顔のない死体
来訪者はもちろんフューラである。
対応したティヤムに開口一番、
「ティヤム様、実はお伝えしたいことがあります」
と神妙な面持ちで告げる。
三度目の来訪にも関わらず、新しく伝えるべきことがあるのかと訝しむティヤムだが、話しを聞かないことにはどうしようもないと考え、前向きではないものの耳を傾ける。
「一体、どうしたんですか?」
一方のフューラはその言葉を待っていたとばかりに、
「村はずれのあばら家で死体が見つかったんです。ただ、顔が判別できない状況になっておりまして、誰かということまでは分からないのですが」
と息早に伝える。
「っ、それは大変なことになりましたね。とにかく私も確認した方がいいでしょう。申し訳ないですが、案内してもらえますか?」
「えぇ、もちろんです。そのためにここに来たのですから」
フューラの先導のもと、件の現場に向かう。
既に外は暗く、フューラが持っているランプがなければ何も見えない。
道中、何人かの村人と、すれ違ったが特に慌てている様子はなかった。つまりは、まだこのことは村の中でも広まってはいないということだろう。
しばらくすると、村の中心部を抜けて開けた場所に出る。周りには畑が広がっているものの人影は見当たらない。
そうして着いた場所は、開けた場所にポツンと浮かぶあばら家であった。
「ティヤム様、着きました」
「ありがとうございます。それでは、中を確認しましょうか」
「はい。ちなみにあちらが、最初に遺体を見つけた方です」
フューラが手を向けた方向には、初老の男性がいた。
ティヤムは、まずは男性に話を聞くことにした。
「あなたが最初に見つけたんですね。ちなみにどうして、こんな村はずれの場所にまで来ていたんですか?」
「あぁ、軍人さんは知らないかもしれないけれど、ここは農作業を行うさいの休憩場所みたいなところでね。今日はたまたま作業が長引いちまったんで、ちょっと休んでいこうかと思って立ち寄ったんだよ」
「ということは、よくここは利用されている場所なんですか?」
「いや、最近はめっきり使わなくなったな。ここの近くに新しく同じような建物が建てられたからな。ここを使っているのは、俺を含めてこの近くで作業をしている数人くらいだよ。とは言っても、俺以外の人間は徴兵されたり年を取っていたりで農作業事自体を俺が肩変わりしている関係で、実質俺専用みたいな感じにはなってしまっているけどな」
「なるほど分かりました。それでは中を確認してきますので、しばらくお待ち願いますか? あとで聞きたいことがあるかもしれませんので」
そう言うと、ティヤムは屋内に足を踏み入れる。
中には簡易的な照明器具こそあるものの、全体的に薄暗く細部まで見渡すことは難しい。
すると部屋の中心部に倒れた人間がいることに気づく。
「フューラさん、ランプを貸してもらえますか?」
「どうぞお使いください」
受け取ったランプで倒れている人影を照らすと、
「この死体、顔が焼かれていますね」
確かに、ティヤムの言葉通り死体は顔から上半身にかけて焼かれおり、判別がつかないのも頷ける。とはいえ、その焼け方には特徴があった。
それを確認したティヤムは一旦外に出て、先ほどの男性に再び声を掛ける。
「すいません、この休憩所でいつもと変わっていたことはありませんでしたか?」
「いや、入ってそれを見つけるまで特に気になったことはないけどな。見つけたら、すぐにフューラさんに声を掛けにいったから、あんまり見てもいないしな」
「分かりました。ありがとうございます」
いくらかの情報を得られはしたものの、いまいち要領を得ないティヤム。
あれやこれやと考えていると、その動きを見ていたフューラが声をかける。
「それでティヤム様、何か分かったこととかあったりしますか?」
「いや、特には。私はこういうことの専門家という訳ではありませんからね。ただこの遺体が村の人間かどうかというのは疑った方がいいかもしれませんね。さっきの方の話では、ここを利用している人間自体が少ないという話でしたから」
しかし、ここで先ほどの男性が注釈を入れる。
「けど、村の人間以外がここを利用することもないと思うぜ?」
「いや、例えばどこからか遺体を持ってきた可能性もあります。まぁ、そのことに意味はあまり無いようにも思いますが」
と、思いついたことを喋るティヤム。
しかし、その考えは思わぬ乱入者によって否定される。
「ティヤム様、それはないと思いますよ。この場所には魔法の残滓がありますからね。」
それは、見知った少女ラーイであった。
「どうして、ラーイがここに?」
「さっき、ティヤム様がフューラさんと歩いているのが見えたので来ちゃいました」
ニッコリとした満面の笑みでそう言うラーイ。
「こんな夜更けに女の子が一人で外を出歩くのはどうかと思うけど。それよりも魔法の残滓がここにあるっていうのは本当かい?」
「間違いないですね」
通常、魔法を使うとその痕跡が残るという。さながら銃における硝煙反応のようなものである。ただし、魔法を扱えないものには知覚することは出来ないのだが。
「ラーイ、君は魔法を使えるのかい?」
「はい、使えますよ」
凄いでしょと言わんばかりの態度に、ティヤムは若干苦笑をする。
「なるほど、ならこの人はここで殺されたことに間違いないのかもね。この燃え方は魔法によるものだろうから」
「ティヤム様、凄いですね。見ただけで分かるなんて」
「これくらいは、ちょっと勉強すれば分かることだよ。それよりも、この人はどうやって殺されたんだろうか?」
うんうん考えてみても、中々考えはまとまらない。
そこで、ティヤムとメーアのやり取りを傍観していたフューラが声を掛ける。
「えーと、焼死されたわけではないんでしょうか?」
「それはないでしょう。焼死というのは、とても苦しむ時間が長いのですが、家の中はきれいなままで暴れた痕跡もなければ、何かが焼けている様子もありませんでしたから。おそらく亡くなった後に焼かれたんでしょうね」
「なるほど」
「これ以上は考えても埒が明かないでしょうね。遺体を埋葬してあげたいのはやまやまですが、また明日にでも詳しく見てみましょう。もしかしたら、遺体の身元も明らかになりますからね。幸いにもこの気温ですから、一日程度でしたら問題ないでしょう」
「はい」「分かりました」「分かったよ」
こうして4人は一度解散することにした。
帰りはラーイの安全を考慮して、ラーイの案内の下、帰路につくティヤム。
「ところで、ティヤム様。メーアちゃんは上手くお世話できていますか? メーアちゃん根暗だから、空気が重くなっていたりとか」
「いや、そんなことはなく、上手くやっていけているよ」
「昨日ルミちゃんとも喋っていたんですけど、それならよかったです」
「友達思いだね。ところで、ラーイはどこで魔法を覚えたんだい?」
気になっていた疑問を尋ねるティヤム。
「小さいころに、たまたま魔法の本を読む機会があったので、その通りにやってみたらできちゃったんですよね」
なんでもないことのように言うメーアだが、ティヤムにとってはそうでは無い。
魔法の本自体は市場にも広く流通しており読む機会があること自体に不思議はない。ただし、それで使えるようになったと言えば話は別である。
魔法の使用には才能が大きく関わる上に、適切な指導も欠かせない要素である。実用性がないこともそうだが、だからこそ、一種の道楽と化しているのだから。
それを目の前の少女は独学で身に着けたというのだから驚きだ。
そうこうしているうちにティヤムの住んでいる屋敷の前にたどり着く。
「なんだか悪いね。ここまで案内してもらって」
「まだ、道が分からないのはしょうがないですよ。それではティヤム様、おやすみなさい」
「大丈夫かい、家まで送っていこうか?」
「平気ですよ。むしろ、ティヤム様が迷っちゃわないかが心配ですよ」
にっこり笑って、ラーイは小走りに駆けていく。
その後ろ姿を見送るティヤムは、ラーイの姿が消えたのを確認して、屋敷の中に入る。
「あぁ、お帰りなさいティヤム様」
屋敷に入ると、メーアはこちらを見ることもなく出迎える。
「ぞんざいな挨拶だな。まぁいいや、また大変なことになりそうだぞ」
「ははぁ、まぁその辺りはご飯の後にでも話しましょう」