上のアイも声を合わせて愛を連呼。勢いだけは満点だ。
「愛、ねぇ。うふふ、微笑ましいわね」
「なッ!?」
軽くいなされて、イシスの表情がぴしっと変わる。
「なぁあんた。主とやらが迫られてるけどいいのかい?」
「問題ないのぉ。偉大なる主であればモテて当然。勿論、妾が正妻であることに代わりはないがのう」
「そんな事、勝手に決めないで欲しいですの」
向こうではフィーにモルジアが噛みついてる。僕の気持ちはどこ。
「聞き捨てならんな。主の正妻には余こそがふさわしい。貴様など側室で十分だ」
「何を言うかと思えば。後からおまけで眷属になった魔神風情が図々しい」
「それは余に喧嘩を売っているということで良いのだな?」
「貴様こそ、身の程を弁えよ」
フィーとリタの間でバチバチと火花が散ってる気がする! どうしてそうなるの!
「ス~」
肩のスーがぎゅっと抱きついてきた。まるで「取られたくない」って言ってるみたいで、可愛い。可愛いけど、周囲の状況が目について心臓に悪い。
「なぁ。陛下がモテるのはわかったけどよ、いい加減話を進めようぜ」
「全くだな。陛下も妹に振り回されすぎであるぞ。情けない」
「ご、ごめん。でも確かにその通りだよ! ロベリアもそう思わない?」
「仕方ないわね。そうね――彼女の言い分も一理あるし。この続きはまた別の機会にしましょう。商売の話を続けましょうか」
助かった……。話題を切り替え、ロベリアが持ってきた品の確認に戻る。もちろん商売だから、こちらから提供する物もある。
アリババ商会の時と同じく、砂金や宝石混じりの砂なんかがうちの主力の交換品だ。
交渉はトントン拍子に進み、数字も折り合った。よし、まとまった――
「それではこれで失礼しますわね」
「はい。今回も良い取引が出来てよかったです」
「それならよかった。ところで――」
ロベリアが距離を詰めてきて、どきっとしたけど――
『アマネトは元気でやってるかしら?』
耳元でささやかれた。そういえばロベリアは、アングルがまだアマネトの事を知らないと思ってるんだっけ。
「はい。アマネトは元気ですよ。良ければ会っていかれては?」
「ちょ! 貴方!」
慌てるロベリア。そこへ、やれやれとアングルが肩をすくめる。
「どうせ私が知らないと思っているのだろうが、とっくに知っているぞ。残念だったな」
「え? そ、そうなの?」
「はい。そのうえで僕たちに協力してくれると、アングルは約束してくれたんです」
「……そう」
ロベリアはアングルへ視線をやってから、ふっと優しく微笑んだ。
「やはり、陛下にお願いして間違いなかったようね」
その笑顔は、さっきまでの妖艶さとは少し違って見えた。
「それでは、会われて――」
「いえ、今日はやめておくわ。それより一つだけお願いしても宜しいかしら?」
「え? はい。内容にもよりますが」
「大した事じゃないわ。あそこにある車体を処分しておいて欲しいのよ」
ロベリアが指差した先には、ラクダに曳かれてきた幌馬車の一台が停まっている。
「え? でも十分綺麗ですし、まだ使えそうですが」
「それがね、荷台の床板が脆くなってて使い物にならないのよ。だからお願い。この一台だけだから」
「そうですか。そういうことなら構いませんよ」
「ありがとうね。特に床板は危ないから、一度しっかり確認しておいてね」
ウインクひとつ。何気ない仕草で、また心臓が跳ねる。
◆◇◆
トヌーラ商会の隊列を見送ったあと、残された幌馬車を確認する。
「主殿。見たところ異常は感じませんね」
「うん。荷台の床もそんなに傷んでるようには見えないんだよね」
「本当だねぇ~」
僕が屈んで車体の底も確認しているとメルの声と同時に、頭にずしんと重み。……この大きさは。
「えっとメル。その胸が……いや、なんでもない」
メルが手を伸ばして床板を叩き、反発を確かめているだけ。うん、仕事熱心。僕は大丈夫。理性は保つ。多分。
「ス~……」
やめてスー、その目はやめて。誤解だから!
「ンゴンゴッ」
「ラク。それは食べ物じゃないから」
ラクが床板の端を噛んで、イシスに怒られていた。……でも、噛めるってことは。
「ラク、ちょっとごめんよ」
「ンゴッ?」
ラクにどいてもらって、荷台の床板をもう一度よく観察する。
板の一枚に小さな蝶番とピンが隠されていて、指を掛けられる切り欠きがある。
「この板、簡単に外せる……」
傷んでるというより、最初から点検蓋みたいに可動式。意図して作ってある。
「アイン。手伝ってくれる」
「勿論ですぞ」
アインと二人でピンを抜き、床梁に沿って持ち上げる。ぱかり。
――その下に詰まっていたのは、ぎっしりの武器と防具だった。
「これは一体……」
「にゃ~! うちの収納用魔導具が組み込まれてるにゃん!」
ペルシアが目を丸くする。なるほど。だから見た目よりずっと入ってるわけだ。
にしても、並んでいるのは完全に戦用の装備ばかり。
「主様。こんなものが中に」
「え?」
アインから受け取ったのは、一枚の羊皮紙。そこには――
『ここにあるのは売り物にならない不用品ばかりよ。ついでにこれも処分しておいてね』
丁寧な筆跡と、端に小さな口づけの痕。
「……参ったな。ほんと、ロベリアもアリババも」
口元が勝手に緩む。
評議会の目を避け、表では“生活用品だけ”。でも裏では、僕たちに必要なものをきちんと届けてくれる。
「ありがたく“処分”させてもらおう」
胸の奥に感謝をしまい込み、僕は皆に指示を出した。
必要な整備を施し、足りない所は僕らで補う。――それで十分だ。
砂漠の風が、幌をぱたぱた揺らして通り抜けていった。
発売中の本作のコミカライズ版ですが、なんと1巻2巻共に重版が決定しました!嬉しい!
これも偏に皆様の応援あってこそ!本当にありがとうございます!




