「……物欲センサー?」
「らっしゃい! 今日はどのガチャにしやすかい?」
ねじりハチマキのおじさんは今日もいい笑顔だ。……逆に私の表情は強張っていると思う。なぜならば、私はこれまでにハズレしか引いた事がないのだから……
「スキル、アビリティガチャで……」
「あいよ!」
私はガチャチケットをおじさんに渡そうとする。が、なかなか渡す手前で腕を引っ込めてしまう。
「……? 沙南、どうかした?」
「うぅ~……ダメだぁ。もう銀が出てくるイメージしか湧かない……」
「こんなの、サッと引いちゃえばいい」
「ルリちゃんには分からないんだよ! 今まで銀しか引けていない私の気持ちが!!」
「……大げさ……」
やっぱり踏ん切りがつかないよぉ。ここは一旦、間を開けよう。
「よし。最初にルリちゃん引いて。私はその間に覚悟を決めるから!」
「……沙南、意外とビビり……」
なんとでも言えばいいよ! こういうのは後手に回った方が勝ちフラグなんだからね!
「じゃあ、これ、チケット」
「はいよ! ガチャ一回ね!」
ガチャガチャ……
ルリちゃんがなんのためらいもなく、無表情のままハンドルを回す。この子、もしかして感情が無かったりする……!?
ポロン!
出てきた玉は虹色に輝いていた。
「す、凄い!! 虹色だよルリちゃ――」
ピッ!
【ルリは新たなスキルを習得した。デッドリーキャンセラー】
私と喜びを分かち合う前に、あっさりと虹玉を開放するルリちゃん。
……この子ホントに感情がないんじゃ……!?
「ダメだよルリちゃん! そんなロボットみたいにホイホイこなしちゃ!! 虹が出たら、『やったー!』って喜ばないと!!」
「……? でも結局、課金すればいくらでも引けるものだし……」
……何を言ってるの? もしかしてルリちゃんって課金できるほどお金持ちなのかな?
「……次は沙南の番」
「あ、うん……」
なんだか流されるまま、おじさんにガチャチケットを手渡した。
「あいよ! それじゃあ回してね!」
私はゴクリとツバを飲み込んんでハンドルを握る。
……あれ? ちょっと待って。さっき虹が出たって事は、次は銀が出るんじゃないかな? 虹って普通二連続で出ないよね? 私もしかして引くタイミング間違えた!?
「頑張って! 沙南なら激レア引けるよ!」
ルリちゃんがキラキラした表情で見つめてくる。
あれ? さっき無表情で引いてたのに、私のガチャは興味津々なの? ……まぁ、私もルリちゃんが虹引いた時は嬉しかったりしたけども。
「ねぇルリちゃん、私に何かどうでもいい話を振ってくれない?」
「……? 急にどうしたの?」
「お父さんが言ってたんだ。こういうのって物欲センサーが作動して、欲しいものが絶対引けないんだって。だから、私の気をガチャから逸らしてほしいの!」
「……物欲センサー? よくわからないけど、分かった。え~と、沙南は今日の晩御飯は何が食べたい?」
今日の晩御飯かぁ。何が食べたいっていうか、冷蔵庫の中にある野菜を使ってカレーを作ろうと思ってたんだよね~……
「今日はカレーを作るんだ。野菜カレーだよ!」
「……? 作る? 沙南が作るの?」
「そうだよ。うちは貧乏でお母さんが忙しいから、私が家の事をやってるんだ~」
「……!! 沙南すごい! かっこいい!!」
「えへへ~♪ って、今だ~!!」
私はここぞとばかりに一気にハンドルを回す!!
ポロン!
出てきたのは……銀色だった。
「おかしい~~~!! 私のガチャだけ絶対おかしい~~!!」
「さ、沙南、落ち着いて!」
ルリちゃんが抑えようとするけど、私の頭は噴火寸前だ!
「これ虹どころか金も入ってないでしょ!? 確率詐欺でしょ!?」
「沙南、大丈夫だから。もう一枚あるんでしょ!? 次は大丈夫だよ!」
ルリちゃんが必死になだめようとしてくれている。
わかってる! わかってるよ! ガチャって最低レア度が出やすいものだよねっ! 銀が三連続とかよくあるよねっ! わかってるよぉ!!
「むぅ~……ごめんねルリちゃん。そうだよね。ガチャで熱くなったらダメだよね」
もっとポジティブに考えよう。今まで出た銀のアビリティだってかなり使えるものだった。そう、結局使い方次第なんだよ! つまりは私の手腕にかかっている訳で、嘆く必要なんて何もないんだ! さぁて、どんな能力か楽しみだよぉ!
私は自分に言い聞かせながら銀の玉を指で突いた。
パリン!
その瞬間、銀色の表面が弾けて金色へと変わる。
「おお!? こりゃ昇格演出だぜ。やったな嬢ちゃん」
昇格演出!? そんなものがあるの!? すごい!!
ついに私は銀の呪いから解放されたんだ!!
「やったね。やっぱり沙南はすごい!」
「ありがとうルリちゃん。けど覚えておいて。よくガチャの結果で文句を言う人がいるけど、それってマナー違反だからね。楽しんでいる人にとっては迷惑極まりないんだ。ルリちゃんはそんな文句を言う人になっちゃダメだよ?」
「……うん。まさに今の沙南がそんな感じだった気がするけど、きっと私の気のせい……」
それじゃ、そろそろ開封するよっ!
私は金色の玉に触れてみる。
パリン!
その瞬間、金色の表面が弾けて虹色に変わる。
「……え!? えええええええええ!? さらに虹色に変わったよ!? やった! やったぁ~!!」
「すごい! 沙南おめでとう!!」
私は嬉しさのあまり飛び跳ねて喜んだ!
そしてひとしきり跳び回った後、冷静になった私は咳払いを一つする。
「コホン! ルリちゃん、最高レア度が出たからって、はしゃぎすぎるのもマナー違反なんだ。周りにはガチャで爆死した人だっている訳だから、そういう人達の気持ちも考えて、静かに引こうね!」
「……うん。まさに今の沙南がそんな感じだった気がするけど、きっと私の気のせい……」
さて、そろそろ本当に開封するよっ!
私は虹色の玉に触れた。
【沙南は新たなアビリティを習得した。HPMaxチャージ】
HPMaxチャージ:HPが全快の時、攻撃力が2倍。
すごい! 一撃喰らったら即死の私にとっては、ある意味で常に攻撃力が2倍って事だよ! よぉし! この調子でもう一枚いっちゃうよ!
私はもう一枚のガチャチケットをおじさんに差し出した。
「もう一回だな。あいよぉ!」
私は勢いのまま一気にハンドルを回す。
ポロン!
出てきたのは……金色だった。
「やった! 銀じゃない!」
虹が三連続なんてそうそうないからね。金でも十分だよぉ!
と、思いながらも、実際は昇格演出を期待しながら指で触れる。しかし今回は弾ける事も無く、普通に開封された。
【沙南は新たなアビリティを習得した。バードキラー】
バードキラー:鳥系の敵に対して攻撃力が2倍になる。
おぉ~! 特定の敵に対して攻撃力が上がるタイプのアビリティだね。ホント、武闘家は攻撃力の上がるアビリティばっかりだよ。
「それじゃあ、私はそろそろログアウトするね。ご飯作って宿題やらないと」
それを伝えると、ルリちゃんは寂しそうな表情をした。それはまるで、しばらくご主人様と会えなくなる仔犬のようだった。
「……沙南、今日はありがと。すごく楽しかった。沙南が手を引いてくれたから、ゲームを続けていられるんだと思う」
「そんな~、私もルリちゃんとゲームできて楽しいよ!」
私がそう言うと、本当に嬉しそうに目を輝かせる。普段は無表情だけど、私の一言一句に対してはやたら顔に出るところがかわいい!
「本当は、沙南ともっと一緒にいたい……沙南の家に住んで、沙南の部屋に突撃したい……」
あ、あはは……懐いてくれたのは嬉しいけど、さすがにそれは無理だよぉ……
「ルリちゃんってどこに住んでるの? 私は白露市ってところだよ」
「……!? 私も白露市!」
「ええ~!? すごい偶然だね! もしかして学校も同じだったり? 私は時雨小学校なんだけど」
「……ん……私は村雨小学校だから、違う……」
「そっか。けど家は近いかもしれないね。今度ゆっくり話そう。じゃあ私は落ちるから、またね」
そうして私はログアウトする。
「沙南……時雨小学校……」
私が消えるまで、ルリちゃんはジッとこちらを見つめて、そんな事を呟いているのだった。




