第219話 リスリーの仇
「キースだと? 誰だそいつは?」
リスリーの問いかけに対するシュデルの返事がこれだった。リスリーの顔が曇る。
「……帝国の騎士です」
ジッとシュデルを見据えながらリスリーが伝える。だが、シュデルは眉を顰める。
「だから知らんと言っているだろう。大体帝国に騎士は多い。いちいち顔なんて覚えてられるか」
「そう、ですか……」
どうでもいいようなシュデルの答えにリスリーが拳をキュッと握りしめた。リスリーにとっては大事な兄だ。しかし皇族からすれば所詮有象無象の騎士の一人でしかないのである。
「へへ、今キースと言ったかぁ?」
だがそこに、どこか気の抜けたような声が割り込む。
「貴方は……」
「私はワズイルだ~偉い将軍だぞぉ控えおろう~」
ヘラヘラ笑いながら近づいてくるワズイルに呆気にとられるリスリー。するとワズイルの口からキースについて語られる。
「キースの馬鹿ならこの私が静粛してやったのだぁ。あの馬鹿が蠍なんかに肩入れするからこの私自らぶっ殺してやったのさぁああ! ギャハハハ!」
気が触れたような笑い声を上げるワズイルに、チッ、とシュデルが舌打ちする。
「こいつはもう駄目だな。しかし、思い出したぞ。確かパピルサグという亜人共に心を許した愚かなゴミだ。帝国騎士の風上にも置けないな。それをこいつが処刑した。当然だ無能は帝国にはいらん」
吐き捨てるように語るシュデル。リスリーは沈黙していた。その目には温度がすっかり消え失せていた。
「おい、もういいだろう? さっさと私を出せ!」
カチッと鍵の開く男が聞こえた。リスリーの解除魔法だ。シュデルの顔に笑みが貼り付く。
「はは、よくやったぞ。褒めてつかわそう」
そしてシュデルが鍵の開いた牢から出てくる。
「リスリーと言ったな。お前は本当にいい女――は?」
シュデルがリスリーを褒めるが、その時、リスリーの拳が振り上げられ、そしてその顔面に拳が突き刺さる。
「グホォオォォオォオオオオオ!」
一度は牢から出たはずのシュデルは、強制的に再度牢の中へ。そして思いっきり壁に背中を叩きつけられた。
「き、貴様一体何を!」
苦悶の表情を浮かべ、シュデルが怒りを顕にした。しかし、それ以上にリスリーの全身から怒りが噴出する。
「黙れ――よくも、よくも兄さんを……」
「は? 兄さん、だと?」
「あぁ~ひゃははは! 思い出した思い出したーー! お前~キースの妹だったリスリーだなぁ。ひゃはは思い出したぞ~あの馬鹿はお前の為に私に真実を話した~だからこの私がぶっ殺してやったのさ! 全くアホで愚かな男だったよあのキースはなぁ!」
ワズイルがゲラゲラと笑った。リスリーの肩は怒りに震えていた。
「くっ、あの馬鹿……」
目を血走らせたリスリーがシュデルを見た。シュデルの顔色が変わる。今の彼は丸腰だ。剣魔法に使える武器も持ち合わせていない。
「待て、違う。今のは違うんだ。ワズイルはここの連中に洗脳されわけのわからないことを言っているだけだ!」
「だが、さっきお前も私の兄を愚弄した!」
「そ、それは違う! 私も洗脳を受けて――」
「そんな言い訳が通用すると思ったのか馬鹿にするなぁ!」
「ヒッ!」
怒りの形相を浮かべるリスリーに鬼気迫るものを感じたのか、中腰のまま逃げ出しシュデルがワズイルの背後に隠れた。
「お、おい貴様のせいだぞ! 何とかしろ!」
「えへへ、あんな子タイプじゃありまっせーーん。私の好みは蟲蟲蟲ーーーー!」
「ハアアアアァアアアァアアアァア!」
リスリーが迫り、ワズイルの顎を蹴り上げた。天井に頭が突っ込みブランブランと揺れ動いた。
「くっ――」
直後リスリーが表情を歪める。リスリーは肉体の制限を解除している。だがそれは自らの肉体を酷使しているに他ならない。
「お、おい、足を引きずっているぞ。もう無茶するな。ワズイルだってこの有様だ。もう十分だろう?」
泣き言のように口ずさむシュデルだがリスリーの怒りは収まらない。
痛む足に耐えながらシュデルに近づいていく。
「兄さんの仇! 私の体なんてどうなってもいい!」
「ヒッ!」
「おっと、そこまでにしておけよ」
情けない声を上げるシュデル。一方で振り上げたリスリーの腕を取ったのはクリムゾンだった。
「貴方! どうして? 睡眠薬で……」
「あれは寝た振りだ。不本意だったがな」
「ふ、振り?」
「悪いねぇリスリー」
「……まどろっこしい手だ」
そして地下牢に更に下りてくる人物。その中にはアンラキとケモナルの姿もあった――




