「やっと届いた! VRMMOにダイブするためのヘッドギア!」
私は物心つく前からゲームでよく遊んでいた。と言うのも、お父さんがゲーム好きで、時間があればいつもゲームで遊んでくれたからだ。
格闘ゲームで対戦をしたり、パズルゲームでパーティプレイをしたり、アクションゲームで共闘したり、ロールプレイングゲームでタイムアタックをしたりした。
お父さんからはゲームを通して色んな事を教えてもらった。マナーや言葉遣い。雑学に哲学。家族で過ごす大半の時間はゲームが主だった。
私はそんなお父さんが大好きだったし、いつまでもこんな幸せが続けばいいと思っていた。……けれど、そんな生活はある日突然終わりを迎える。
私が小学二年生の頃、お父さんとお母さんが今までにないほどケンカをしたからだ。
私は二人が怖くて部屋の外で震えていた。仲直りをしてくれるのをずっと待っていた。けど、お父さんもお母さんもそれから口をきかなくなっちゃった。
原因はお父さんが熱中しているVRMMOだった。どうやらそのゲームに課金しすぎて、お母さんに怒られたみたい。私はどうしていいのかよくわからなくて、声を掛ける事も出来ずにいた。
そしてそのケンカから次の日、お父さんは家のお金を全て持ち出して……失踪した。
――お父さんがいなくなってから約一年が経ち、現在に至る。
「沙南ちゃん、今日はみんなで公園に寄って行こうって話してたの。沙南ちゃんも来る?」
クラスメイトが声を掛けてくれた。
嬉しいけど、今日は大事な用があったりする。
「ごめんなさい。今日もお家の手伝いをしなきゃいけないから……」
私はそう断ってから教室を後にする。そう、私の家は貧乏だ。お父さんがお金を全て持ち逃げしたためにお金が全然ない。
だからお母さんは今あの日から必死にお仕事をして毎日が忙しい。そのため基本的には家の事は全部私がやっている。
そのせいだろうか、私はクラスのみんなと遊ぶ機会が段々と減って、今では友達と呼べるほど仲の良い子が一人もいなくなっていた。
でもそれは仕方がない事だと思う。お母さんが頑張っているんだから、私も頑張らないと! それに今日は、特別な日なんだから。
私は真っすぐ家に帰る。
誰もいない家に入り、急いで掃除や洗濯を効率よくこなした。晩ご飯は冷蔵庫の中身でてきとうに乗り切ろう。だって今日はできるだけ自分の時間を作っておきたいんだもん。
――ピンポーン!
家のチャイムが鳴る。
私が急いでドアを開けると、宅配便だった。荷物を受け取り、それを持って自分の部屋に転がり込むと、その荷物を急いで開けた。
「やっと届いた! VRMMOにダイブするためのヘッドギア!」
そう、私はこれを待っていた。
貧乏になってから、私は極力お金を使うのを控えていた。
クリスマスも、お誕生日も、お母さんがプレゼントは何が欲しいか聞いてきたけど、私はいらないって答え続けた。だって、少しでもお金を貯めれば、それだけお母さんと一緒にいられる時間が増えると信じているから。
私が一番欲しいものは、家族が一緒に暮らせるだけの時間だ。そのためならプレゼントなんていらない。そう思っている。
そんな私は、最近になってお母さんにお願いをした。ネットに広がる仮想世界にダイブできるヘッドギアが欲しいって。するとお母さんは笑って買ってくれた。
私がモノを欲しがるなんて珍しかったからかな? 少し驚いていたけど、簡単に了承してくれた。そして、そのヘッドギアが届くのが今日だった。
私はすぐに色々と接続して、起動できるように組み上げる。ゲーム関連の知識はお父さんから学んでいるから、一人でもちゃんとできるんだからっ!
そしてそのヘッドギアをネットに接続すると、一つのゲームアプリをインストールした。
そのアプリの名前は、『ダンジョンクエスト』
それは、お父さんがハマっていたゲームであり、私達家族が崩壊する原因ともなったゲームだ……
私の目的はたった一つ。このゲームの世界に飛び、お父さんを見つけ出す事!
リアルの世界じゃどんなに探してもお父さんを見つけられる自信なんてない。けど、このゲームの世界なら、物語を進めて行けば必ずお父さんの所に辿り着けるはず!
私達家族を捨ててでも選んだゲームだ。必ずこの中にお父さんはいる! そして見つけたらお母さんにごめんなさいしてもらって、また一緒に家族で暮らすの!!
私はヘッドギアを被ってベッドに横になる。そしてそのままスイッチを入れ、ゲームを起動させた。
目の前の景色が変わる。意識がゲームの中へと引き込まれる。そうして、ついに私はお父さんを引きずり込んだゲームを開始した。
『プレイヤーの名前を入力してください』
開始してからすぐにそういう画面に出くわした。周囲を見渡してみると、いかにも電脳空間といったデータで埋め尽くされているような場所だ。
さて、名前を入れなくちゃいけないんだけど、どうしようかな……
私の目的はこのゲームの中でお父さんを見つける事。だったら、名前は本名にした方がいい。
「『沙南』っと……」
私の本名は楠沙南だから、フルネームで入れようかとも考えた。けれど、あまりゲームで本名は使うものでもないし、名前だけでも十分かなって思う。
『次に、プレイヤーの外見を決めて下さい』
アバターと呼ばれる、ゲームの中で自分が使うキャラクターの外見を決めるエディット画面が出てきた。色々ありすぎて、本格的に決めようと思ったらかなりの時間がかかるかもしれない。
そんな中で私は一つの決定ボタンを見つけた。それは……
――リアルの外見をそのままアバターとして使う。
という決定ボタンだった。
うん。これいいんじゃないかな? お父さんが私を見たら即座に気付いてもらえるし、こうした手がかりを多く残す事に越した事は無い。私が探すだけじゃなくて、向こうに気付いてもらえたら手間が省けるしね。
私はそのボタンを押した。
『警告。リアル情報をゲームに持ち込む事は自分を特定され、なんらかのトラブルを引き起こす可能性があります。その場合、運営は責任を持てません。それでもリアルの外見をアバターとして使用しますか?』
はいっと。
私はためらい無く決定ボタンを押す。
というか、そんな警告を出すくらいならこんな要素作らなきゃいいのに……
確かにリアルの情報をネットの中でさらけ出すと、その情報から本人の自宅や環境を割り出そうとする人がいるとお父さんから聞いた。けれどそういうのは、何かしら恨みを作った場合であって、よほど運が悪くない限り、普通にプレイしている人のリアルを割り出そうという悪意の塊のような人はそうそういない。
大丈夫。ネットのマナーもお父さんから教わっている。
『アバターの生成が完了しました』
すると目の前に私と同じ姿のキャラが出現した。黒髪のロングヘアーや身長が低いのはもちろんのこと、目元口元までそっくりでまるで鏡を見ているような再現率。最近の技術はすごいなぁ。
『次に、あなたが使うクラスを決め、初期ステータスに割り振りをして下さい』
ステータスの割り振り……
このゲームはキャラの育成を自分の意思である程度決められるらしい。私はどんなキャラを作ればいいんだろ?
物語を効率良く進められる万能キャラ? それとも情報収集に徹したキャラかな? いや、そういうのはある程度どんなキャラでもやっていけるはず。それよりも、私がお父さんに会った時の事を考えて決めた方がいいかもしれない。
私はお父さんに会えたら、まず『ダメでしょ! めっ!』って叱ってあげなくちゃいけない。お母さんの代わりにデコピンでお仕置きしようって決めている。腕にしっぺでもいいんだけど。
そうしてお父さんを連れ帰らなくちゃいけないんだけど、果たしてそれが可能だろうか。
事前に調べた結果、このゲームにはプレイヤーバトルが存在する。だからゲームの中ではキャラの強さがモノを言う。もしかしたらプレイヤーバトルに発展して、お父さんを倒さなくちゃいけなくなるかもしれない。そんな時、このゲームをずっと続けているお父さんに初心者の私が太刀打ちできるだろうか? そんな事は出来るはずがない。
だとしたら、私が取れる方針は一つだけ。
私は様々な職業の中から、「武闘家」を選択した。すると次にステータスの割り振り画面が出てきた。
名前:沙南
クラス:武闘家
LV :1
HP :800
MP :50
ATK:100
DEF:50
INT:10
RES:40
AGI:80
DEX:60
このステータスに、50ポイントの数字を割り振る事ができるみたい。
私はこのポイント全てをATKに割り振った。
私がやれること、それは攻撃特化のキャラを作る事だ。もちろん、このキャラ育成がアンバランスなのはわかっている。けれど、あくまでも私の目的はお父さんを連れ帰る事。ゲームを楽しむ事じゃない。
お父さんは一年以上も前からこのゲームをプレイしている。そんなお父さんとバトルする事になったら、どう頑張っても私のステータスじゃ太刀打ちできない。
……だったら、一年という時間を凌駕するだけの攻撃力で叩けばいい!
お父さんの攻撃よりも先に、私の攻撃が当たればダメージを与えられるくらいになれば、まだチャンスはあるから。
勝つためだけじゃない。私の意思を見せるために攻撃特化のキャラを作ろう!
悪い事をしたお父さんに、お仕置きするためにこの方針を貫こう!
お父さんを説得するためだけにこのキャラを作ったんだよって、このキャラを通して訴えよう!
これから始まる冒険は決して楽なものじゃない。けど、そんな困難を乗り越えて私の想いをぶつけよう!!
『キャラクターのエディットが完了しました。それではゲームをお楽しみください』
目の前がスッと光り出し、一瞬何も見えなくなる。
こうして、私の冒険は幕を開けたのだった。