第125話 砂漠で敗走する将軍
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ワズイルに小隊長へと任命された彼は、隊員全てを失ったもののパピルサグ族に危ないところを助けられ、暫く彼らの集落で世話になり続けていた。
そして表面上は追放されたホルスと親しい振りをし、何とか情報を集めようと振る舞っていた。
だが、そうしている内に、段々とわからなくなっていく自分がいた。帝国では帝国こそが絶対であり、他国は勿論、他種族に対しても蔑視する傾向にあった。
だが、姿形は違えど話してみればそこまで自分たちと違うものではない。
何より驚きなのは帝国生まれのホルスが彼らパピルザク族を平等に扱っていたことだ。
「……随分と変わった皇子だったんだな……」
それが彼の考えるホルスの印象だった。追放されたから、少しでも味方を増やすために仕方なく接しているという可能性も考えたが、話を聞いているととてもそうは思えなくなる。
話によるとホルスは長の妹であるマインが危ないところを助け、しかも妹を攫われたと勘違いし攻め込んできたパピルザク族を誤解が解けたならそれでいいと許したらしい。
これがマグレフ帝国であったなら考えられないことだ。一族郎党皆殺しにするまで戦いは止めず、更に残った者も全員奴隷送りとすることだろう。
「キース。大分回復したようだな」
「あぁ……」
彼は自らの名前をクリムゾンに伝えていた。偽名ではなく本名でだ。偵察に来た地で中々考えられないことだが、既にキースの中では彼らへの警戒心は消えており、ここまでしてもらったという恩しか残っていなかった。
「やはり行くんだな」
「……ここの皆には感謝している。だけど俺もいつまでも留まるわけにはいかないんだ。やるべきこともあるからな」
体力も回復し、キースはパピルザク族の集落から出ていくことを決めた。やはり彼は帝国騎士である。
祖国のためにも任務を全うする必要がある。とは言え偵察はもう無理であり、国に戻っても仲間の死を含めて報告することしか出来ないが。
「これを持っていくといい」
「これは?」
立ち去ろうとするキースにクリムゾンが首飾りをくれた。材料は何かの木のようである。
「お守りだ。砂漠の一部の魔物が忌避する匂いを放っている。それでもかなり危険度は減るだろう。それとだ――」
クリムゾンは親切にも砂漠の比較的安全なルートまで教えてくれた。水や砂糖を含めた食料までわけてくれた。砂糖に関しては聞いた時彼も驚いたものだが、とにかくこれで生き残る可能性はかなり上がることだろう。
「じゃあな。もしまた会うことがあったら酒でも呑もう。死ぬなよ」
「……あぁ。本当にありがとう感謝する!」
キースは帝国流のポーズで感謝の意を示しそしてパピルザク族の集落から離れることになった。
「本当に砂漠の地下にあったんだな……」
入口を見て改めて驚くキースである。そして周囲を警戒しながら西に向けて足を進めた。
その途中――思いかげない人物を見つけた。
「ワズイル将軍!」
「ん? な! 貴様キースか!」
ワズイルはキースを発見すると随分と驚いた顔を見せた。だが驚いたのはキースも一緒だった。
見るとワズイル将軍は僅か四人の兵のみを引き連れて西に向かっていた。しかもその四人もかなりの怪我であり無事なのはワズイルだけであった。
「一体どうされたのですかこれは?」
「それはこっちのセリフだ! 貴様任務を放り出して今までどこをほっつき歩いていた!」
あ、とキースの声が漏れる。思わず駆け寄ってしまったが冷静に考えてみれば自分は将軍から受けた任務を達成していない上に、怪我の治療もあり、帝国に戻れていないのだ。
「も、もうしわけありません。実は途中で魔物に襲われ私以外の隊員は全滅、私だけがおめおめと生き残ってしまったのです」
「何だと? チッ、こいつらと一緒か。使えない連中だ」
「え? 一緒というとワズイル将軍も途中で魔物に?」
キースが尋ねる。実はワズイルは砂の国に攻め込むも見事に惨敗し敗走途中だったのだが、当然キースはそんなことを知る由もない。
「ば、馬鹿にするな! お前が戻らないから私が自ら指揮を取り砂漠の国に攻め込んだのだ。その途中だ」
「え? 砂漠の国ですか! そ、それで勝利したのですか?」
「……いや、今回は引き分けといったところだ。予想以上に防御が固くてな。我々は体勢を立て直すために一旦帝国に戻る途中なのだ」
そう答えたワズイルの後ろにいた兵たちの視線が冷たい。
「そんなことより貴様だ! キース! 確かに怪我はしているようだが、随分と元気そうじゃないか。見たところ誰かの手当てを受けたな? この砂漠で一体なにがあったのだ! 答えよ!」
「そ、それは、いや、それよりも見てください! このお守りがあると砂漠の魔物に遭遇する確率が減るのです。それに比較的安全なルートもわかりました!」
キースはパピルザク族のことを一瞬思い出すも、どうしてもそのことを伝える気になれなかった。故に少しでも気をそらそうとお守りとルートの話を教えたのだが。
「そ、それならもう魔物に襲われる心配はないのか?」
「仲間が目の前で喰われていく恐怖からようやく……」
ワズイルと一緒に聞いていた兵からは安堵の声が漏れた。だが、ワズイルはそれだけでは済まなかった。
「なるほど。確かに有力な情報だ。だが貴様それをどこで知った? それにそのお守り、それに貴様、食料や水も持っているな? 帝国からの支給品とも思えん」
「そ、それは……」
思わずキースの目が泳いでしまう。それを見逃すワズイルではなかった。
「キース! 貴様この私に何か隠しているな! 答えよ!」
「そ、それは……いえ、これはたまたま砂漠の途中で拾ったのです。砂漠で死んでいた者は多く、ルートも死体が残した物を利用しました」
キースは意を決し嘘を告げた。苦しいかもしれないが、パピルザク族には恩がある。どうしても話すわけに行かないと考えたのだが。
「……そうかなるほどな。貴様の気持ちはわかった。あぁ、そういえば貴様の妹も確か最近騎士になったのだったな。随分と将来有望な妹なようだが、残念だな。貴様がここで正直に話さないのであれば私はこう報告せざるをえない。貴様はよりにもよって偵察対象であった皇子に施しを受け仲間を見捨てて自分だけが生き残ったとな」
「そ、そんな! 事実無根です!」
「馬鹿が。今の貴様の状態で違うと言ったところで信用されるわけがなかろう。そうすれば貴様の妹にも当然影響が出るだろうなぁ。実の兄が祖国を裏切るなどあってはならんことだ」
ワズイルがニヤニヤと笑みを浮かべキースに告げた。
キースは両目をギュッと瞑り、そして妹の顔を思い浮かべ、一言、すまない、と呟きワズイルに全てを話した。
「……なるほど。パピルザク族か。だが貴様! 何故それを黙っていようとした!」
「そ、それは、申し訳ありません! ですが今話した通り、彼らは死にそうな私を助け介抱してくれたのです! ですからこの恩には報いる必要があると考えています! ワズイル将軍! ここはどうか命を救ってくれた彼らを狙うような真似だけは止めてあげてください!」
キースがその場で跪き、ワズイルに懇願した。帝国のやり方は彼自身がよくわかっていた。だが、ここでワズイル将軍が見なかったことにしてくれれば――だが、その可能性は低いかもしれない。
しかし、それでも彼はワズイル将軍の温情に賭けるほかなかった。
「……なるほど。話はよくわかったキース。確かに恩を受けたなら恩で返す。恩返しは当然であろうな」
「将軍それでは!」
キースがガバっと顔を上げるが、その胸に深々と刃が突き刺さる。
「あ、しょう、ぐん?」
「だが、同時にこうとも言えるだろう。やられたらやりかえすとな」
キースが倒れ、その目からは徐々に光が失われていった。
「ワズイル将軍一体何を!」
「何故キースを殺したのですか!」
ワズイルの行為が他の兵には信じられなかったようだ。非難の目さえ向けてくる。
「ふん。今私がなにかしたか? キース? あぁそうか。確かにキースは残念なことをした。まさかホルスに支配されたパピルザク族に捕まり人質にされていようとは。更に奴らは卑怯にも言うとおりに従った我々の目の前でキースもろとも人質を惨殺した。とても許してはおけぬなぁ」
「「「「なっ!」」」」
その言葉とにぃ、と薄気味の悪い笑みをこぼすワズイルに兵たちは絶句した。
「そ、そんな話が通用すると本気で思っているのですか!」
兵の一人が叫ぶ。確かに、少なくとも帝国において人質をとられたから手も足も出せず負けましたなんていいわけが通用するわけがない。
だが、それも何も得るものがなかった場合だ。今回ワズイルはキースから役立つ情報を幾つか手に入れた。これも一緒に持ち帰れば話は変わってくる。寧ろキース達のことは大義名分として役に立つ。
「ふん。好きに言えばいい。さてと。問題はここからか。ふむ、この食料と水。それにこのお守りも人数がいると効果が薄れる可能性もある」
「え? ワズイル将軍、貴方は何を……」
「お前たちは十分役立ってくれた。死んでいった者は私という偉大な将軍を守る盾となってくれた。ところでお前らは全員怪我を負っているな? 一方私は無傷だ。このまま帝国に戻るとして傷を負った貴様らと一緒に行くのと。私一人が帰還するのではどちらが可能性が上がると思う?」
こうして後には、合計五つの死体が残された。
そしてワズイルはキースの死体から食料と水の入った袋とお守りを奪い帰路につく。
「かか、どうやらまだ私にもツキが残っていたようだ。覚えていろ小僧、この借りは必ず返す! 億倍返しでな!」
こうしてワズイルは帝国へと何とか帰還を果たすことになる。その胸に恨みを秘めて。
だが、彼は知る由もなかった。砂漠で野垂れ死んだ方がまだマシだと思える未来がこの先待ち受けていることに――
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