第320話 装備品の提供は認められない
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広々とした元老院の会議場に、エルドラド共和国の要人たちが一堂に会していた。幾つもの席が段階的に並び、中央には議長席。その周囲を取り囲むように議員たちが腰掛けている。豪奢な装飾が施され、商業国家として大陸一と呼ばれる繁栄を感じさせる場所だが、ここ数日は重苦しい空気が漂っていた。
「……戦争とは人聞きの悪い話ですわね。聞くところによると、一方的にコレクト王がバラムドーラを狙っているようですが?」
淡い金の髪を揺らしながら、トヌーラ商会の代表・ロベリアが口を開く。
「フンッ。大方、下手に国として認められて欲が出たのだろう。議長! 私は散々言っていた筈です! バラムドーラなど国として認めるべきではないと!」
声を張り上げたのはアプステア外務卿だ。その強硬な姿勢に、他の議員たちは渋い表情を浮かべる。
「決めつけが過ぎるにゃ~。そもそもバラムドーラを統治する王は、無益な戦いなど望もうとしないにゃ~」
呑気な口調ながらも鋭い眼差しを向けてくるのは、アリババ商会の当主・アリババ。彼はホルスとの付き合いこそ長くはないが、取り引きを通じてバラムドーラ王の人となりを理解しつつあった。
「そんなもの口では何とでも言える。所詮バラムドーラなど小さな国だ。だから私は元より、あの国と深く関わるべきではないと言っているのだ」
アプステアは鼻息荒く言い捨てた。周囲の議員も暗い表情で黙り込む。
「……証拠もなく、そのようなことを軽々しく口にするべきじゃない、と吾輩は思うにゃ」
「――ッ!?」
片眼鏡の奥には鋭い光が宿る。アリババの言葉と迫力に、アプステアは一瞬たじろいだ。静まり返った会場に、議長のやや上ずった声が響く。
「わ、我々としても、コレクト公国との間に波風を立てる気はない。しかしこの国からバラムドーラへ向けて装備品を提供していたと知れれば、コレクト側を刺激する恐れがあるのだ」
その言葉にロベリアは嘆息した。エルドラド共和国は商業面においては大陸一とも称されるほど発展しているが、対外姿勢はどこか弱腰で、ときに事なかれ主義に陥る。議員たちには保身を最優先とする者も少なくない。
「ほれ見たことか。これが我々議会の総意だ。コレクト公国との間に火種を抱えている以上、バラムドーラ王国との取り引きは即刻中止にすべきだ!」
アプステアが勢いよく断じる。それを冷めた目で眺めるアリババとロベリア。
「本気で言ってるのかにゃ? バラムドーラからの金の輸入がなければ、この国の経済は立ち行かなくなる筈にゃ~」
「そ、それは確かに……」
議長も議員たちも歯切れが悪い。バラムドーラを安易に切り捨てるわけにはいかないと、彼らも理解はしているのだ。
「金など、またマグレフ帝国から買えばいい」
そう吐き捨てるアプステアに、ロベリアがすかさず言葉を返す。
「面白いことをおっしゃいますわね。一番の取引相手だったマグレフ帝国からの輸入量が減っていたことは、私たちにとって大きな懸念材料だった筈ですが?」
「そのうえ先の戦争に敗れ、帝国の権威は失墜してるにゃ~。噂も広まって、小競り合いも続出している筈にゃ。今の状況で、バラムドーラと同じ量の金を賄えるとは思えないにゃ」
「――チッ」
アプステアが舌打ちする。思うように議論が運ばず、本性を隠しきれなくなっているのがありありと分かった。
「……我々としても、バラムドーラ王国との取り引きをすべて禁じたいわけではない。そこでだ。武器などの装備品の提供だけは一切禁止とし、それ以外はこれまで通りとするのはどうだろう?」
議長が穏便な落としどころを探るように言う。アリババが小さく鼻を鳴らした。
「随分と都合がいい話にゃ。戦争を望んでいない国だからこそ、場合によっては国を守る為にも武器が必要になるかもしれないにゃ」
「そんなもの攻め込まれる隙を作った方が悪いだろう。このタイミングで装備品を大量に入れれば“戦の準備を進めている”と思われても仕方ないからな。平和を望むなら外交で解決に尽力すべきだ」
アプステアの一方的な論調に、ロベリアは軽く肩をすくめる。
「……それが議会の総意、というわけですの?」
「そうだ。まずはそちらからバラムドーラ王国に伝えてくれ。装備品を提供しないことで戦意がないと示すのだ。従わぬのなら、こちらにも考えがある」
議長の視線は厳しく、アプステアも傲然と胸を張る。しかしアリババとロベリアは即座に反論しようとはしなかった。むしろ何かを測るように、静かに頷く。
「あくまで武器関連を禁じて、それ以外の生活に関する魔導具などの取り引きは続ける……。それでいいのかにゃ?」
「そ、それは構わない」
「なるほど。装備品の売買を禁止する、ですね。わかりましたわ」
二人の返事を聞き、議長は安堵の色を浮かべる。一見すると、これで交渉がまとまったかのように映ったが――
「助かるよ。アリババ商会もトヌーラ商会も、これ以上の波風は立てたくないだろう?」
「にゃ、まあそうだにゃ。揉めるのは本意じゃない」
「私も同感ですわ。戦なんてまっぴらごめんですもの」
一拍の沈黙を置き、二人はほぼ同時に微笑んだ。だがその笑みはどこか演技めいている。誰もが気づくほど明らさまだが、議会の面々は「これでひとまず問題は先送り」と内心ほっとしている様子だ。
ところが、アリババとロベリアは元より外交による解決などありえないと考えていた。コレクト公国の動きが本気ならば、バラムドーラは確実に戦火へ巻き込まれる――そう予測しているのだ。それを議会に言って聞かせても今の状況では受け入れられまい。ならば、いまは形だけでも折れてみせるのが得策だと判断したに過ぎない。
さらに、二人が「生活に関する魔導具などの取引継続」にこだわったのは、見かけ上は融和的に振る舞いながら、いざという時にバラムドーラの戦力を支える“別の手段”を残すための伏線だった。
元老院へ大人しく従うふりをすることで、装備品の制限を回避する“抜け道”を探り続けようとしているのである。
「では、こちらからバラムドーラ王国に報せるにゃ。すぐにでも行ってくるにゃ」
「私もトヌーラ商会として同行いたしますわ。ホルス陛下にお伝えすることは山ほどありますもの」
にこやかに告げる二人を見て、議長は満足そうに頷いた。
「よろしく頼む。これでエルドラド共和国としても、余計な火種を抱えずに済むだろう」
アリババとロベリアは黙って微笑む。だが内心では、「装備品を禁じたところで、果たして本当に衝突が回避できるのか?」と、むしろ衝突は時間の問題だという確信があった。
議会の顔を立てるために“大人の対応”を取ってはいるが、バラムドーラを支えることを止めるつもりなどない。
こうして二人は元老院を後にした。直ちにバラムドーラ王国へ向かう準備を進めるべく、それぞれの商会の者たちに指示を出したのだった――
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