「私は……チートなんて使ってない!!」
それからどれだけの攻防が続いただろうか。私のHPゲージはすでに20%まで減少していた。
やっぱりあのフェイントアタックという特技が厄介だよ。リキャストタイムが終わって繰り出されるあの特技だけはどうしたってソニックムーブを使用しないと回避できなかった。
さらに私がブロッキングを使おうとすれば例の詠唱キャンセルで絶対に当たらない。かと言って直接攻撃を仕掛けようものなら、そのスピード差で当てる事は絶対にできない。むしろ反撃されそうで怖い。
今の私は完全に攻め手を封じられて、いかにGMの攻撃を凌げるかという状況に追い込まれていた。
とにかく今は回復アイテムでHPを回復させよう。次にソニックムーブを使用したら強制的にゲージが0になっちゃう……
そう思って回復薬を手のひらにイメージして出現させる、するとGMの動きが止まり、小首を傾げていた。
私は構わずに回復薬を自分にふりかける。
『回復効果が無効にされました。ここの階層では不思議な力が作用して回復効果が無効化されます。クランメンバーを集めたり、パーティー登録をうまく使って有利に進めましょう! もちろんボス戦も回復が使えないから、気を付けないとあっさり全滅するので気を付けましょう!』
突然、そんな文章が私の目の前に現れた。
「わぁ~!? 前が見えない!!」
慌てて文章を消すと、GMが呆れた表情で待ってくれていた。
……ジト目をしながら。
「もしかして今まで回復を使っていなかったんですか? この階層は回復無効ですよ」
「あ、あはは。そうなんだ~……」
「まぁ、あなたのその性能を考えるとダメージを受けないのも納得ですけどね」
褒められているのか、呆れられているのか分からなかった……
とにかく、私は追い込まれたという事らしい。もうソニックムーブは使用できない。
こうなったら一か八か、こっちから攻撃を仕掛けるしかないかな。スピード差やこの人のスペックを考えると、命中させるのはかなり厳しい。けど、何もしないまま負けるよりはマシだ。
さっき覚えた大技なら、当たる可能性が無いわけでもない。
「はぁはぁ、最後まで諦めないよ!」
私は改めて構えを取る。
しかしその瞬間、目まいを覚えて足元がふらついた。
あ、あれ……? なんか足がもつれる。体が重い。目が霞んで息切れがする。ゲームの中なら疲れは感じないはずなのに、なんで?
あぁそうか、私のリアルの体が限界を向かえているんだ。ブロッキングやジャストガードは精密なタイミングが必要になる。この人との闘いは特に神経をすり減らす。まだVRに慣れていない事もあって、もう私の脳が疲れ果てているんだ。
それもでここまで粘ったんだから、負けたくない!
私は自分に鞭を打つような感覚で、神経を研ぎ澄ませて集中する。目まいが止まり視界がはっきりすると、GMは少しだけ申し訳なさそうな表情をしているように見えた。
「このままではラチがあきませんね……」
突然GMがそう言い始めた。
「どうでしょう。ここは最後の勝負として、お互いの全力をぶつけて雌雄を決しませんか? 私はあなたのチート疑惑を判定するのに、まだ攻撃面を見ていません」
「はぁ……はぁ……どうするの?」
「簡単な事です。私は『相殺』というアビリティを持っています。これはお互いの攻撃をぶつけた時に、威力の高い方が勝つという能力です。これを使ってお互いに全力の一撃で勝負をしませんか? 私は攻撃職ではありませんがレベルは高く、育成も均一です。逆にあなたはレベルが低い代わりに攻撃職で恐らくは攻撃特化でしょう。案外いい勝負になると思うんです」
それは私にとって助かる提案だよ。
……もしかして気を使ってくれた、のかな?
「私は構わないよっ!」
「そうですか。なら、これが本当に最後の一撃です!」
GMが後ろに跳んで、私から大きく距離を取る。両手の短剣を構えて腰を低く落とすと、私を見据えて前のめりとなった。
そしてその瞬間、戦闘ログが激しく動き出す……
【GMナーユがスキルを使用した。韋駄天+3】
【GMナーユがスキルを使用した。ベルセルク+2】
【GMナーユがスキルを使用した。速度変換】
【GMナーユがスキルを使用した。狙い撃ち+1】
【沙南がスキルを使用した。力溜め】
【沙南がスキルを使用した。ベルセルク】
【沙南がスキルを使用した。クリティカルチャージ】
私はアイテムから魔法薬を使ってMPを回復させる。大丈夫、無効なのはHP回復であって、MPが回復できる事は戦闘前に証明されている。
「では……いきます!」
GMが真っすぐに私に向かって走り出す。その勢いのまま、両手の短剣を左右に薙いだ!
【GMナーユが大技を使用した。絶技、紅斬華】
短剣が紅に染まり、残像を残して私に迫る。
その刃に向けて、私は両手で掌打を放つ!
【沙南が大技を使用した。絶技、獣神咆哮牙】
獣神咆哮牙:消費200。獣神の力が宿る渾身の一撃。攻撃力20倍。
私とGMの攻撃がぶつかると火花が散り、周囲に爆風が巻き起こる。
【沙南のアビリティが発動。相殺】
互いの渾身の一撃に、足を支える地面に亀裂が入った。それでもなお、押し込もうと地面を踏みしめる。
「なっ!? すでに絶技を!? しかもその技は……」
GMの意識が戦闘から僅かに逸れる。
私はこの機に、足が地面にめり込むほどの力でさらに前へと体を押し動かした!
――ビシッ!
ヒビが入る。
GMの短剣に、紅に染まる輝きに。
目を見開いて驚く彼女に脇目も振らず、私は全身全霊で牙を剥いた。
「私は……チートなんて使ってない!!」
――ガシャーン!!
ついにGMの技を打ち砕いた。
仰け反る彼女に一歩踏み込んで、そのまま懐に一撃を穿つ!
【沙南のアビリティが発動。先手必勝】
【沙南のアビリティが発動。カウンター+1】
「かはっ!?」
後方に吹き飛ばされながらも倒れる事は無く、GMはその両足でブレーキをかける。
ノックバックが止まると、その両手をダラリと下げ、肩で息をしていた。
【GMナーユのアビリティが発動。オートガード】
【GMナーユのアビリティが発動。威力逃し】
俯いていたその顔を上げ、その目で見られた瞬間に緊張が走る。
【GMナーユに10万1140のダメージ】
私とGMの技の威力が拮抗していたから、そこまでダメージが伸びなかったんだ……
私がレベル40でHP4020だから、この人のレベルだと10万ダメージで倒せるかどうかは際どいラインだと思う。
GMのHPゲージがダメージにより減少していくが、そのスピードは緩やかだ。今にも止まってゲージが残りそうな雰囲気に、気が気じゃない。
私は祈った。これで倒せなかったら、もう私に戦うだけの力は残されていないから……
ゲージが残り僅かになっても減少を続け、ついには完全に見えなくなる。
――パリン!
ゲージが割れるエフェクトが発生する。
HPを完全に削り切った事を意味していた。
【GMナーユを倒した】
【沙南は新たな称号を手に入れた。ゲームマスターを超えし者】
ゲームマスターを超えし者:プレイヤーバトルでゲームマスターを倒した者に贈られる。ステータスに500ポイントの振り分けができる。
「ふう、私の負けですね」
GMが少し離れた位置で一息ついてから、私に向かって深々と頭を下げた。
「沙南さん、今回はチートを疑って本当にすみませんでした」
律儀な人だと思った。
きっとこの人にとって、ここは本当に大切な場所で、大切な人が作った世界なんだ。だからこうも必死に護ろうとする。
「ううん。わかってくれたのならそれでいいよぉ」
「ありがとうございます。後日、改めてお詫び言いに参りますので、今日はこれで失礼します!」
再度頭を下げてから、GM……ナーユちゃんは一目散に走り去っていく。
そして気の抜けた私はヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。
「沙南! 大丈夫!?」
崩れ落ちた私を支えてくれるように、ルリちゃんが寄り添ってくれた。
「はぁ……はぁ……あの人、強すぎだよぉ……」
「うん。でもそんな相手に沙南は勝った。やっぱり沙南はすごい!」
「ごめんルリちゃん、私、ちょっと疲れちゃった……」
「一度街に戻ってログアウトしよ? 大丈夫、私が全力で沙南を連れて帰るから」
こうして私は、ルリちゃんの肩を借りながら街へと戻るのだった。
* * *
「あの子には悪い事をしちゃったな……」
地下四階をあのレベルでクリアするなんて、絶対にチートだと思っていた。けれど私の『ジャッジメント』はなんの反応も示さなかったし、十分すぎるほどの実力もあった。
私は高くそびえ立つ岩山の上で景色を眺める。へこんだ時に来るお気に入りの場所だ。
というかあの子、凄く疲れてふら付いてた。逃げるように立ち去ってしまったけど、私がちゃんと街まで送り届けるべきだったんじゃ……
「あ~私ゲームマスター失格だ~……」
頭を抱えてうずくまる。熱くなると先が見えなくなるのは私の悪い癖だった。
それにしてもあの子、忍さんと同じスキルと特技を使って、武闘家をかなり使いこなしていた。
「夕飯の時にみんなに教えてあげよ。きっと驚くわ」
【GMナーユがスキルを使用した。韋駄天+3】
【GMナーユがスキルを使用した。兎躍】
私は高いその場所から一気に飛び降りる。そうして高速で岩山を駆け抜けるのだった。
――彼女には彼女の物語があり、出会いがある。けれど、それはまた別のお話である。




