「ごめんなさい……」
「ニャーン」
それにしても実装されたばかりなのに、なぜこんなにも広い拠点を作れるだけの素材があるんだろう? 例えるなら、広い学校で校長室を探しているような気分だ。
「クゥーン」
まぁ、ここのクランもメンバーのログイン率は高くて、ゲームに積極的なプレイヤーばかりだから不思議じゃないか。人数もいつだって減ったらすぐ募集してたし。
「メェー」
とにかく、誰かにマスターの部屋を聞いた方が早いわね。誰かいないかなぁ……って、
「なんでこんなに動物が多いんじゃー!?」
うん知ってる。動物好きなクランなのは知ってるよ! けど多すぎじゃない!? 廊下のそこかしろにいるんだけど! しかも猫や犬は分かるけど、ヒツジとかも平然と混ざってるし!
でも可愛いから、取りあえずしゃがみ込んで足元のヒツジを撫でてみる。手足が短く、猫くらい小さいくて可愛い。デフォルメされたぬいぐるみみたいだった。
「うちの拠点にも動物ほしいなぁ……」
あれ、今……『うちの』って自然に言っちゃった……
まぁ確かに、び~すとふぁんぐの居心地がいい事だけは認めるけどね! 歳が近くて気兼ねなく話せる相手も多いし!
そう、アイドルとしてぶりっ子をしていた私をび~すとふぁんぐは知らない。
逆に、アイドルを止めて素の性格で接するようにした事をモフモフ日和は知らない。
けどもうアイドルに戻るつもりはない。これからは素の私だけを見せていくんだ。
私は自分を励ましながら、マスターの部屋を聞きこみながら探し続ける。そうしてようやく、マスターの部屋へとたどり着いた。
まずはノックをすると、中から返事が返ってくる。
「お邪魔しま~す……」
緊張しながら中へ入ると、そこにはクマが正座をしていた。
「相変わらずの格好ね、モフモフ師匠は……」
そう、この人物がクランマスター、モフモフ師匠。
そのレベルは1115。
「もう僕はずっとこの格好でいいモフ。それがみんなのためだと言う事に気が付いたモフ」
「なんでよ?」
この人が着ているのはアバターの見た目を変える着ぐるみだ。この人はクマの着ぐるみを着ているだけに過ぎない。
「このクランは入隊時にケモミミを付ける決まりになってるモフ。けど、いくら動物好きでもオッサンのケモミミを見ると気分が悪くなる人もいるんだモフ。だけどこうして着ぐるみを着てしまえば、見た目も可愛くて規定に反しないモフ」
「いや、ケモミミ制度廃止すれば!?」
ついび~すとふぁんぐにいた時のようにツッコんでしまった。
しかもクマの着ぐるみって……。クマって別にモフモフしてないし!
するとクマさんの可愛らしいくも鋭い眼光で睨まれた気がした。
「ふん。マスターが一度決めた制度を簡単に変える事なんてできないモフ。威厳に関わるモフ!」
メンドクサイなー……
まぁいいけど……
「そんな事よりも、この中めちゃくちゃ広くて迷っちゃったわよ。なんで外で待っててくれなかったの?」
「ふん! 会いたいと連絡してきたのはそっちモフ。なんで僕がわざわざお出迎えしなくちゃいけないモフか?」
あ、あれ? もしかしてマスター、機嫌悪い?
まぁ、確かにクランを勝手に抜けて、連絡もまともにしていなかった私が悪いんだけどさ……
「えっと……その、いきなりクランを抜けてごめんなさい。連絡が遅くなりました……」
「全くモフ! 瑞穂たんはなんで辞めたんだって、メンバーからは質問責めをされて大変だったモフ! 中にはショックでログインしてこなくなったメンバーもいるモフ!」
「ほ、本当にごめんなさい……」
私は深々と頭を下げた。これからお願い事をするんだから、とにかく下手に出ないと。
「それでね、今日はお願いがあって来たの!」
「お願い? クランを勝手に抜けたキミが? 僕にモフか?」
しつこいなぁ……。謝ってんじゃん……
「あ、あのね、次のイベントに、バトルロイヤルが来そうじゃない? そうなったら、び~すとふぁんぐと協力してほしいの!」
「び~すとふぁんぐ? ああ、前に瑞穂たんが気にしていたクランモフね」
そう言って、マスターは私の頭上に目を向けた。
プレイヤーの頭上には簡易ステータスという、プレイヤー名と所属クラン名などが表示されているからだ。戦闘中にはHPゲージなんかも出てくる。
「どうして僕たちが、そのび~すとふぁんぐと協力しなくちゃいけないモフ?」
「地下ダンジョン攻略部隊を倒すためよ。あのクランを一位の座から引きずり下ろす! 私達は次のイベントで、地下ダンジョン攻略部隊よりも良い順位を取らないといけないの! そのためには、モフモフ日和の力が必要なのよ!!」
私は力強く説明をした。私の情熱が伝わるように!
……けれど、私とは真逆で、マスターはむしろ冷めた様子で明後日の方向を向いていた。
「だ~か~ら~。そのび~すとふぁんぐの事情に、どうして僕らが協力しなくちゃいけないモフ?」
……え? どうしてって、仲間だからでしょ……?
……違うの……?
「えっと……一緒に地下ダンジョン攻略部隊を倒せば、モフモフ日和も一位になれるかもしれないし! 私達は地下ダンジョン攻略部隊よりも順位が良ければ、共倒れになっても構わないから……」
私は、『仲間でしょ?』、という言葉を使えなかった。
マスターの態度から、一瞬で否定されるような気がしたから……
「僕はむしろ、地下ダンジョン攻略部隊を一位にした方がいいと思っているモフ」
「え!? な、なんで!?」
「あのクランは強すぎるモフ。下手に手を出すと、こっちの損害も大きくなるモフ。ならばいっその事、もうあのクランには手を出さずに一位にしておいて、確実な所でポイントを稼いだ方が現実的なんだモフ。幸いここの運営は、いつも一位から五十位までの報酬が同じモフ。だから無理をして一位を狙う必要がないんだモフ」
あ、あれ……? こんな取り付く島もないなんて思わなかった。とにかく粘って、粘り勝ちをする予定だったのに、悩む素振りさえ見せないなんて……
「お、お願いモフモフ師匠! 次の闘いは負けられないの! モフモフ日和だけが頼りなの! そうだ! フラムベルクもね、地下ダンジョン攻略部隊の被害状況を見て動いてくれるって約束してるの! この三つのクランで協力すれば絶対に勝てるわ! なんだったら、フラムベルクが加勢に来てくれるまででもいい! 力を貸して!!」
必死にお願いをする。元々は仲間なんだから、聞いてくれる可能性は十分にある! 何がなんでも粘ってみせるんだから!!
「はぁ~……。瑞穂たん、調子に乗るのもいい加減にしろ! モフ」
グサリと、そんな冷たい言葉に胸を貫かれたような感覚になる。
調子に乗る……? 私が……?
「勝手にクランを抜けて、戻ってきたと思ったら協力しろ? ふざけるのも大概にしろモフ! そんな事に協力する義務はないモフ! さ、もう帰るモフ!」
ショックだった。全く効く耳を持たず、邪魔者扱いをされた事が本当にショックだった。
……けど、ここで帰るなんて、そんな軽い気持ちで来たわけじゃない! 私は沙南の……び~すとふぁんぐの力になりたくて来たんだから!!
「お願い……します。どうか……力を貸して下さい!」
「なっ!?」
私は床に額を付けて、土下座をした。
正直言って、私はモフモフ日和の事は今でも好きだし、マスターの事も慕っている。そんなマスターに土下座をする事に、そこまで抵抗はなかった。
モフモフ日和のみんなは私にとても良くしてくれた。私が真剣にお願いをすれば、ちゃんと聞いてくれるはずなんだ!! 絶対にわかってくれるはずなんだ!!
「ど、土下座したって無駄モフ! もう瑞穂たんはメンバーじゃないモフ。義理はないモフ!」
義理はない……? ケモミミは仲間の証じゃなかったの……? 動物好きに悪い人はいないんじゃなかったの?
……私はもう、助ける価値もない他人なの……?
「そ、そもそも、瑞穂たんが抜けた日だって大変だったモフ。メンバーに加えたい人がいるって言うから空きを一つ作って待ってたのに、連れてくるどころか瑞穂たんもクランを抜けるし……」
それはもう謝ったよね? これ以上私にどうしろって言うの?
「こ、こっちは散々可愛がってあげたのに、裏切られた気分モフよ! 装備を加工してプレゼントした事もあったモフ。レベル上げに付き合った事もあったモフ。あの分全部どうしてくれるモフ? 返してほしいくらいモフよ!」
……何を言ってるの? それってお互いに求めた結果でしょ? 私だって嬉しかったから頑張ってアイドルをやってたんだよ? ただ与えられているだけのつもりもなかったよ!?
――なのに……なんて恩着せがましい!!
「もう帰ってモフ! キミみたいな恩知らずなんて知らないモフ! このお願いだって、うちのクランを罠にはめる算段かもしれないモフ!」
……プツン、と、私の中で糸が切れた。
感情の糸。緊張の糸。そして何より、このクランのみんなを仲間だと思っていた繋がりの糸。
「あっそ。ならもういいや……」
私は立ち上がって、頭に付けていた猫耳カチューシャを外して床に叩きつけた!
「やっぱり、び~すとふぁんぐに移って正解だったんだ……」
「み、瑞穂たん、泣いて……」
なんだか頬がスースーする。けどそんな事もどうでもいい。
「恩知らず? 返してほしい? なら全部返せばいいんでしょ!!」
【瑞穂がモフモフ師匠にプレゼントを贈った】
【瑞穂がモフモフ師匠にプレゼントを贈った】
【瑞穂がモフモフ師匠にプレゼントを贈った】
【瑞穂がモフモフ師匠にプレゼントを贈った】
【瑞穂がモフモフ師匠にプレゼントを贈った】
【瑞穂がモフモフ師匠にプレゼントを贈った】
返す! このクランから貰った物、全てを返す!
装備も、アイテムも、猫耳カチューシャも全部!!
「あ、あの……瑞穂たん……」
「これでいいんでしょ!? どうせ私はもう仲間じゃない!! クランから抜けたらもう繋がりなんてないんでしょ!? もう私達は、赤の他人なんだ!!」
さらにフレンドリストを開いて、モフモフ日和のメンバーを消去する!
消去、消去、残していても意味がない! ただ辛いだけ!!
消去消去消去消去消去消去消去消去消去消去!!
「私だけ仲間だと思っててバカみたい!! こんなんだったら、もっと早くやめてればよかった!!」
「ちょ……待……」
マスターの言葉を待つはずもなく、私は扉を開けて出ようとする。すると……
――ドサドサドサ……
開けた瞬間に多くのメンバーが転がり込んできた。どうやら扉の向こうで聞き耳を立てていたらしい。
何これ……。みんなして私の事をバカにして!
私は転がる元メンバーを踏みつけようと足を上げる。……けど、その瞬間にまた胸が痛みだして……。結局踏むことが出来なかった。
だから隙間の空いてる床を蹴って、一気に廊下へと飛び出した。
走って、走って、外へ飛び出してからも走り続けて、気が付けば私はび~すとふぁんぐの拠点の近くで息を切らしていた。
ゲームの中では息苦しさなんて感じない。けれど、なぜか胸はすごく苦しかった……
「あれ? 瑞穂ちゃん?」
突然声を掛けられて振り向くと、そこには沙南とルリがキョトンとした表情で私を見ていた。
「今日の用事って終わったの?」
「え……? う、うん、まぁね……」
「そうなんだ。ねぇ聞いてよ。地下9階ってさ、巨人ばっかりの階層だったんだね。驚いちゃった!」
……どうしよう。話をする気分じゃないのに……
「沙南にソニックムーブの練習をさせられて、死ぬかと思った」
「え~、ちゃんとサポートしたよぉ」
私が俯いていると、二人はふとしゃべるのをやめた。
「……あれ? 瑞穂ちゃん元気ない? いつもの魔法少女の装備もないし、どうかした?」
「べ、別に、アンタ達には関係ない!」
そう強がってみせた。すると、すぐに沙南は私の手を握ってきた。
「関係なくないよぉ。だって友達だもん!」
ドクン! と、胸が高鳴る。
ジワッと、目頭が熱くなる。
「私達でよかったら相談して。力になるよ? ねぇルリちゃん」
「ん。誰かにイジメられたら、一緒に仕返しする。倍返し」
ああ、あったかい。
こんな私を友達だと言ってくれる、このクランのために何かしたかった。
私は沙南やナーユほど強くない。
シルヴィアみたいに交渉もうまくない。
小狐丸みたいにレベルも高くない。
小烏丸や蜥蜴丸みたいに情報収集なんてできない。
ルリみたいに課金もできない……
だからせめて、人脈を頼りに協力者を増やそうとしたけれど、それすらもうまくいかなかった……
「ごめんなさい……」
涙が零れた。
こんなにも優しくしてくれる事が嬉しくて。
そんなこいつらの為に、何もできない自分が悔しくて……
「なんの役にも立てなくて……ごめんなさい……」
すると、沙南が私の体を優しく抱きしめてきた。
その感触がまた心に染みて、余計に甘えたくなってくる。
「瑞穂ちゃんは役立たずなんかじゃないよ。私達のためにいつも頑張ってくれてるもん。ありがとう」
なんでお礼を言われるのか分からなかった。
だけど、そんな言葉がまた私の胸の奥底に響いて……
「うぅ……うわあああああああぁぁ……」
堪える事なんてできず、私は訳も分からずに泣き叫んだ……
「私……イベント頑張るから……絶対に役立ってみせるから……」
沙南は泣き叫ぶ私の体をギュッと強く抱きしめて、ルリは必死に頭を撫でてくれて……
もう沈もうとする夕日の中、私はそんな二人にすがる様に泣き続けてしまうのだった……




