「うちのクランに移る気はないだろうか」
「こ、これは大変失致しました!」
私はその子に向かって頭を下げる。しかし、内心ではかなり動揺していた。
え? 待って待って! この子がクランマスター!? ただの子供なのでは!? いやいや、アバターで決めつけるのは早いか。きっと中身は大人の方なのだろう……
「沙南ちゃん、口にケチャップが付いてますよ。あ、ごめんなさいね。沙南ちゃんって見た通り、リアルアバターを使ってる子供ですから」
えええええ!? 本当にただの子供だったー!? シルヴィア殿にお口拭いてもらって微笑ましいけど、私のイメージと全然違うー!!
私は呆気に取られて彼女を見つめる。
黒のロングヘアーに目元がぱっちりとしているところが可愛らしい。
装備は武闘家らしくチャイナ服を着ているが、子供のお遊戯という印象が強かった。
「え、えっと……沙南殿は今いくつなのか聞いてもよろしいでしょうか……?」
「ふえ? えっとね、八歳だよ」
私より二つも下!? 小烏丸の情報だと、シルヴィア殿はび~すとふぁんぐのマスターにかなり忠実だと聞いていたから、かなりカリスマ性のある人物だと思ってた。なのにこんな子供だったなんて!
しかもマスターなのにメンバーの中で一番レベルが低いってどういう事!?
「お、おい小烏丸、これはなんだ!? お前は知っていたのか!?」
私はこっそりと小烏丸に囁いてみた。
「い、いや、自分も……こんな人物だったとは……」
小烏丸もプルプルと小刻みに震えている。
うん。私と同じでかなり動揺しているな。すまん!
「それで、狐ちゃんはなんの用事だったの?」
沙南殿がそう聞いてきた。
って、き、狐ちゃん!? シルヴィア殿のように一戦交えた仲ならまだしも、初対面でなんて馴れ馴れしい! いや、子供なら仕方がない。大丈夫、まだギリギリで計算の内なのだから。
「はい。実はび~すとふぁんぐに相談があって参りました。うちの刀剣愛好家と、そちらのクランを一つにまとめてみてはどうかと思った次第です」
「ええ~!?」
みんなが驚いている。
当然の事だろう。ちゃんと説明しなくてはならない。
「うちの刀剣愛好家は、先日のイベントを最後にマスターである天羽々斬様がこのゲームを引退したのです。天羽々斬様はマスターとして、それは立派な方でした。そんなマスターがいなくなったことで、うちのクランは崩壊したのです。天羽々斬様と一緒に引退するメンバーもいましたし、他の強豪クランに移籍する人もいました。……結局残ったのはこの三人だけです」
私が合図を出すと、まずは小烏丸が前にでた。
「自分は小烏丸と言います。クラスは忍者。レベルは263。以後お見知りおきを」
ペコリとお辞儀をする小烏丸。
彼は陰陽師が着ているような着物に、少し短めの烏帽子被っている青年だ。背中には小さなカラスのような黒い羽が生えているが、それはあくまでもアバターなので実際に飛べるわけではない。
「拙者の名は蜥蜴丸。クラスは侍。レベルは239。よろしくお願い仕り候」
続いて蜥蜴丸がお辞儀をした。
彼はいかにも武士と言った着物に刀を携えているが、顔の目から下は布で巻かれて、片目を眼帯で覆っていた。
眼帯はアバターの見た目を変えるアイテムなので、実際に片目が見えなくなるわけでは無かったりする。
「私は小狐丸。クラスは侍。レベルは916です。今の刀剣愛好家のマスターは私となっておりますが、正直私は人の上に立つ器ではございません。なので、イベントの時に互角の勝負をしたび~すとふぁんぐと統合すれば、人数的にも戦力的にも丁度良くなるのではと思った次第です」
と、最初はそう思っていた。……このマスターを見るまでは。
「そうなんだね。……ねぇ、狐ちゃんは、私達のクランに移ってもいいって思ってるの?」
沙南殿がそう聞いてきた。
「そ、それは……」
初めはそのつもりだった。しかし、今の気持ちはかなり複雑だ。
私はび~すとふぁんぐに移るのだとしたら、マスターに忠誠を誓わなくてはならない。後ろの二人もそう思っている。
だからシルヴィア殿がご執心なマスターだと聞いて、かなり仕えがえのある人物だと期待していたのだ。それが実際に会ってみれば、こんなチンチクリンなマスターとは……。
しかもこのレベルの高い盗賊、どこかで見た顔だと思えばゲームマスターではないか! さらに沙南殿の隣に座っている少女はよく見ると課金装備を一式揃えている。シルヴィア殿が、メンバーの中にかなり課金している者がいると言っていたが、それがこの少女でまず間違いない。
そしてシルヴィア殿は、私から一本取るほどの強者。この面子を見れば、イベントで上位に食い込むのも納得がいく。
……しかし、このマスターはどうだろう。見たところ、装備はこの街で買える安物で、レベルも一番低い。
どういう手を使ったのかは知らないが、優秀な人材を集めては仕事をさせ、自分はただ見ているだけではないのだろうか?
マスターという立場を利用し、なんの努力もせず周りから甘やかされて、チヤホヤされてのうのうと胡坐をかいている。そんな人物を主とするくらいなら、まだ私がマスターを務めた方が良いのではないか?
「その……沙南殿はどうだろう? うちのクランに移る気はないでしょうか?」
「う~ん……せっかくだけど、それは無理かなぁ。せっかく作ったクランだし」
ワガママか!? 自分がマスターをやりたいからワガママを言うか!?
なんて身勝手なのだ。こんなクランに移ってしまったら、私達なんて馬車馬のようにこき使われて用が済んだら簡単に捨てられてしまう!
きっとそうだ! そうに違いない!!
…………いや、きっと天羽々斬様が特別だったのだ。クランメンバー全員に優しくて、誰よりもメンバーの事を考えてくれていた。あんな素晴らしい主など、そうそういるものではないんだ。
私は侍だ。主を選ぶ資格などない。どんな主だろうと、この身を賭けてお守りするのが我が務め。それ以外の生き方なんて知らないのだから……。
「話は聞かせてもらったわ!」
私が自分に打ちひしがれていると、一人の幼い声が響いてきた。
「残念だけど、ルリだけは私が貰っていくから!」
その人物は、魔術師の格好をした、小さな女の子だった。
「あ、瑞穂」
「ルリちゃん知り合いなの?」
「ん……イベントの時に喧嘩して戦った。もう仲直りしたけど」
その瑞穂という女の子がずかずかと近寄ってきて、ルリ殿を指さした。
「ルリ、今日はアンタを『モフモフ日和』に招待しに来たわ!」
「……は?」
「喜びなさい! 入りたくても中々入れないモフモフ日和のメンバーに入れてあげるって言ってるのよ。どう、嬉しい?」
「いや全然。私は沙南のクランを離れるつもりはない」
「な、なんですって~!? 前回のイベント8位のモフモフ日和よ!? その一員である私が誘ってるのに、なんで来てくれないのよー!!」
な、なんだか二人の温度差が激しいなぁ。
というか、私の話が進まないのだが……。
「わ、私と遊んでくれるって言ったじゃない!!」
「言ったけど、そっちのクランに入るとは言ってない……」
「むきー! いいからアンタは私の所に来るのー!!」
「ちょ、瑞穂ちゃん落ち着いて。ルリちゃんを連れて行かないでよぉ」
「みんな静かにして下さい! アカウント凍結させますよ!」
ギャースギャースと騒がしくなってきた。
なんなんだこのクランは! そもそも私が最初に話をしていたのに、段々とややこしくなっていくではないか!
「はいは~い! 私に良い考えがありますよ~」
騒いでいたみんなを黙らせたのはシルヴィア殿だった。
流石はシルヴィア殿。して、良い考えとは?
「誰がどのクランに入るかは、勝負して決めちゃいましょう♪」
「「「「……え?」」」」
私を含めた四人の子供達の声は、見事にハモるのであった……




