第183話 愚かなるワズイル
その場には血に塗れたクリムゾンと、その姿を満足気に眺めながら、自ら手をかけたキースを嘲笑うワズイルの姿があった。
その発言は死屍に鞭打つ物であり、あまりに情理に欠けたものであった。
「貴様は何故そんなことが出来る! そんなことが言える! 仲間を、何だと思っているのだ!」
赤い化粧に彩られたクリムゾンは、痛々しい姿を晒しながら獅子のごとく形相で吠えた。キースのことは勿論だが、兵の尊厳を踏みにじるような行為は看過出来る物ではない。
しかもやっていることはほぼだまし討ちだ。兵達は自分が爆弾として扱われるなど微塵も思うこと無く散っていったことだろう。
「ふん。兵など所詮は駒。役に立たなければ切り捨てるし利用できるものなら命だって利用するまでよ」
しかし、クリムゾンの怒りも気にもとめずワズイルは平然と言いのける。
「貴様――」
「何を思おうが、貴様の命などもはや風前の灯。蠍人間などいい見世物になると思ったが、まぁ仕方がない。最後ぐらいこの私自らが手を下してやろう」
剣を構えワズイルがクリムゾンに近づいていく。直接手を下すとは言っているが実際のところ、既に使える部下がいないだけだ。集めた兵は全て爆弾として使ってしまったからである。
だが既に満身創痍のクリムゾン程度なら倒すのは容易いとそう考えたのだろう。
「蠍火の――重槍!」
しかしクリムゾンは槍を燃焼させ近づいてきたワズイルに攻撃を重ねた。勝てると踏んだワズイルだが槍の猛撃に表情が歪む。
余裕がなくなり剣で捌ききれず一撃を受け鎧に火が纏わりついた。
「ぐわあぁあああぁああ!」
悲鳴を上げて吹き飛ぶワズイルとそれを仁王立ちで見下ろすクリムゾン。その瞳は怒りに燃えていた。
「ば、馬鹿な! 貴様虫の息ではなかったのか!」
ワズイルが戦慄する。クリムゾンの傷は自らの発生させた炎によって塞がれていった。乾いた血がべったりとその身に張り付くが、それがより一層の迫力に磨きをかけた。
「く、くそ、どうしてこの私がお前のような虫ケラに!」
「俺が虫ケラなら貴様は何だ? 獣だってお前のような薄汚い真似はしない。この外道が!」
わずかの間とは言え一緒に過ごした男の為に怒りを燃やすクリムゾンと、人の命を何とも思っていないワズイル。もはやどちらが人でどちらが獣なのか、といった状況だ。
「お兄ちゃん、その怪我!」
「マイン!?」
その時だった。マインから驚きの声。どうやら近くまで来て兄であるクリムゾンの様子に思わず声が出てしまったようだ。
その瞬間、ワズイルの口元が大きく歪み――地面を蹴り飛び出した。
「しま――」
「残念だったな!」
「キャッ!」
クリムゾンが気がついた時にはもう遅かった。ワズイルがマインの後ろを取りワインダクバの刃をその首に当てる。
「さぁ槍を捨てろ! この幼くて可愛らしい妹を爆弾に変えられたくなかったらな!」
「き、貴様、一体どこまで、どこまで卑劣な真似を!」
「黙れ! 私だって本当はこんなことはしたくないのだ! こんな可愛らしい幼女を爆弾にだと? ふざけるな! だが他に方法がなければ仕方がないだろう!」
その訴えに、クリムゾンの目が白くなった。
「……お前、何言ってるんだ?」
「うるさい! 貴様に私の気持ちがわかるか! あのモルジアがもうすぐこの私の手の届くところにあったのに! あのツルンっとしてペタンっとしたあどけなさの残る女にあんなことやこんなことを……いいか? 私は幼い子が、大好きなのだーーーーーーーー!」
ここにきて聞きたくもないカミングアウトを聞くことになったクリムゾン。その目から怒りが消え、ただただ冷たい視線だけをワズイルに送っている。
「お兄ちゃん! 怖いよ! この人、気持ち悪いよ!」
「くっ、任せろ! この兄がお前を必ず助け出す! この変態からな!」
「誰が変態だ!」
「お前だ!」
ビシッと槍を突きつけクリムゾンが叫んだ。
「とにかく、この可愛らしい幼女は出来れば五体満足な状態でお持ち帰りしたい。だから槍を捨てろ! さぁ早く!」
「お前、一体なんなんだよ……」
怒りを通り越して呆れんばかりのクリムゾンである。しかし、妹のマインが捕まっているという状況に変わりはない。
「さぁ、どうする! いや、選択する余地など無い筈だ! この尻尾の愛らしい妹を見捨てるなど出来はしないだろう! いやするべきじゃないのだ! だからさっさと槍を捨てろ!」
「お、お兄ちゃん駄目だよ! こいつの言うことなんて聞いちゃ!」
「もう、そんなこと言わないの。ほら、この私が帰ったらしっかりとかわいがってあげるから。ね?」
「お兄ちゃん! 本当に気持ち悪いよ!」
マインがちょっと涙目になった。爆弾にされる恐れよりもワズイルの性癖丸出しな態度に恐怖しているようである。
「さぁ捨てろ今すぐ捨てろ! 大丈夫だ! 言うことを聞けば妹は絶対に殺さん!」
「くそ! 殺さないだけでろくなことにはならんだろうが!」
「だから可愛がると言っているだろう!」
それがクリムゾンにとって一番の問題でもある。勿論マインにとっても。
「さぁ、わかったらとっとと――」
「水魔法・水禽の躍進!」
クリムゾンに槍を捨てるよう要求するワズイルだったが、どこからか放たれた鳥を模した水の来襲を受けてワズイルは怯んでしまう。
「えい!」
「がっ!」
そしてその隙にマインはワズイルの股間を蹴りとばし、急いでクリムゾンの下へ駆けていった。
「お兄ちゃん!」
「マイン! あぁ、マイン良かった!」
マインを抱きしめ無事でいてくれたことを喜ぶクリムゾン。そして大事なところを押さえて悶絶するワズイル。地面に蹲るようにしながら顔を上げ、魔法を放ってきた男を見た。
「全く愚かな男ですね」
「き、貴様確かホルスの仲間の、だが何故だ! 貴様らは他の連中と戦っていたはずだ!」
視線の先には水の魔法使いであるスイムの姿があった。だが、それだけではない。
「馬鹿かお前は」
その耳にまたも届く別の声。ワズイルが顔だけ巡らせるとそこに立っていたのは屈強な冒険者ライゴウであった。そして呆れた様子でスイムも言葉を続ける。
「愚かしいですね。周りを全くみていなかったのですか?」
「周り、だと?」
そこまで言われてようやくワズイルは周囲を確認した。そして気がつく――既にその場に立っているのが自分以外ではホルスと対峙しているシュデルだけだったことに。
「ま、まさか、まさか……」
「そういうことですの。千鋭百鬼団はとっくに全員倒されましたですの! というか誰がツルンとしてペタンですの!」
『何も間違っちゃいないだろう』
「やれやれ、百鬼だから何だか知らぬが、大したことなかったのう」
「あ、その魔剣は物騒なので回収しておきますね~」
「愛が足りないかしら愛が!」
こうして切り札である魔剣すらも勝手に動き出し、イシスの手に回収されたことで愕然となるワズイルなのであった――




