第237話 アンクル交渉へ向かう
アンクル・トヌーラは現在窮地に立たされていた。ことの発端はバラムドーラ王国との商談に望んでいたロベリアの帰還だった。
ロベリアは戻るなりアンクルを呼びつけ、バラムドーラ王国から奴隷を購入したこと。その中にトヌーラ商会の扱う犯罪奴隷がいたことを伝え、どういうことか問い詰めたのだ。
そして、これが役員に知られると非難を浴びることは間違いないとも。既にトヌーラ商会内でもバラムドーラと関係を築くことに好意的な役員が多い。過半数を超えており、建築業を一手に引き受けたことでロベリアの評価も上がっているわけであり、この状況でアンクルが認められていない奴隷を横流ししたとされるのは不味いことになる。
「……まぁ私も兄である貴方のことを追い詰めようとは思わないわ。だから一つ仕事をしてきてもらえるかしら?」
焦るアンクルにロベリアからもたらされた提案がそれだった。そしてアンクルは現在マグレフ帝国の謁見の間にて今上皇帝であるシャフリヤル・マグレスの前で片膝をついていた。
「――つまり現在トヌーラ商会の奴隷になっているシュデルや兵たちを買えと、そういいたいのか?」
「――は、そ、そのための交渉にやってきました」
恐れ多いと言った感情を滲ませながらアンクルが伝える。
「貴様は、ついこの間まで我々に奴隷を提供しておきながら、今度は仮にも帝国の皇子である息子を奴隷として売りに来たと、そういうつもりか!」
怒気の孕んだ声だった。皇帝の顔に浮かび上がった血管がピクピクと波打っている。
アンクルとしてはもうこんな場所からとっとと逃げ出したい思いであったが、現状ロベリアの命令を無視するわけにもいかない。
「シュデルは、どうせあの馬鹿が卑劣にも奴隷として売り飛ばしたのだろう? そうなのであろう!」
恫喝するように皇帝が問い詰める。そうすることで再びバラムドーラ王国に攻め入る理由が出来ると思ったのかも知れない。
これで何もなければアンクルもそうだと答えたかも知れないが、ロベリアからアンクルはこう聞いていた。
「さ、先程もご説明した通り、バラムドーラ王国は捕虜にしたシュデル殿下含めた兵たちに慈悲を与え捕虜から解放しましたが、このままでは国に戻るに戻れないと判断したシュデル殿下はそのままエルドラド共和国を目指したらしく、その途中で奴隷商に捕まり、それをトヌーラ商会が引き受けた形です――」
だがアンクルはロベリアに言われたとおりに説明した。こうすることで帝国が攻めるための理由を潰そうとしたのだ。
皇帝の拳がプルプルと震えていた。そんなわけあるか、と思っているだろうし、アンクルとて信じてはいないが、彼はロベリアとホルスのやり取りを直接見ておらず、それが違うとも言い切れない。
何より現状はロベリアに命運を握られているような状況だ。アンクルは今はとにかくロベリアの描いたシナリオ通りに話を進めるほか無い。
「くっ、それで幾らだ。貴様らはあいつらを幾らでうると言うのだ!」
「……こちらの提示金額は金貨百万枚――」
チッ、と目の前のアンクルを気にすることもなく舌打ちしてみせる。腕を組み唸り声を上げた。
既に話で魔剣の類は戻ってこないことを知っている。つまりこの金額はシュデルや兵の身だけの価格だ。
気に入らないと皇帝は考えるが、しかし、戦闘で一体何があったのか。ホルス側の詳細の戦力などを知るにはやはり取り戻しておいた方がいいかもしれない、と思い直す。
何よりエルドラド共和国に連れて行かれてしまったのが大きかった。もしここで見捨てるような真似をしては、トヌーラ商会を通してマグレフ帝国が皇子を見捨てたという噂が広まるのは必至。
以前ならともかく、求心力の弱くなっている帝国からするとあまり芳しくない。
「――わかった。百万枚だな」
「そ、それと、後二つ条件が」
金貨百万枚は安くはないが、色々と鑑みれば妥当な金額とも考えた。だが、そこでアンクルが更に条件を伝える。
「先ず、今回の戦争に関する情報は一切封印し帝国側もそれを聞き出したり調べたりしないこと。更に引き渡した後はシュデル殿下率いる兵たちを戦争で利用しないこと、そして――バラムドーラ王国への侵攻を中止すること。い、以上がトヌーラ商会が金貨百万枚を条件に奴隷として売却する条件となりま――」
「ふざけるなぁああぁあああああぁあああ!」
皇帝が蹶然し、怒号が飛んだ。鬼の形相でアンクルを睨みつけた。殺されるかも知れない、とアンクルは肝を冷やす思いだった。
「そのふざけた条件をこの私が受け入れると本気で思っているのか!」
「……しかし、この条件以外では受けられないとロベリア商会長が――」
とにかく、アンクルは今回の件で自分は関係ない、全てロベリアが悪いのだと言外に匂わせることでこの場を逃れようとした。
「ヨクゴウに代わって商会長になったという雌狐のことか糞が!」
皇帝が玉座を蹴りつけた。皇帝の威厳も感じられない、怒りに任せた癇癪のような行為だった。
「そ、それでお答えは?」
「はぁ、はぁ。そうかだったら伝えておけ。シュデル含めた馬鹿どものは許可もなく勝手に兵を動かした! その為に我が帝国は多大な損害を受ける結果となったのだ! そのような愚か者は帝国には必要ない! 即刻皇位継承権を剥奪し国外への永久追放処分とする! 勿論奴隷としての購入もなしだ!」




