「だから最後に私と組んで、一緒に遊ぼ?」
「……? なに?」
その子が走りながらも、振り向いて聞いてきた。
「あなたでしょ? プレイヤーと戦闘中の魔物を勝手に攻撃してるのは」
「……? よくわかんない……」
眉を潜めてから、その子は前を向いて加速する。
私はその子に必死について行く。大丈夫。AGIが適応されるのは戦闘に入ってからで、通常時はみんな同じスピードなんだから!
「ちょっと待ってってば。一旦止まって!」
「……やだ。ここで止まったら誰かにバトルを仕掛けられるもん……」
その子は走り続ける。そしてさらの奥の方には魔物と戦闘中のプレイヤーが多数いた。
するとその子はなんのためらいもなく、他人が戦っている最中の魔物に近付いていく。
――ザシュッ! ズバッ! ズシュッ!
そしてプレイヤーに気を取られている魔物を全て討伐していく。
「あ~!! 俺の獲物が!!」
「誰だよ横取りしてんのは!?」
後ろから多くの文句が飛び交っている。
「だ、だめだよ、こんな事しちゃ! 戻ってみんなにごめんなさいしよ?」
「……? なんで……?」
走りながら首を傾げている。この子は多分、自分のやっている事を理解していないっぽい。
「人が戦っている最中の魔物は攻撃しちゃダメなんだよ。経験値の横取りになっちゃう!」
「……? 目の前に魔物がいるのになんで倒しちゃいけないの?」
「それがルールだからだよ。最初に見つけた人が、その魔物を倒さなきゃいけないの!」
「……? でも、そんな事はヘルプにも載ってない」
「それは……暗黙のルールってやつだよ。ネットゲームができた時から決まってるの」
「……そんなの知らない。私は聞いてない。そもそもゲームの中にルールなんてない。だって遊びだもん」
全く聞く耳を持たないまま、その子は走り続ける。私もずっと追いかけ続けて、ついには最深部まで辿り着いた。
そこはまるで遺跡だった。ダンジョンの中なのに遺跡というのもおかしなものだけど、目の前には巨大な遺跡がそびえ立っていた。
そしてその入り口の前で、その子はようやく止まってくれた。
「ふえぇ~……やっと追いついたよぉ……」
「……中に入れない……」
その子が困ったようにウロウロしている。私も入り口を見てみると、そこには石板が置いてあった。
『この中へ入りたくば、二人以上のパーティーを組め』
そう書いてある。どうやら一人じゃ中へ入れないらしい。
「他の場所は一人でも入れたのに……面倒くさい……」
その子が不貞腐れていた。
「えっと、じゃあ私と入る?」
そう提案してみた。
「ん~……やだ。あなたさっきからうるさいんだもん」
がーん!!
この子、物静かな雰囲気なのに、結構辛辣だよぉ……
「……それに、パーティーを組むなら回復魔法が使える人がいい。あなたは使えるの?」
「あ、いや、使えないけど……」
「じゃあやっぱりダメ。私はここで、回復魔法が使える人が来るのを待つ……」
そう言って、その子はチョコンとその場に座り込んだ。
「えっと、じゃあ私も待とうかな? 隣に座ってもいい?」
「……えぇ~……」
露骨に嫌そうな顔をされた。
うぅ……ショックだよぉ……
けど、正確にダメとは言われていないので、少しだけ離れて私も座った。
「……言っておくけど、最初に入るのは私が先だから」
「う、うん」
私は改めてその子を見た。
頭は薄紫色の髪を後ろでおさげにしていて、サークレットを装備している。軽装の上に剣を括り付けており、どちらかといえば身軽な印象だった。
というか、やっぱり私と同じくらい小さい。なんとかお話しを続けられないかなぁ……
「えっと、私、沙南って言うの。あなたのお名前は?」
「……?」
なんでそんな事聞いてくるの? みたいな顔をされた。
人見知りが激しいのかな? かなり警戒されているみたい……
「……ルリ……」
やった! 名前を教えてもらったよ!
「ルリちゃんっていうんだね! ルリちゃんってもしかして、VRMMOは初めて?」
「……うん……」
「そうなんだ。実は私も初めてなんだ。PCを使ったネットゲームとかならやった事はあるんだけどね」
「……そう……」
興味なさそうに相槌だけ返ってくる。
「もしかして私達、歳が近いんじゃないかな? 私は小学三年なんだ。ルリちゃんは?」
「……!? 私も三年……」
「わぁ~! おんなじだね♪」
「う、うん……」
ちょっと驚いて困惑しているような表情になった。
「私のクラスにはね、ネットゲームとかやる子が誰もいないから、ルリちゃんみたいにゲームの話ができる友達が欲しかったんだ~。ねぇ、私とお友達になってよ」
「……」
前を向いて、考え込むようにして、そして――
「……私は、そういうの求めてない……」
そう言われた。
ショックだった。けど、それ以上にルリちゃんの表情が寂しそうで、なんだかショックを受けている場合じゃないって、そんな気持ちにさせるような顔だった。
「このゲームはストレス解消のためにやってるだけ。友達とか、仲間とか、そういうの作るつもりない……」
「ルリちゃんは、リアルの生活が嫌いなの?」
「……嫌い。ルールを守れとか、人に気を使えとか、そういうのばっかり。でもゲームにはそういうの無いから、魔物を倒しまくるのが楽しい」
そっか。だから一心不乱に魔物を攻撃してたんだね……
「……けどね、ゲームにもルールってあるんだよ?」
「……っ!」
ピクリと、ルリちゃんの表情が険しくなる。
「少なくともネットゲームにはルールがあるよ。だってみんな同じ人間なんだもん。みんなで楽しく遊ぶためには、ルールを守らないとダメなんだよ」
「そんなの知らない!!」
ルリちゃんが怒り出した。
ずっと小さな声だったけど、この時ばかりは叫ぶように声を張り上げていた。
「魔物が出たら倒せばいい! 早い者勝ちでいいよ! 倒しちゃダメとか意味わかんない! だってこれはゲームだもん! 遊びだもん! なのになんで周りに気を使わなくちゃいけないの!? ルール、ルール、ルール! そればっかりじゃ全然面白くないよ! もう私の事はほっといて! 沙南なんて嫌い!!」
……初めて私の名前を呼んでくれたけど、どうやら怒らせて嫌われちゃったらしい。
ルリちゃんはそっぽを向いて黙り込んでしまった。
「……ごめんね」
そう謝って、私も黙ってその場に座り続けた。
そうして少しだけ待つと、他のプレイヤーがこちらへやってくるのが見えた。いかにも回復魔法が使える僧侶のような恰好をしている。
「……あ」
ルリちゃんがその人物に駆け寄っていった。
「……ここ、一人じゃ入れない」
簡潔に、それだけを伝えている。
「え、そうなの? あぁ、本当だね」
背の高い男性は、石板に目を通してそう言った。
「……あなた、回復魔法使える?」
「ああ、使えるよ。俺のクラスは僧侶だからな」
「じゃあ、私とパーティー組む!」
「ああ、いいぜ」
どうやら話が成立したみたいで、パーティー登録を行っていた。
――しかし。
「ん!? ああ!! ルリってお前、最近噂になってる荒しじゃん!!」
「……え?」
突然男性が喚き始めた。
「やめやめ! パーティー解消! こんな奴と組んでたら俺まで荒しだと思われるっつーの!」
そう言って、速攻でパーティーを解散させてしまった。
「……えっと、なんで……?」
「は? お前自分がどう思われてるか知らねぇの!? かなりの悪評だよ! みんな迷惑してんのに、『なんで?』とか頭おかしいんじゃね?」
そうして今度は私の方を見た。
「ん~っと、キミもこいつの仲間……な訳ないか。なぁ、俺とパーティー組まない?」
突然誘われてしまった。
ルリちゃんを見ると、私を睨みつけるような目で見ていた。
「えっと、わ、私は疲れてここで休んでただけだよ。だからここへ入るつもりはないんだ。ごめんなさい……」
「ちぇ~! んじゃここは後回しにして、先に他の紋章を集めるかぁ……」
そうブツブツと呟きながら、元来た道を戻っていく。
ルリちゃんは崩れるようにしてその場へへたり込み、私もそこへ座り込んだ。
「……なんで、あの人とパーティー組まなかったの……?」
俯いたまま、そうルリちゃんが聞いてきた。
「ルリちゃんが先に入るって約束だから。私はその後でいいよ」
「……」
それ以上何も言わず、ルリちゃんは黙って俯くだけだった。
それから二人、この遺跡に入ろうとやってきたプレイヤーがいた。その度にルリちゃんは話しかけていく。しかし、結果は最初と同じだった。
ルリちゃんが問題児だと分かるや否や、とても不機嫌そうな顔になり、睨まれて、怒鳴られて、中には酷い暴言を吐く人もいた。
誰にも相手をされずに、どれだけこの遺跡の前で座り続けただろうか。ついにルリちゃんは膝を抱えたまま、スンスンとすすり泣き始めた。
「……私、もうこのゲーム辞める……」
そして、そんな事を言い出した。
「沙南の言った通りだった。ぐすっ、ゲームにもルールがあって、私はみんなに迷惑かけてたんだ……うぅ……でも、ゲームのルールとか全然わかんないし、もう今日でこのゲーム辞める」
そんなルリちゃんに寄り添って、私は出来る限り優しく声をかけた。
「大丈夫だよ。ルリちゃんはネットゲームが初めてだから、マナーとか知らなかっただけなんだよ。ちゃんと覚えてプレイすれば、ゲームって凄く楽しい遊びなんだよ?」
「ぐすん……でも、そのマナーとかがよくわかんないもん……」
「私が教えてあげるよ。ねぇ、私とパーティー組もう? これで本当につまらなかったら辞めてもいい。だから最後に私と組んで、一緒に遊ぼ?」
ルリちゃんは小さく顔を上げて、少しだけ迷っていたけど、コクンと頷いてくれた。
私はルリちゃんの画面を広げて、そこからパーティー登録の申請を出す。ルリちゃんはすぐにその申請を承認してくれるのだった。