~第0話~プロローグ
「お前ら、明日から夏休みだが、あんま羽目を外しすぎんなよーー」
担任の体育教師が無駄に大きな声で話す。
うるさいなー、もうちょい静かに話せんのかあのハゲゴリラは、なんて心の中で愚痴りつつ俺、高槻諒介は窓ガラスに映った自分を眺める。自分で言うのもなんだが、目つき悪いよなぁ、俺、怖い、自分でも怖いレベル。
高校入学から早3か月、順調に友達もでき彼女もできてキラキラ素敵な夏休みを過ごす予定……なんてなかった。というか普通にボッチだった。俺は人に嫌われやすいらしい。何も悪いことしてないのに、目つきか、この目つきが悪いっていうのか、そうですよね、わかります、はい……。
「ねえ、この後カラオケ行かなーい!?」
「今日からこのゲームクリアまで寝ずにいくぞ!Monsterの準備はいいか!」
なんて声がそこら中から聞こえる中、俺は校舎を出て一目散にある場所を目指す。しばらく歩くとお目当ての場所が見えてきた。
「来たぞー、みんな元気かって……うぉぉい!!!」
公園についた瞬間俺は10匹以上の野良猫にもみくちゃにされた。
「みんな、落ち着けって!ほら、これ、エサは逃げないから!だから爪立てんな!!」
そういってドライフードを置いてやると、ようやく猫たちは離れてくれた。あいつら……一目散にとんできおってからに。
俺は人に嫌われやすいーーが、なんでか知らんが動物にはやたらと好かれやすいのだ。初めてこの体質に気づいたのは……いつだっけかな、そーだ、あれは小学校3年生の時。母さんと一緒に初めて動物園に行った時のこと。その日は祝日だったこともあって動物園内はごった返していた。案の定檻の前には人の壁。人ごみをかき分け何とか檻の前に行くものの目当てのトラははるか遠くに……いたのだが、俺が檻の前についた瞬間にトラが寄ってきたのだ。次の檻の前ではゾウが、その次はキリンが……。
はじめの内こそ母さんは「めっちゃラッキーだわ!」だとか「これがリアルどうぶつの森ね!」だとか言っていたが、フラミンゴが俺の前で一斉に整列したところで何かを察したらしく何もしゃべらなくなった。それ以降、動物園に連れて行ってもらったことはない。
「あの時はマジでびっくりしたけど、まだちっさかったしなぁ」
野良猫たちと一通りたわむれた俺は、家に向かって帰りながら昔のことを思い出していた。
「諒介!犬を飼いましょう!!」
小6の春、夕飯を食べながら母さんは唐突に言い出した。どうもテレビのワンちゃん特集の影響でどうしても犬が飼いたくなったらしい。どうせいつもの思い付きだろうなと流していた俺だったが、ある日俺が学校から帰ると、
「りょ、諒介、よく帰ってきてくれたわ……あとは、まかせ、、ガクッ」
「か、母さん!?って気絶してる、何があった……って何だあれ!?」
家の奥を見るとグルルルと喉を鳴らす子犬がいた。かわいい子犬なのに興奮して殺気立っている、母さん、何をしたのほんとに……とはいえこのままじゃよくない何とかせねば。
「フー、キャンキャンキャン!!!」
「ちょ、落ち着いてって!」
「キャンキャン!!!」
「大丈夫、俺は君に何もしないよ、いい子だから、ね?」
「クゥーン……?」
と、俺が近づくと興奮した様子だった子犬は一瞬で落ち着いて、喉を鳴らすようになった。その時改めて、俺は動物に好かれやすい体質なのだと自覚した。
「よーしよし、君が母さんが言ってた犬か、かわいい犬だね」
「キャンキャン!」
「元気だね、まったく、にしてもほんとに飼うとは母さんめ」
「はっ!ここは誰、私は母……」
「あ!母さん、気が付いたんだね、よかった」
「諒介、この犬のことはあんたに任せるわ、名前つけてあげてね、後世話よろしくぅ!……犬、コワイ」
「キャン!」
「丸投げ!?まあ、母さんに任せてたら母さん死にかねないし、犬追い払うわけにはいかないし、俺が何とかするしかないか…」
「クゥーン?」
「なんでもねいよ、とりあえず名前つけなきゃな、って女の子か、それにきれいな目、白くてきれいな毛並みだ、ならそうだな、君の名前はーー」
☆ ☆ ☆
「ただいまー」
「ワンワンワン!!!」
「おー、ただいまソラ」
<ソラ>と名付けたあの子犬はもうすっかり大きくなった。母さんが仕事で海外に行ってからは一人と一匹で頑張ってきた。俺からしたら大切な大切な家族だ。ソラがいるから母さんが海外でも友達がいなくても頑張れる。だが犬の寿命は平均10~13年だ。ペットは絶対に人より早く死んでしまう。これは動物を飼っている人なら絶対に共感してくれるであろう。ならせめて最高の人生を送ってほしい。切にそう思う。ソラを一人にはしない。絶対に。
「ワン!!!」
「お、どした?カレンダーなんかに吠えて」
なんかあったかしらとカレンダーを見て気づく。
「あ、そういえば今日俺の誕生日か、祝ってくれる奴いなくて忘れてたわ……」
そうか、ソラ今年も俺の誕生日覚えててくれたんか、なんだろう泣きそう。
「ありがとな、ソラ、大好きだぞこのー!」
「ワン!!!」
「母さんもおめでとうの一言位連絡くれりゃいいのにな、一人息子は寂しいよ……」
なんて言いながらも母さんが死ぬほど忙しいのは知ってるから何も言うまい。
「うっし、ソラ。散歩がてら夕飯買いに行くぞ、ついでにケーキでも買いに行くか!ソラのご飯も豪勢にいくぞ!」
「ワンワン!!!」
そうして俺たちは夕方の街に向かって歩き出した。
☆ ☆ ☆
いつもの散歩コースを歩き、駅前のスーパーに行き夕飯の材料と高級なペットフードを購入、ここはペット用品も売っていて助かる。ケーキもスーパーで買えるがソラ以外祝ってくれない孤独なバースデー。せめてケーキはおいしいものをとちょっといいお菓子屋さんまでもうひと歩き。
「にしてもほんとに元気だなぁ、ソラは」
「ワンワン!!!」
「うんうん、たぶん元気だよって言ってくれてる気がする。まあイヌ語わかんないから予測だけど」
と、その時
「キャーーーー!!!!!」
すぐそばで悲鳴が聞こえた。前から男が走ってくる。すごい勢いで。一直線にソラに向かって。
「ソラ!!!!!」
ソラを全力で後ろに引っ張る。
刹那ーー痛み……痛み?
ーー痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
なんだ、これ、視界が、ぼやけてく、空が、見える、倒れてるのか俺
「おい、人が刺されてるぞ!救急車!!」
腹が熱い、これ、血、なん、で、俺が、ソラが、見える
「--ンワン!!、--ン!」
ソラの、鳴き声が、聞こえる、遠く、ごめん、ソラ、遠く、ごめん、ごめん、あ……死んだ。
☆ ☆ ☆
草の香りがする、風が肌を撫でる。
「ーー介、ーー諒介」
誰かの声がする、懐かしいような、心地いい声がする。
「諒介!起きてってば!!」
目が覚めた。
「痛てっ!」「いったいー!」
勢いよく起き上がると誰かのおでことぶつかった、痛い、痛いってことは俺死んでないのか?あたりを見回す、何だここ、森の中、だよな……でも確か俺ケーキ買いに駅前のお菓子屋に向かってて、それで、ソラをかばって、刺されーー瞬間ーー、ものすごい吐き気に襲われた。そうだ、俺は確かに殺されて……。
「ねえ」
そうだ、ソラは、ソラはどうなった!?あの男、明らかにソラを狙って、てかそもそも何でソラを……。
「ねえってば!聞いてる!?」
「へぁ!?びっっくりしたー!!!、って誰!?」
目の前には……とんでもない美少女が立っていた。ほっぺをぷくーっとふくらませ、その立派な尻尾を振りながら。
続く