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「あなたが沙南のお父さんなんでしょ?」

「今日は私、家の用事を終わらせてからログインするから、夕方くらいになるよ。ルリちゃんもその頃にログインするでしょ?」


 お父さん探しを行い、見事にハズレだったその次の日、私は学校でルリちゃんとゲームのログインする時間について話していた。


「……ん。私はシルヴィア達が調べてる人の事が気になるから、先にログインしてる。沙南は用事が終わってからでいいよ」


 その言葉に私は驚いた。だってルリちゃんは、掲示板に晒されてから一人でログインするの怖がっていたから……


「ひ、一人で大丈夫なの? 怖くない?」

「……ん。クランのみんなが優しいからもう平気。誰かしらはログインしてるし」


 ふわあああ!? ルリちゃんが成長したよぉ! なんだか巣立っていく雛を見ているようで、嬉しくも寂しい気持ちが込み上げてくる。

 ……これはこれで凄く失礼なのかもしれないけど……

 そうして学校が終わり、家に着いた私はテキパキと掃除洗濯をこなす。これらを怠ってはゲームを買ってくれたお母さんとの約束を破る事になってしまうから。

 宿題も終わらせて、私はいよいよダンジョンクエストにログインをした!


「みんなこんばんはー!」


 私が拠点に入ると、全員がのんびりとくつろいでいた。

 うん。メンバーのログイン率が高くて私は嬉しい!


「沙南ちゃん、昨日のお父さんの事、調べてみたんです」


 シルヴィアちゃんが早速その話を持ち掛けてきた。


「どうだったの?」

「……はい。結果を言えば、名前を変えて地下ダンジョン攻略部隊に所属したプレイヤーは見つけました」

「本当に!? 凄いね!!」

「そのプレイヤーは『シンギ』という名前なんですが、残念な事に改名する前の名前を憶えている人は誰もいませんでした」


 シンギ? どこかで見たような……

 あっ! 前回のイベントでダメージを競い合ってた人だ! それで一億超えのダメージを出してたプレイヤー名が、確かシンギだったはず!


「そのシンギさんが、私のお父さんの可能性が高いって事だね」

「それなんですが、正直言ってよくわかりません。このシンギというプレイヤーは、別に過去に対してしがらみを持っている、なんて話は何もありませんでした。ただ単に、そのクランに所属する時に名前を変更したという事実しか出てきませんでした」


 そう……なんだ。結局有力な情報は無しってことなのかな……?

 けどその時、ルリちゃんが私の隣に並んで、そっと肩に手を置いてくれた。


「私は、そのシンギって人が沙南のお父さんだと思う」


 そして、そんな事を淡々と言った。


「へ?」

「そうなんです。この話を聞いてから、ルリっちが絶対にこの人だって言い張るんです。理由を聞いても教えてくれませんし……。それで、そのシンギって人に会って確かめるために、この後に会う約束までこぎつけたんですよ」

「ええ~!?」

「大丈夫。私が話をするから沙南は隣にいてくれるだけでいい」


 そう言って、ルリちゃんは外へ出た。

 昨日と同じように私は後をついて行き、さらのその後ろからはみんながコソコソとついて来る。けど正直、みんながいた方が心強いから嬉しかったりする。

 そしてルリちゃんが向かったのは大木がそびえ立つ場所で、そこには一人の男性が立っていた。


「で、俺を呼びだした理由はなんだ? 俺は今からダンジョンに行きたかったんだが」


 その人は不機嫌そうにそう言った。


「大丈夫。すぐに終わるから」


 相手の空気も読まずにルリちゃんは平然とそう言い放つ。

 ふん! と鼻を鳴らすその男の人の簡易ステータスを開いてみると、間違いなくシンギさんだ。

 そのレベルは1045。彼は背の高く、装備でガッチリと身を包んでいた。

 目元がすさんでいるせいで老けて見えるけど、それは逆に言えば貫禄がある。


「ひゅ~! こんな幼い子に呼び出されるなんて、シンギさんも隅に置けないッスねぇ」

「シンギさんマジパネェッス!」

「うっせぇぞお前ら!」


 大木の陰から二人の男性が出てきた。どうやら私と同じようで、仲間が付いて来ているらしい。

 茶化しているようだけど、凄く慕っているようにも見えた。


「あなたが沙南のお父さんなんでしょ?」


 突然ルリちゃんがそう聞いた。

 本当に真っすぐに、ストレートな問いにシンギさんは私を見つめる。


「お父さん? 俺がその子の? 何を言っているのかさっぱりなんだが」

「じゃあ沙南に見覚えはないの?」

「ないね! そんな子は見た事もねぇ!」


 ルリちゃんが何かを聞く度に、シンギさんの機嫌は悪くなっていく気がした。


「あなたは昔、プレイヤー名を変更したって聞いた。なんで変えたの? 前はどんな名前を使ってたの?」

「そんな事はもう忘れたよ! 名前を変えたのだって、ただの気まぐれだ! なぁもういいだろ? 俺は早くダンジョンに潜りたいんだよ!」


 そう言って、シンギさんは勝手に立ち去ろうとした。


「イグニス。それが沙南のお父さんがゲームでよく使う名前だった」


 そう言われて、シンギさんはその足を止める。


「車の名前で『IGNIS』を英語にして、それを逆から読むと『シンギ』になる」

「……」

「あなたが名前を変更したのが大体一年前。沙南のお父さんが家族を捨てたのも一年前だった」

「……」


 ルリちゃん前に英語は少し分かるって言ってたけど、それに気づくなんてすごい!

 本当にこの人が、私のお父さん……?


「はは、そんなのただの偶然だろ。たまたまだっつーの……」

「そう……。なら、沙南の目を見てハッキリと違うって言って! そうしたら諦めるから」


 ルリちゃんに言われて、シンギさんがゆっくりと私に目を向けた。


「沙南はずっとお父さんを探してた。リアルアバターまで使って探そうとした」


 シンギさんの表情が曇る。眉を潜めて、その目も細くなる。


「名前もそのまま使って、キャラの育成が偏ったのだってお父さんの事しか考えていなかったから!」


 何かを堪えるように、歯を食いしばっては嗚咽を漏らす。


「ゲームが大好きなくせに、楽しむよりも探す事を優先しようとしてた。何かあると、お父さんに教えてもらったって誇らしげに言ってた!!」


 私が一歩近寄ると、震える足で一歩後ずさる。


「そんな沙南の目を見て、違うって言えるのなら言ってみて!!」


 ルリちゃんが私の味方をしてくれる事が嬉しかった。私のために必死になって訴えてくれる事が幸せだった。だから……私は合わせるように名前を呼ぶ。


「お父さん……なの?」

「っ!?」


 ユラリと揺らめいて、ついにシンギさんは私から目を背けた。


「はぁ~~~~~~……」


 そして、吸った息を全て吐き出すほどの、そんな大きなため息を吐いた。


「わかった、白状するよ。そう、俺がイグニスだよ……」


 イライラした感じは消えて、観念したような、そんな優しい口調でそう言ってくれた。


「お……お父さ~~ん!!」


 私は堪えきれずにお父さんの腰にタックルをかました。


「ぐほぉ……」

「お父さん!? お父さんお父さんお父さん!!」

「だ~! 引っ付くんじゃねぇよ! っていうか、ここでお父さんとか言うな!! 俺のキャラが壊れるだろうが!!」

「うわ~……マジでシンギさんって子持ちだったんスねぇ」


 お父さんが何かを喚いて、周りのお仲間さんも驚いていて。けどそんな事は気にもしないで、私は顔を上げて――


「お父さん、私と対戦しよ!!」


 ――そう、お願いするのだった。

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