第193話 リスリーの怨嗟
(恨みが原動力か――)
灰色のモジャモジャ頭を擦りながら、アンラキが考えを巡らせた。リスリーの兄というキースとは数度言葉を交わした事がある程度の仲でしかない。
ただそれだけでも律儀な男という印象が持てた。
そしてだからこそ帝国ではどこか浮いていた――謀略渦巻く帝国は奸智に長けてなければ生き残れない。
もっともそれは自分にも当てはまることかもしれないとアンラキは思っていたりもする。
「……恨んでいると言ったが、これは戦争だ。人は死ぬ。その度に恨みつらみを重ねていたらキリが無いぞ?」
とりあえず、そこだけははっきりと伝えた。当然だがこれだって危険な任務だ。相手はあのシュデル率いる千鋭百鬼団をも返り討ちにしている。
それだけにこれは危険な任務だ。この三人の誰かも目の前で死ぬことがあるかもしれない。リスリーにしてもそうだ。その度に恨みを抱いていては彼の言うようにきりがないのである。
「……勿論私も軍人です。戦争に出れば死ぬ可能性があることぐらいはわかっています。ですが追放されたホルスは一度は捕虜にした兄を約束を守ることもなく残虐非道な行いで殺したと聞いているのです。私はそれが許せない」
リスリーが眉を寄せ唇をギュッと噛んだ。そういう風に伝わっていたのか、とアンラキは表情を曇らせた。
身内だから敢えてそこまで教えたのか、アンラキはキースが死んだとは知らされていたがそこまで詳しくは知らなかった。
ただ、これに関して帝国がどうこう言える立場にないだろう、というのがこれまで帝国軍人が戦場でやってきたことを聞いてきたアンラキの感想だ。
もっともリスリーはまだ若く、帝国の実情もそこまで知らない可能性が高いだろう。特に彼女は学園の上位である学院出だ。成績も優秀なようで十八歳で騎士学院を卒業したころには中尉であった。
学園すらも出ることなく二等兵から始めたものならどんなに上手くいっても十年は掛かる階級だ。
ただ学園も学院も帝国論を徹底して教え、帝国に対しての忠誠心をすり込もうとする。
アンラキはどこか達観した見方をしていたので、そこまで染まることはなかったがリスリーはかなり染まっていそうに思えた。
帝国が語るキースの死に至る顛末を疑うことなく信じているのがその証拠だ。
ただ気持ちはわかる。特にリスリーは兄想いであったこともあり、向ける矛先がなければ悲しみでどうにかなってしまいそうだったのかもしれない。
最初はアンラキも恨みが強いリスリーをどうするか、考えはしたが一旦は保留とした。恨みに囚われすぎても良いことはないが、原動力として見ても頭ごなしに否定して良いものでもない。
ワズイルの評判を思えば帝国の言っていることは疑わしくもあるが、アンラキも詳しい事情を知らない以上いい加減なことも言えないだろう。
とにかく、この三人で出発すると決め、砂漠越えの準備をし、そして明朝から動き出した。砂漠の手前までは馬車を利用したが砂漠に入ってからは徒歩となる。
ラクダも利用しなかった。相手の実力が未知数である以上、移動手段一つとっても気を遣う。
砂漠の砂と同化出来るぐらいの色のマントを購入し、それにくるまるようにして進んだ。
これなら暑さも軽減できるし特殊な魔獣の毛皮を加工した物らしく熱は通さず夜は寒さから身を守ってくれる。
そして三人は砂漠に入って一日目の夜を迎えた。
出来るだけ目立たないよう砂丘の影に入り込み暖を取る。口にするのは硬めの干し肉だ。噛んでいると唾液が出るため水の節約に繋がる。
「リスリーは解除魔法を使えるんだったな。今回の要だから頼んだぞ」
「……はい。勿論一番大事なのは任務ですから」
リスリーは静かにそう答えた。ケモナルほどではないが口数は多くはなかった。
「解除魔法はどんなものでも解除が出来る魔法だったな」
なのでアンラキから積極的にコミュニケーションを取る。リスリーがアンラキの団に配属になったのは実はまだ最近のことだ。なのでこの機会に色々と聞いておこうと考えた。
「はい。扉の鍵は勿論、隷属の首輪も私の魔法があれば解除が可能です。ただし自分を除けば物限定です」
「そうか」
一応ここまでは情報通りであった。だからこそ今回の作戦においては大事だと言える。シュデルや帝国兵が捕らえられ首輪などがされていた場合彼女に解除させる必要があるからだ。
「……そういえば准将も魔法が使えるのですよね?」
「あぁ。それとここではアンラキと呼び捨てでいい。砂漠は一応敵のテリトリーだ。俺たちは潜入目的で来ているのだから軍人だと悟られることのないよう気をつけるんだ」
「し、失礼致しました」
リスリーが頭を下げる。今回は装備もいかにもといった鎧姿と異なり体にフィットした開度な鎧にとどめている。その上からフードを被りマントを羽織っているので一見しただけでは軍人とは気づかれない。
それぐらい徹底しているので会話にも気を遣う必要がある。故に小言のようなことを言ってしまった。こんな砂漠の真ん中で誰が見ているのか? と思うものもいるかもしれない。ただ、これは心がけの問題でもある。常日頃から気をつけることが出来なければ、必要な時に実践に移すことなど出来ないだろう。
「さて、俺の魔法だったな。一応念の為に言っておくが、あまり期待はしないでくれ。基本俺は聞かれない限り自分の魔法については答えないようにしている。ちょっと特殊だからな」
それを耳にしたリスリーが目をパチクリさせた。
「……何か逆に気になりました」
「……俺もだ」
意外にも沈黙を保ってきたケモナルも食いついてきた。こうなったら隠してもおけないか、とアンラキは苦笑し二人に答える。
「俺の扱う魔法は幸運魔法。文字通り幸運を引き込む魔法さ――」




