「ぜ、全滅させる気だ……」
「勝負で決めるというのは、具体的にどうするのですか?」
私はシルヴィア殿に問いかけた。
「私達び~すとふぁんぐは四人。刀剣愛好家も、飛び入り参加のミズっちを含めれば四人。この四対四のチーム戦で、相手を全滅させた方が勝ちというのはどうでしょう。どうやら話し合いだけでクランの移動は決まりそうにないので」
ふむ、なるほど。それならば相手の実力も計れて都合が良いかもしれない。
「ちょっと待って、刀剣愛好家の勝敗で私はどうなるの?」
瑞穂という少女がそう聞いた。
「そっちが勝ったらルリっちをモフモフに連れて行っていいですよ。その代わりこっちが勝ったらあなたがび~すとふぁんぐに入隊してください」
「えぇ~!? いきなりそんな事言われても!?」
「勝てばいいんですよ。それとも自信がないんですか? やめますか?」
「なっ!? やるわよ!! 私一人で全滅させてやるんだから!」
う、うまい。瑞穂のプライドが高いと察して、うまく引っ張り込んだ!?
「それじゃあフィールドエリアに移動しましょう。ほら、今日の午前中にメンテナンスをして、実装されたエリアです」
そう言って、シルヴィア殿は先陣を切って歩き出す。私達もそれに続く事になった。
フィールドエリア。それは今日実装された、この街の外の事だ。
昨日のイベントのように、街の外に広大なフィールドが作られて、このフィールドにならどこにでも家を建設する事が出来る。そうやって、クランの拠点にしたりできるのだ。
正直言って、あの街だけでは大量のプレイヤーがログインするとごちゃごちゃしていたので、別エリアの実装はやっと作られたか。といった気持ちだった。
普段はダンジョンに潜って時間の感覚があまりないのだが、フィールドエリアではリアルの時間に合わせて景色が変化するようだ。今は空が夕焼けとなっていて、中々に風情がある。
そしてこのフィールドエリアならば、自由にプレイヤーバトルで対戦をする事も出来る。私達は適当な場所で四対四に分かれて対峙をした。
「それじゃあもうすぐ日も落ちてしまいますし、さっさと始めましょう。順番は……レベルの低い順に勝ち抜き戦でいいでしょう」
「わかった。ならこっちの先鋒は蜥蜴丸だな」
蜥蜴丸以外のメンバーは私を含めて後退をした。
さて、向こうの先鋒は……
振り返ると、蜥蜴丸と向かい合っていたのは沙南殿だった。
そうか! び~すとふぁんぐでレベルが一番低いのはマスターである沙南殿だ。だから沙南殿が先鋒になる訳か。
「蜥蜴丸。お前なら二人は抜ける。最初から全力でいけ!」
「承知!」
私の言葉に蜥蜴丸が頷いてくれた。
それにしてもシルヴィア殿には失望した。いくら沙南殿が戦力的に最弱だからとはいえ、曲がりなりにもクランマスターだぞ。そのマスターを捨て駒に使うとは……
うちのクランならば、マスターをそんな風に扱ったりは絶対にしない! 最後の最後まで守り通すのがメンバーの務めであろう。マスターに対する忠義がなっていない証拠だ。
だがこれでび~すとふぁんぐの内情が見えてきた。これは本格的に、沙南殿はお飾りマスターだという可能性が濃厚になってきた訳だ。
実質このクランの実権はシルヴィア殿かナーユ殿が握っていて、沙南殿はただの傀儡なのかもしれない。
そして、シルヴィア殿がこのような形式での戦闘を提案してきたという事は、我々に勝つ自信があるという事だ。
恐らく大将に据えたナーユ殿に絶対的な信頼を置いている。この勝負は、私とナーユ殿の一戦にかかっていると言っても過言ではない。だからこそ、蜥蜴丸には頑張って二人は抜いてもらいたい訳だが……
【プレイヤーバトル、勝ち抜き戦が開始された】
ほう。プレイヤーバトルにこんな形式も実装されたのか。という事は恐らく、HPや状態異常なんかもそのまま次のバトルへ移行するのかもしれないな。
私は色々と考えながら二人のバトルを見守った。
「沙南殿よ。お主は『蜥蜴丸』という刀をご存知か?」
「え? ううん。知らないよ。蜥蜴さんの名前は、その刀から付けたの?」
「左様。蜥蜴丸という刀は、その刀身を見た者は不幸になると言われる妖刀だ。だから拙者は、自身に宿る呪いを周囲に振りまかぬよう、我が分身でもあるこの刀に封印を施した」
そう言って、蜥蜴丸は鞘に納めたままの刀を沙南殿に見せた。
沙南殿は興味津々でその刀を見つめているが、ハッキリ言ってそれは蜥蜴丸の設定だ。
『蜥蜴丸』という刀は民話に出てくるもので実在はしないし、彼が持っている刀は装備ガチャで出てくる一品だ。
蜥蜴丸もまた、このゲームを大いに楽しんでいる一人といっていい。
「我が封印されし刀、とくと味わうがいい!」
そうして蜥蜴丸が沙南殿に迫る。間合いに入った蜥蜴丸が、その刀を鞘から抜いた!
「わわっ!?」
真横に振り切った一撃を、沙南殿がしゃがみ込んで回避した。
「刀が……見えない!?」
そう。蜥蜴丸の刀は刀身が見えない。透明の刀なのだ。
「刀身を見ると呪いが降りかかる我が分身。しかしこうして封印すれば、今度は刀身が見えずに間合いをはかる事ができなくなる!」
と、いう設定である。
しかし実際、刀身が見えない武器というのは厄介なものだ。特に沙南殿は武闘家でリーチが短いために、うまく相手の懐に入り込む必要がある。蜥蜴丸のあの刀では、それが難しくなるわけだ。
「驚くのはまだ早いぞ。我がクランのため、全力で戦えと言われている。さぁ、この技で散るがよい!」
【蜥蜴丸が特技を使用した。飛燕斬】
刀を振り下ろした瞬間に突風が巻き起こる。そして周囲の草を散らしながら沙南殿に迫る。
飛燕斬は侍が使用できる遠距離攻撃。しかもあの刀で繰り出す剣圧は見る事ができない。現に今、沙南殿も避けようともせずに突っ立ったままだ。恐らく、自分が攻撃されている事さえ気づいていない。
終わったな……。
【沙南のアビリティが発動。ジャストガード】
……え?
「……は?」
蜥蜴丸も唖然としていた。
「ジャ、ジャストガードだと!? 拙者の攻撃は見る事が出来ぬはず!?」
「え? 見えるよ?」
沙南殿がキョトンとした表情のままそう言った。
「見えるだと!? う、嘘をつくな!」
「嘘じゃないよ。こう、モヤモヤって陽炎みたいなのは見えるよ?」
まさか空気が歪んだように見える、陽炎のようなモヤだけで攻撃を見切ったというのか!?
そんなのは、動物的な勘がないと不可能だ!!
「くっ!? なんと底のしれない相手か。ならばこれでどうだ!」
【蜥蜴丸が特技を使用した。刀舞】
これは舞いを踊るような動きで連続攻撃をしかける特技だ。しかもあの刀はかなり長く、透明で間合いが計れない。だから気が付いた時にはすでに切り刻まれている事が多い。
いくらなんでもこれは防ぎようがない。
【沙南のアビリティが発動。ブロッキング】
……え?
「……は?」
刀を振るいながら舞っていたはずの蜥蜴丸がいつの間にか仰け反り、それに向かって拳を構える沙南殿がいた。
【沙南がスキルを使用した。力溜め】
【沙南がスキルを使用した。ベルセルク】
【沙南がスキルを使用した。クリティカルチャージ】
【沙南が特技を使用した。咆哮牙】
そして、容赦なくその一撃を蜥蜴丸の腹に叩きこんだ!
【沙南のアビリティが発動。先手必勝】
【沙南のアビリティが発動。カウンター+1】
【沙南のアビリティが発動。HPMaxチャージ】
【沙南のアビリティが発動。状態異常打撲付与】
【沙南のアビリティが発動。アビリティブースト】
【沙南のアビリティが発動。無効貫通】
【蜥蜴丸に879万5402のダメージ】
ボーンと吹き飛ばされて地面を転がり、やがて止まる。
【蜥蜴丸を倒した】
ちょ、ちょっと待てえええぇぇ!?
なんなんだこのダメージは!? 侍は防御アビリティが少ないとはいえ、沙南殿は大技すら使っていないのだぞ!? レベル85で出せるダメージではない!!
いや、そんな事よりも……
「沙南殿には刀身が見えているのか!?」
私は思わずそんな事を質問していた。
「え? うん。実はね、こんな風に刀身が見えない武器って、他の3D格闘ゲームにもあるんだ」
なん……だと?
「そのゲームだとね、攻撃をする時に空気を擦ると、一瞬だけその刀身の残像が見えるんだよ。それがこのゲームでも同じ仕様だったんだ」
いや、それにしたって……たったあれだけの攻撃であっさりと見切れるものなのか!?
そもそもこの子はレベルが一番低くて、シルヴィア殿に捨て駒に使われていたはずでは……
い、いや、捨て駒にされたというのは、私が勝手にそう思っただけで――
頭が混乱してしまいそうなまま、不意にシルヴィア殿に目を向けた私はゾクリと寒気を覚えた。
「ぜ、全滅させる気だ……」
私は思わず、そんな事を口に出していた。
「え? なんだって? どうした小狐丸」
小烏丸が隣で首を傾げている。
私は見た。シルヴィア殿はまるで計算通りと言うような、そんなほくそ笑んだ表情をしていた……。
そうか。あの人は最初から、沙南殿を捨て駒だなんて思っていなかったんだ。
「沙南殿一人で、私達四人を全滅させる気だ……」
この時、私の額からは一筋の汗が流れ落ちるのだった……




