「私があなたをメンバーから除外したのよ」
* * *
「シルヴィア! ああ、久しぶりね。会いたかったわ!」
目の前の女性は私の手を握って、嬉しそうに微笑んでくれました。
「私もです。久しぶりですね、くぅさん」
「さ、遠慮せずに入って! 私の部屋に案内するわね!」
喜びを抑えきれないといった様子で、くぅさんは私の手を引っ張って拠点の中へと入っていきます。
――ここは、前回のイベントランキング二位、『フラムベルク』の拠点。そして彼女は、ここのクランマスター。くぅさんです。
そう、私はここに、び~すとふぁんぐと共闘をしてほしいという話し合いに来たのです。
「ここが私の部屋よ」
そう言って通された部屋は、とても片付いた部屋でした。
……いや、片付いたというよりも、小物なんかは一切置いてなく、必要な家具しかないといった部屋でした。
まぁ、ゲームの中の部屋なので、別に必要な物なんてないからいいんですけどね。
「さぁ座って座って!」
クラン名に寄せているためか、全体的に『赤』を意識したような色どり部屋ですね。その中心にあるソファーに座ると、彼女もまた対面に座りました。
「こうして会いに来てくれるなんて、本当に嬉しいわ」
ニコニコと笑顔を絶やさない彼女は超絶に美人さんです。背が高くて透き通るような淡いクリーム色のロングヘアーをなびかせる姿は女神のよう。
そしてそんな彼女のレベルは1070。クラスは狩人。長距離からの連続攻撃が可能な彼女の弓に狙われた者は、近付く事さえできずにHPを削り取られると言われています。
「あら? シルヴィアったら、また別のクランに移ったの?」
くぅさんは私の簡易画面を見ながらそう言いました。
「はい。今はこのクランで落ち着いています」
そう、私は以前から色々なクランを渡り歩いています。このフラムベルクにも参加していた時期がありました。
大体の理由は装備品の加工や、アイテムの作成で呼ばれる事ですね。私はDEX全振りなので、レア素材を使った加工の成功率が飛び抜けて高いんです。
以前、くぅさんに呼ばれてレア装備の加工を引き受けた事がありました。それを成功させてから、くぅさんには気に入られて、こうして親しくさせてもらっています。
「も~、ウロウロしてないで私のクランに入ってくれればいいのに~!」
「あ、あはは……。私は自分の目で色んなクランを見てみたいので……」
そう言って誤魔化しておきます。
と言うのも、実は私はくぅさんの事が苦手だったりすんですよね……
「ふぅん。それで、私に話ってなに?」
「あ、はい、実はですね――」
そう本題を切り出そうとした時です。バンッと部屋の扉が開かれて、一人の男性が転がり込んできました。
「マスター! 今ログインしたら、俺がここのクランから外れて無所属になってるんだけど」
「ええ。私があなたをメンバーから除外したのよ」
あっさりとそう言われて、その男性は呆然としています。
「え……? な、なんでだよ!? 毎日ログインしてるし、前回のイベントにも参加した。なんで追放されたのかマジでわかんないんだけど!?」
すると、くぅさんは呆れたような表情でその男性を見つめました。
「本気でわからないの? あなたの『期待値』が設定された値を下回ったからよ?」
期待値? 設定?
なんなんでしょうか?
「レベルやこのゲームを始めてからの経過日数などで、あなたの期待値を割り出す話はこのクランに入った時にしたわよね? それが今日の計算で下回った。だから追放になったのよ」
「そ、そんな……」
「具体的に言うと、あなたはクランチャットの参加率が極端に低いのよ。みんなが楽しくチャットで盛り上がっている時も、あなたは参加する事がほとんど無かった。それに毎日ログインしていると言っても、レベルやステータスに変動がほとんどみられない。ログボ勢をするなら、別に私のクランにいる必要はないでしょ?」
ログボ勢っていうのは、ログインボーナスだけを貰って、実質放置しているプレイヤーの事です。くぅさんは、そのログボ勢を具体的な数字で表して計算しているみたいですね……
「さ、わかったら早く出て行って。今はシルヴィアと大事な話をしているのだから」
そう言うとクランメンバーがすぐにやってきて、追放された男性を抑えて連れて行く。私はそんな様子をドン引きしながら見つめていた。
「うふふ。お騒がせしてごめんなさいね」
「い、いえ、なんだか大変そうですね……」
そう。私がくぅさんを苦手な理由はこれなんです。彼女は昔からきっちりしている。いや、きっちりしすぎていて細かすぎるんです……
なんですかチャットの参加率って。この人は一日一日、チャットに参加したメンバーを数えたりメモしたりしてるんですか!? ガチすぎて怖いんですけど!
私が前にここに入った時、そんな『期待値』なんて制度は無かったんですが、そのきっちりした性格には拍車がかかっているようですね。正直、すぐに抜けて正解でしたよ……
「それで、なんの話だったかしら?」
「え、えぇ、実は――」
私が言いかけたその時、今度は別の男性が笑顔で入ってきました。
「マスター、お部屋に飾る良いアイテムを手に入れました。これをプレゼントしますよ!」
「あら、ありがとう」
男性がアイテムを具現化させると、それは愛らしい猫が描かれている壁掛けでした。それを近くの壁に取り付けています。
「いやああああああああっ!!」
するとくぅさんが絶叫して、急いでその壁掛けを外して窓を開けます!
ビヨ~ン!!
自分の武器である弓を使って、壁掛けを矢のように吹っ飛ばしてしまいました。
「ああ~、僕のプレゼントが~!」
「ちょっと!? 私の部屋はシンメトリーになっているのよ!? 勝手に物を配置しないでちょうだい!! 今のであなたの期待値は大きく下がったわ。次に何かあったらクラン追放なんだからねっ!」
「ひぃ~!? すみませんでした~」
男性は逃げるように部屋を出て行きました。
シンメトリーっていうのは、左右対称の事でしたっけ?
私が改めて周りを見渡すと、確かに部屋全体が左右対称になっている事に気が付きました。
「全く、私の話をちゃんと聞いているのかしら……」
ブツブツと文句を言いながら、さっき吹っ飛ばしたアイテムを手元に具現化させて見つめています。
正直言って、私にはこの人のクランに入りたがるプレイヤーの気持ちは微塵も理解できません。けれど、実際に彼女はかなり人気があり、ここのクランに入りたがる人はかなり多いようです。
恐らく理由は彼女が現役女子大生だからでしょう。彼女はSNSをやっていて、リアルで女子大生なのは事実のようです。そして男性というのは、中身が女性だとお近づきになりたいと思う生き物のようです。
「シンメトリーにするには、こっちの壁にも壁掛けが必要だから……」
くぅさんは貰ったプレゼントをどう配置しようか迷っている様子です。
……うん。悪い人ではないんです。ちゃんと彼女の性格を把握して、それに合わせて行動できればとても良くしてくれるんです。
……まぁ私は疲れるからあまり関わりたくなんですけどね。
「って、壁掛けよりもシルヴィアの方が大事よね。それでなんの話だったかしら?」
そうして、やっと私の話を切り出す事ができるようになり、本題へと入るのでした。




