第200話 仲間を蝕む病魔
(中々よくならないな……)
あれから、結局リスリーの体調に改善はみられなかった。いや、寧ろ悪くなったと言えるだろう。幸運魔法によって反発した不運で風邪にかかってしまったのは間違いないのだろうが、それにしても治りが遅く症状も重い。
「わ、私は平気ですこの程度……」
「無理はするなよ。とにかくゆっくりと進んでいこう」
強がるリスリーだが咳は続いているし、体力の低下は免れない。本来なら近くの街でも探して休ませたり治療院の世話になるところなのだが、何せここは砂漠のど真ん中だ。
当然そんな都合の良い街や医者など見つかるわけがない。治療系の魔法の一つでも使えたならよかったが――
「無い物ねだりをしても仕方ないか……」
そもそも治療系の魔法は貴重であり扱える人数が少ないし教会に勧誘されることも多い。軍とは言え、治療魔法を扱える魔法使いを同行させることが稀でもある。
「薬を飲みましたし、大分回復してきましたから」
リスリーはこういうが気休めにしかなっていないのはアンラキにもわかっていた。基本的な薬は確かに持ってきていたが、効き目がないのは見ればわかる。そしてこの時点でただの風邪ではないことが確かだった。
「……幸運に対して不運が大きすぎないか?」
リスリーの病状を観察しながらケモナルが眉を顰めた。ここまでリスクが高いとなるとたしかにそう簡単に使えないというのもわかる。
「いや。運を引き入れた結果、訪れた不運は病にか掛かる部分だけにかかってると思う。問題はその後だ。これは運や不運に関係のない純粋な病気だろう」
アンラキ自身、魔法を頼ることもこれまで何度かあった。その経験則で考えれば、蠍の一撃から運良く逃れた程度ではそこまで酷い不運には見舞われない筈だ。
「もしかしたら最初は風邪だったところに、更に悪い病魔をひきつけてしまったのかも知れないな……」
体力が弱まっていると病魔に侵される率は高まる。結果的に不運がさらなる不運を呼び寄せた形だ。
「これが、砂漠に出てすぐなら引き返すという手も考えられたが……」
帝国を出発してからかなりの距離を進んでしまっていた。ここから戻るのは更にリスクが高まる。
(とにかく今は進むしかないな。そして――)
アンラキは一つの手を思いつく。だがこれはアンラキでなければ思いついてもやろうとはしない手だろう。
それは追放された皇子に直接助けを求めるということ。アンラキの見通しでは目的地までそう遠くない位置まで来ている筈だった。
勿論助けを求めると言っても素性は明かさずだ。どちらにせよ潜入は必要なことだった。やり方が変わってしまうが、助けを求めて懐に入り込むという手もあるだろう。
ただし、ここで問題となるのはリスリーが納得するかどうかだ。恨みが強い彼女が相手に助けを求めることに納得を示すかどうか――
とにかく今夜休むときにでもそれとなく伝えておこうと考えつつ、慎重に砂漠を征く一行であったが――
「……むっ! これは!」
ケモナルが緊張の声を上げる。先を進んでいた途中、突如砂が盛り上がり人のような形を取って彼らを取り囲んだのである。
「おいおい、こんな魔物もいるのかよ」
「……こいつらは匂いも砂と一緒――こんなのもいたとは――」
どうやら普段は砂と完全に同化し獲物がやってくるのを待っているタイプの魔物だったようだ。
これではケモナルが獣化しても嗅覚は役に立たない。気配も砂と同化して消していたようだ。
「全く。この砂漠はやっぱりどうかしてるぜ」
どう見ても友好的には見えなかった。砂の魔物は腕をムチのようにして振り回してくる。
「うぉおぉぉぉおおお!」
ケモナルが獣化魔法でゴリラの姿となり砂の魔物を殴りつけた。ケモナルによると完全獣化状態でも人に近い動きが出来てバランスが良いタイプらしい。
だが問題は相手が砂だということだ。殴っても砂では手応えが感じられない。
「チッ!」
アンラキもブーメランを投げてみるが一緒だった。切っても砂では意味がない。
「わ、私も……」
「その体じゃ前に出て戦うのは無理だ! 自分の身を守ることだけ考えていろ!」
「で、でも――」
「迷惑だと言っているんだ! お前が死んだら元も子もないのだぞ!」
アンラキが怒鳴るとリスリーの肩がビクッと震えた。そして悔しそうに唇を噛む。つい声を荒げてしまったが、ここでまともに動けないのが戦ってもますます不利になるだけだ。
(とは言え、ちょっとまずいねこりゃ)
魔物の攻撃そのものはそこまで強力ではない。砂の体をムチのようにして振ってきたり、剣のようにさせるのもいるが、動きも速いとは言えない。
ただ数が多く、そして物理的攻撃が通用しないという点があまりに厄介だった。
「チッ、この状況を打破できるかわかんないけどねぇ――幸運魔法・運気上昇!」
四の五の言っていられない状況だった。故にアンラキは砂漠で二度目となる幸運魔法の発動。
果たしてこれで一体何がおこるのか――
「……この音と匂いは、水?」
その時だった。ケモナルが何かを察し首を巡らす。音はだんだんと近づいてくる。
「おいおい、まさかこんなことがあるのかよ――」
向かってくる青い衝撃にアンラキも驚きを隠せない。それは水だった。勢いに乗った水が砂漠を突き進み、そして砂の魔物をあっという間に飲み込み押し流してしまったのである。
「どうやら間に合ったようだな。お前たちに怪我はないか?」
そして鉄砲水が通り過ぎた後には水色で長髪の男性とその仲間と思われる者が姿を見せた。声を掛けてきた彼らは揃って蒼いローブを纏い手には杖。見た目からして魔法使いのパーティーなのは確かなようだった。
「あぁおかげで助かった。しかし、もしかして今の水は貴方が?」
「そうよ。うちのスイムは水の竜団のリーダーにしてギルドマスター。水の魔法を使わせたら右に出るものはいないんだからね」
そして隣に立った色気のある女性が得意げにそう語ったのであった――




