第192話 裏目に出るアンラキ
現在の状況を踏まえて客観的事実を述べたに過ぎなかったが、皇帝の不興を買うことに繋がったようだ。
アンラキは後悔する。こんなことなら伝えるんじゃなかったと。
「答えよアンラキ! 貴様は我が軍が、あの犬畜生以下のゴミに劣るというのか!」
「はぁ……」
面倒くさくなり気怠げにアンラキはため息をついてしまった。やはり帝国内では妙に運が乗らないと嫌になる。この場を逃れるために魔法を使ってもいいが、それをやってしまうと後が怖く、とにかくこの場を体よく切り抜けたいと考えた。
「勿論、我が軍は大陸、いや世界で見ても屈指の実力を誇ると見ていいでしょう」
思いつくセリフをべらべらと語る。これで少しでも機嫌が良くなればいいが。
「そうであろうそうであろう。最初からそう言えばいいのだ」
「勿論ですわ貴方。ではやはり、シュデルが敗北したのは運が悪かったか、もしくは連中が卑怯な真似をしたかどちらかですか」
皇后の問いかけにアンラキは少しムッとした。表情には出ないようにしたが、こういったことを不運で片付けるのは納得がいかない。それはアンラキだからこそ思えた事と言えるだろう。
そして次に出た卑怯な手に関しては意味がわからない。戦術に卑怯もクソもないからだ。それに卑怯なやり方が駄目だというならこの帝国などブーメランもいいところな発言なのである。
勿論そんなことは思っていてもおくびにも出さないが。
「……確かに帝国軍は猛者揃い。これまでも幾つもの戦に勝ってきました。しかしだからこそ油断は禁物。相手は追い詰められた結果死にものぐるいで反撃してきたのでしょう。窮鼠猫を噛む――追い詰められた鼠ほど思いがけない一撃を放つものです」
「ふむ。なるほど。それは一理あるかもしれないな」
皇帝の怒りが収まっていくのを感じた。全く単純だなとアンラキは思う。これとて言い方をちょっと変えただけで、油断してはいけないと示唆していることに変わりはないのである。
「とにかくシュデル殿下救出の件も含めて今後の方針を色々と考える必要があるかと……私も早々に動くべきことがありますので」
なのでもうここから退出させて欲しいと、言外に匂わせた。皇帝と話しているだけで胃が痛くなりそうになる。さっさと戻って今回の件に関わることがないよう上手く調整したい。
そう考えたが、皇帝はそう甘くもなかった。
「なるほどアンラキもこれだけのことを言ったのだからな。きっと何か考えがあってのことなのだろう。つまり早速シュデルと魔剣回収のために動きたいと、そういうわけだな?」
「……はい?」
「あぁくそ! なんだってこんな目に!」
周囲の目を気にすることもなく、いやそんな余裕がない程にアンラキは苦悩し、頭を抱えて叫んだ。
まさかあの話の流れでシュデル救出の任務を言い渡されるとは思わなかった。こんな白羽の矢が飛んでくることなどアンラキは望んでいなかった。
「もっとも、あの皇帝としては魔剣回収の方が大事なんだろうけどな……」
魔剣の多くはかつてダンジョン探索によって得られたものだ。全てがシュデルの手に渡ったわけでもないが、シュデルの剣魔法は剣の性能に左右される。故に必然的に魔剣の類は多くがシュデルの手に渡ることとなった。
唯一カラドボルグだけは別で国宝に近い形で宮廷の宝物庫にて大切に保管されていたのだが、今回はシュデルに、馬鹿な裏切り者に格の違いを見せつけるためにも必要、と頼まれ貸し与えたのだ。
「その結果、逆に格の違いを見せつけられてちゃ世話ないぜ……」
ぶつぶつと愚痴りながらも、命じられた以上、行動に移さなければいけない。
今回の件で皇帝が焦る気持ちもわからなくもなかった。帝国が安泰だったのはもう過去の話である。ダンジョンの侵食による弊害でかつては多くの鉱石が採掘できた鉱山もその多くが失われた。
これを解消するにはダンジョンを完全攻略し実体化したコアを破壊する必要があるが、ここまで侵食が進むとそう簡単な話ではない。
冒険者ギルドにも要請は出しているようだが、それだけでは手が足らず、騎士団の多くを割かれている。
「せめてシンドバル皇太子、もしくは三男までの誰かがいればまた違ったかもだけどなぁ」
シンドバルはマグレフ帝国の五兄弟の長男。後の皇帝として期待されている皇太子だ。その実力は凄まじく他の兄弟が束になっても勝てないとされている。
しかし皇太子は現在Sランクの冒険者を引き連れて西の半島に存在する暗黒ダンジョンの攻略途中である。
次いで次男にはセイン、三男にはカシムがいる。しかしどちらも今は遠征途中で三男が率いる軍勢に関しては北のニルヘイム女王国と睨み合いが続いている状況だ。
正直言えば、シュデルの実力はこの三人に比べるとかなり劣る。いやそれどころか劣等種とされ追放された五男のホルスよりも劣っていたのが証明されてしまった。寧ろホルスに関しては未知数な部分が大きい。
どちらにしても、そういった事情から皇帝からしてもシュデル本人よりも奪われた魔剣の行方を気にしているのだろう。
「後は皇后が動くかどうかだったが、あの人も気まぐれなところがあるしな」
皇后であるシャハラは出しゃばらないが、帝国の三姉妹は彼女の管轄だ。もっとも三女であるモルジアは国外逃亡し今は追放されたホルスの元にいる。
ただモルジアはシャハラの子ではない。妾の子である。故にシャハラはモルジアを毛嫌いしていた。シャハラからすればモルジアが勝手に出ていき清々していることだろう。ただ、長女がこれを知ったらどう思うか……
「ふぅ、とにかく指名された以上動かなければ仕方ないか……それにしても五千人の兵とか何を考えているんだが」
皇帝はアンラキに五千の兵力を与えると言っていたが、それは丁重にお断りした。今回の任務は魔剣の回収とついでにシュデルと兵士の救出だ。
帝国が捕虜となった兵の救出に向かうなど珍しいことだが、一応は息子の四男であり、無視を決め込むわけにもいかなかったのだろう。
それにやはり魔剣を気にしているのだろう。最悪シュデルが亡き者にされていたとしても魔剣さえ回収できれば良いと思っているのかもしれない。
どちらにせよこのミッションをこなすためには兵力だけが多くても仕方がない。というよりも潜入が必要な為少人数の方が良いのだ。
「というわけで今回はスリーマンセルで行くことにする。質問はあるかい?」
アンラキは自分が任されている騎士から二人を選び、砂漠の王国に向かうこととした。
もじゃもじゃの頭を擦り、丸レンズの鼻眼鏡をピクピクさせながら二人に聞いた。一人は濃茶の髪を肩まで伸ばし額に紐状のバンドを巻いたケモナルという男だ。
褐色肌で筋骨隆々な体格。
「……任務なら従うだけだ」
ケモナルは口数の少ない寡黙な男である。故にこれといった質問もないようだ。
「リスリーは?」
そしてアンラキは女騎士の彼女にも問う。薄紅色の髪を短く整え、前髪は上げ額が顕になっていた。キリッとした顔つきでありしっかりしていそうな雰囲気を醸し出している。
「先ず、私を今回の任務に選んで頂きありがとうございます。これでキース兄さんの仇を討つことが出来るのですから――」
リスリーがアンラキに答える。その瞳には怨嗟の炎が静かに燻っていた――




