「沙南ちゃんにはレベル差なんて関係ありません」
「次鋒は小烏丸だ。絶対に油断するなよ」
そう言って、私は歩き出した。
「おい小狐丸、どこに行く?」
「シルヴィア殿と話しをしてくる」
小烏丸にそう言い残して、私はシルヴィア殿の元へと歩み寄った。
「あら子狐ちゃん。ここはび~すとふぁんぐの陣営ですよ?」
「固い事を言うな。別に対戦相手と会話をしてはいけないなんてルールはないであろう。それよりもなんだあのマスターは! デタラメではないか!」
今、沙南殿と小烏丸が対峙して、戦いが始まろうとしていた。
「沙南ちゃん頑張って下さ~い!」
シルヴィア殿が応援している。情報にあった通り、沙南殿にご執心なのは確かなようだ。
「シルヴィア殿は、沙南殿一人で私達を全員倒すおつもりか?」
「はい。十分可能だと思っています」
あっさりと、そう言われてしまった。
「くっ!? 沙南殿と私とはレベルがかけ離れているのだぞ!? 私を見くびるおつもりか!?」
「いえいえ、子狐ちゃんは強いですよ。それは事実です。けど、沙南ちゃんにはレベル差なんて関係ありません。相手のレベルが900だろうが1000を超えていようが、そんなのはあってないようなものなんです。沙南ちゃんに勝つために必要なのはテクニックですから」
「テ、テクニック?」
思わず私は聞き返す。
「そうです。沙南ちゃんはありとあらゆるゲームに精通しているらしく、そう言った意味でとんでもないほどの技術を持っています。沙南ちゃんにダメージを与えるためには、さらにその上のを行くか、もしくはそれなりの戦術を用意するかのどちらかなんですよ」
シルヴィア殿はニコニコと嬉しそうにそう教えてくれた。
「っと、私とした事が、沙南ちゃんを自慢したいがためにヒントを出し過ぎてしまいました。もうこれ以上は教えませんからね~」
「面白い、ならば見せてもらおうか」
そうして小烏丸と沙南殿の試合が始まった。
その瞬間に、小烏丸がとてつもないスピードで動き回る。その速さは目にも止まらないほどだ。
「沙南殿がどんな技術をもっていようが、小烏丸のスピードを捉えるのは困難だと思うが? 見た所、お互いのスピード差は上限に達している。この状況では簡単に捕まえる事はできん」
しかし、シルヴィア殿はクスクスと笑っていた。
「な、何がおかしい!?」
「よく考えて下さい。うちのクランにはスピード特化最強クラスのナユっちがいるんですよ? 沙南ちゃんをスピードで翻弄したいのなら、ナユっち以上のキャラを連れてくることです」
まさか……いやしかし。このスピード差を覆せるものなのか!?
私が息を呑んだその時だった。
【沙南がスキルを使用した。ソニックムーブ】
沙南殿の姿がフッと消えたかと思うと、高速で動き回る小烏丸の背後で拳を構えていた。
そして背後を取られた事にすら気付いていない小烏丸に、強力な一撃を放つ!
――ズガアアアアアアアアン!!
小烏丸を地面に叩きつけた沙南殿は、ズサァと地面を踏みしめブレーキをかける。そんな彼女を、私は口を開けっぱなしで見つめていた。
「きゃー沙南ちゃんカッコいい!!」
シルヴィア殿が飛び跳ねて喜んでいるが、私には今の光景が信じられなかった。
ソニックムーブはたった一秒使用しただけでHPを消耗する、使い勝手の悪い高速移動スキルだ。しかし性能や原理を考えれば、まぁ今のような動きも可能だろう。けど……口で語るほど簡単か!? あれほどのスピードに差がある相手に対して、あんな綺麗に背後を取れるものなのか!? どれだけの修練を積めば今のような動きが出来るようになる!?
「……シルヴィア殿、一体彼女はこのゲームをどれだけやり込んでいるのだ……?」
「えっとですね、今日、七日目のログインボーナスでガチャチケットを貰ったって喜んでましたよ? それで、状態異常打撲付与が出たって――」
「――七日!? まだ七日しかプレイしていなくてこれなのか!?」
「だから言ってるじゃないですか。沙南ちゃんはゲーム上手なんですよ」
いやいやいや! もはや上手ってレベルではないぞ!? みんな涼しい顔して歓声をあげているけど、これはもう神童と呼ばれるレベルだから!
「じゃあ次の試合は……ミズっちですね。準備はいいですか?」
シルヴィア殿に呼ばれて魔術師風の少女が出てきた。その動きはギクシャクしてぎごちない。
まぁ無理もないだろう。あんな高速移動を見せられたら誰だって怖気づく。
「あ、あわ、あわわわ……」
かなり動揺している。本人も分かっている事だろうが、これでは万に一つも勝ち目はない。
彼女のクラスは魔術師か。魔術師はいかに詠唱を邪魔されずに魔法を発動できるかにかかっている訳だが、沙南殿のソニックムーブの動きの前では、『魔力暴風』も、『高速詠唱』もほとんど意味がない。
沙南殿に勝つにはシルヴィア殿が言った通り、一瞬で背後に回り込むあの動きについていけるだけのテクニックを身に付けるしかないんだ。
「それじゃあ、いっくよ~!」
沙南殿がファイティングポーズを取る。
「わ~っ!? ちょちょちょ、ちょっと待った~!!」
あの魔術師が必死にストップをかけていた。
「なぁに?」
「ただ戦ってもつまらないわ。ここは……そう! 特殊なゲームで勝負しない?」
「ゲーム? どんな?」
「アンタはジャストガードが得意みたいね。なら私に三つだけ魔法を使わせてくれない? その三つの魔法をジャストガードできたらアンタの勝ち。できなかったら私の勝ちよ」
……いや無理だろう。沙南殿にはそんな条件を飲むメリットが何もない。
どう考えたって苦しい……
「わぁ~面白そうだね。うん、そのルールでいいよ」
ええぇぇ~~!? いいんかーい!!
「ふ、ふふふ、はーっはっはっは! アンタの快進撃もここまでよ! ここから私が全員抜いてあげる!」
そして自分が有利になった瞬間に強気になる魔術師の少女。
逆に恥ずかしいわ……
「それじゃあ行くわよ! 最初の魔法は……これ!」
【瑞穂が魔法を使用した。オメガスパーク】
沙南殿の真上からパリッと弾ける音が鳴り、電光石火の落雷が飛来する。
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
上を見上げる事も無く、あっさりと手甲でジャストガードを成功させていた。
「その魔法はね、上から音が鳴ってから一秒後に降ってくるんだ。それを知っていれば防ぐのは簡単だよ」
一般的に考えてそれが簡単なのかは甚だ疑問なのだけど、まぁこれまでの戦闘を見ていると当然のようにも思えてくる。
「なっ!? なかなかやるじゃない……。ならこれはどう!?」
【瑞穂が魔法を使用した。ブレイズウォール】
そのログが流れた瞬間に、沙南殿はすぐ自分の手甲を地面に押し当てた。
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
「その魔法はプレイヤーの足元から炎が吹き上げる魔法だよね。炎が見えた瞬間にガードをすると成功するんだ」
いや、普通はガードしようって発想にはならないんだけど……
この子は本当に規格外というか、簡単に常識を超えてくる。
「ぐ、ぐぬぬ……。け、けど次で終わりよ! 私のとっておきを見せてあげる! さぁ散りなさい!!」
【瑞穂が魔法を使用した。ホワイトフレア】
発動した瞬間だった。沙南殿自身から真っ白な爆発が巻き起こる。
ホワイトフレア。それは回避する事ができない必中魔法。イベント上位の景品でしか習得する事が出来ない激レアな魔法だ。
いくらなんでもこれは防ぎようがない。
この時、私は沙南殿の敗北を確信していた。




