「……本当にホモとかじゃないんですよね?」
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「ぐはっ……」
ナーユ殿の攻撃を受け、自分は尻餅をついてしまった。
どうにも相手の攻撃を見切るのは難しい。
「……ぬぅ。どうして主殿やナーユ殿は、そう相手の攻撃を避けるのがうまいのですか? はやり動体視力が良くないとダメでしょうか?」
正直、自分はそこまで目がいいという訳ではない。しかしそうなると、これから始まるイベントでお役に立つことが出来なくなってしまう……
「う~ん。沙南ちゃんはどうかわかりませんが、少なくとも私は相手の攻撃が全て見えている訳じゃありませんよ」
「ではどうしてそんなに避けるのがうまいのですか?」
「それは先読みをしているからです」
先読み?
なんだか難しそうだが……
「では具体的に教えますね。小烏丸さん、私がゆっくり攻撃を仕掛けますので、自分のいつものタイミングで避けて下さい」
そう言って、ナーユ殿は拳を振り上げる。そして、本当にゆっくりと自分に向けて攻撃を仕掛けた。
その攻撃を、目の前まで引き付けてから回避をする。
「では次に私がやってみせます。小烏丸さんは同じように、ゆっくりと攻撃してみて下さい」
言われた通りに、攻撃をしようと拳を振り上げた。
その瞬間――
――ギュン!!
すでにナーユ殿は自分の背後に回り込み、後頭部にチョップを叩きこんでいた。
「えぇ!? 早すぎませんか!?」
「つまりはこういう事です。もはや相手が腕を振り上げたら攻撃されると先読みして下さい。AGIの高い者同士の闘いになった場合、その判断の早さが活きてきます」
「な、なるほど。確かに……」
「これから小烏丸さんと蜥蜴丸さんには、基本的な先読みしやすい行動を一通り教えます。それを全て頭に叩きこんでください」
こうしてイベントが始まる前の修行期間、自分達はナーユ殿に徹底的な指導を受けるのだった。
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――ブオンッ!!
すでに足は回避行動を取っており、目の前まで迫る小刀は空を斬る。
「なっ!? 避けた!?」
あやめが再び加速をして、自分に攻撃を仕掛けようとしている。
わかる。そう。攻撃してくるのがわかる!
ナーユ殿に教わった問題が、そのままの形で出題されているような感覚で余裕さえ感じる。
相手が前のめりになれば直進してくる!
腕が上がったら攻撃を仕掛けてくる!
その僅かな動きを見極めて、早めに足を動かせ!!
――ブオンッ!!
急速に接近してきたあやめの攻撃を、再び回避する事に成功する。
相手とのスピードはおよそ二倍は違う。課金装備か、はたまたユニークスキルの恩恵か。それでも確かに自分は攻撃を避け続けていた。
「くそっ! なんだコイツ! あたしの方が明らかに速いのに攻撃をうまく避けやがる!」
そう、自分は避けるだけでいい。シルヴィア殿はお互いの欠点を補おうとペアを組んだ。
自分は相手の攻撃を避ける事だけを考え、それに専念する。避ける事だけに集中すれば、スピードが倍違かろうが問題ではない!
攻撃は……シルヴィア殿に任せればいいのだから!!
「クソがっ! さっさと……死ねぇ!!」
あやめのスピードがさらに速くなる。
ダダダダダダダッ! と、まるでマシンガンのような足音と、もはやブレてしか見えないほどのスピードにあやめの姿を見失いそうになる。それでも僅かに見えるその残像を先読みの材料にして、自分の足を動かし続けた。
止まったら殺される。考えを止めても殺される。僅かな情報でも全てを活かして避け続けろ!
レベルが低いのがなんだ! ステータスが低いのがなんだ! 主殿はそんな状況でも覆してきたんじゃないか! だったら、自分だって覆して見せる! これが自分の限界だというなら、その限界だって超えて見せる! 生半可な気持ちでこのクランに入った訳ではないのだから!!
「なんなんだ。なんで当たらないんだ! クソがっ!!」
あやめの動きが短絡的になった。
熱くなればなるほど攻撃は読みやすくなり、また反撃もしやすくなるものだ。
……恐らく、狙うならここだ!
【シルヴィアはクラフトアイテムを設置した。丸太砲S】
単調になった相手の動きを予測して、ついにシルヴィア殿が攻撃に転じた!
「きゃふ!?」
攻撃を仕掛けようと攻めてきた所に、うまく巨大な丸太が飛んできた。
【あやめに1万0000のダメージ】
丸太に跳ね飛ばされたあやめは地面を転がる。
【シルヴィアはクラフトアイテムを設置した。茨の落とし穴S】
【シルヴィアはクラフトアイテムを設置した。雷管S】
【シルヴィアはクラフトアイテムを設置した。落石S】
転がった先には落とし穴が用意されおり、ズボッと下へと落ちていく。そしてその中に電撃を流し込み、さらに真上の空中からは巨大な岩石が降ってきた。
【あやめに1万0000のダメージ】
【あやめに1万0000のダメージ】
【あやめに1万0000のダメージ】
……鬼のようなコンボだ。
【あやめの命の欠片が砕け散った】
「課金の復活アイテムを持っていましたか。ですがある意味丁度良いです。小烏丸さん、クラフトアイテムの設置を解除しますので、あのくノ一にトドメをさして下さい。レベル差があるのでイベントポイントを稼ぎましょう」
「了解致しました」
シルヴィア殿が落とし穴を解除すると地面は元通りになる。そして穴に落ちていたあやめは、平らになった地面にへたり込んでいた。
「切り捨て御免!」
HP1で虫の息であるあやめにトドメを刺そうと刀を構える。すると……
「ま、待って! 殺さないで!!」
正気に戻ったあやめが、なんと命乞いをしてきた。
「あ、あたし、まだイベントポイント0なんだ。このままゲームを脱落したら、クランメンバーに何を言われるかわかんない。お願いだから殺さないで!」
必死に懇願する様子に、自分は一瞬だけ刀を止めてしまった。
確かに簡易ステータスでの討伐数、ポイントは共に0だった。
「見逃してくれたらなんでもするよ! そうだ、あたしの体を好きにしても構わない。ゲームのアバターだけど興味あるでしょ? なんなら今ここで触ってもいいよ」
そう言って、おもむろに装備を解いて服をはだける。
「ダメです! 小烏丸さん誘いにのらないで下さ――」
――ザシュッ……
シルヴィア殿が何かを言い終える前に、自分は刀を振るい切り捨てていた。
「く、そ、が……」
そしてあやめは光となって消えていく。
【あやめを倒した】
「ふ~……私、小烏丸さんが色香に惑わされて攻撃出来ないんじゃないかと思いましたよ」
「刀剣愛好家が消えた今、自分にとってび~すとふぁんぐが唯一の居場所です。このクランを守る事こそが我が使命。そのために刃を振るう事になんのためらいがありましょう」
「おお~、頼もしい限りです! ……本当にホモとかじゃないんですよね?」
「言ったはずです。色仕掛けには耐性があると。……実のところ自分は籍を入れています。なので、他の女性に手を出すという事は、妻を裏切る行為になってしまいますので」
「へ……?」
シルヴィア殿が目をパチクリさせて驚いていた。
「え、えぇ~!? 小烏丸さんって結婚してたんですか!? ならゲームなんかしてていいんですか!? 今日は日曜日ですけど!?」
「夫婦円満の秘訣は、適度な距離を保つ事です。自分の時間と家族の時間。そして仕事の時間はしっかりと分けていますので」
「そ、そういうものですか。それにしてもリア充だったとは……。なんだか段々と腹が立ってきましたよ」
ちゃんと説明しないとホモ扱いされそうなのに、説明をしたら腹立たしく思われるというのも困ったのもだ。
「……ちなみに、妻は二つ下です。美人です」
「は? なんですか急に。突然のろけないでくれます?」
「息子もいます。主殿と同じくらいの年齢で一番かわいい時です」
「いやいや聞いてませんから! リア充の幸せなんて聞きたくありませんよ!」
「娘が出来るとしたら、主殿のように育てたいですね。むしろ主殿を娘のように思ってしまいます」
「とんだ親バカじゃないですか!? 言っときますけど沙南ちゃんは私のものですからねっ!!」
……それはそれでどうなんだろうか? まぁ息子自慢も出来た事だし、そろそろ行動を再開するとしよう。
そうしてシルヴィア殿を背負い、再びUエリアに向けて走り出した。
「そういえばシルヴィア殿。このイベントでは物陰に隠れても意味がないとはどういう事ですか?」
「あ~、周りをよく見て下さい。ちゃんと見ればわかりますよ」
そう言われて、走りながら周囲を見渡す。
あちこちでプレイヤーがバトルを繰り広げ、頭上の簡易ステータスがちょこまかと動き、HPゲージが減少したりと忙しそうだ。
それを見て、自分もようやく理解した。
「ああ、なるほど! そういう事ですか」
「ええ。あの簡易ステータスがある限り、隠れても無駄なんです。障害物の陰に隠れても、あの簡易ステータスだけは透過して見えてしまいますから」
どれだけ壁に囲まれた場所に隠れても、その壁を透けて簡易ステータスだけは見えてしまう。しかも自分の設定で消すことが出来ないため、奇襲などといった行為はほぼ不可能だと言える。
「この事、皆様には話したんですか?」
「え? いや話してませんけど、普通気付くんじゃないですか?」
「……気付きますかね?」
「……気付きませんかね?」
そんなやり取りをしながら、目的地を目指すのだった。
* * *
「そこに隠れてる人、出てくるッスよ。出てこないなら、もう攻撃しちゃうッスよ~?」
バクンバクンと心臓が跳ね上がる。
あれ!? 明らかに私に言ってるよね!? なんで!? どうして隠れてるのにわかっちゃうの!?
もしかしてそういうスキルとか、アビリティとかがあるのかな? だとしたらズルい! 私もほしい! ……って、そんな事を考えてる場合じゃないよっ!? どうしたらいいのかな……
なぜ私が隠れている事がバレたのか、その理由が分からない私は、割と本気で戸惑ってしまうのだった。




