密談
要件を済まし、与えられた屋敷に戻るティヤムとメーア。
するとそこにフューラが訪ねてくる。
「それで結局、軍の協力は得られなかったのですね」
口調こそ丁寧だが、その声色や表情からは落胆していることが伺える。
「申し訳ありません、フューラさん。こんな状況ですから、余裕はないようでして。いくつかの火器は持ち出してきましたので、素人集団ならば十分でしょう。とはいえ、無暗に使用されても困ります。あくまで抑止のための物であるという意識は忘れないでください」
強い口調で念押しをするティヤム。
もし、これで死者が出てしまうことがあれば目も当てられない。
「確かに、それを見せれば無暗に襲われることはないでしょうが・・・」
一方でどこか言いよどむフューラ。
「どうしました、何か不服でもありましたか?」
「そういうわけではないのですが、ともかくご尽力ありがとうございます」
そう言って、ティヤムに退席を促すフューラ。
「少しいいですか。こちらからも質問があります。フューラさんは何度も軍に陳情したと仰っていましたが、私が確認したところそんな話は聞いたことはないということでした」
しかし、ティヤムは退席することなくフューラに疑問を投げかける。
それは、今日電信を送った際に確認したことであった。
「そ、そんな訳はありません。私は何度も何度も陳情しました。まさか、全部私たちの虚言だったとでも思っているのでしょうか?」
声を荒げティヤムに反論するフューラ。
その態度に面食らいながらもティヤムは言う。
「そうは思っていませんよ。そんなことしても何もメリットはありませんからね。ところで、どのような形で軍に陳情なさったのですか?」
「そ、それはですね、使いの者に書簡を渡すように言いつけました」
「では、その人に直接確認するとしますか。 その人はどちらに?」
「それが前回の襲撃で行方が分からなくなってしまっていて」
「そもそも、この村の被害はどの程度のものなのでしょうか? 見たところ、そこまで被害はあるようには見受けられないのですが」
「そんなことはありません。少なくない死者も出ているんですよ。それもこれも軍の対応が悪いせいではありませんか」
怒気に震わせた声で言うフューラ。
それだけ言うと、これ以上の議論は不要とばかりに立ち上がり屋敷の外に姿を消す。
取り残されたティヤムとメーア。するとメーアが口を開く。
「今のはティヤム様が悪いんじゃないですかー? ちょっと無神経でしたね」
「確かにそうだったな。でも、色々おかしいのは事実だ。村に死者が出るくらいの争いがあったっていうのに軍が動かない訳はないんだから、軍はこのことを認識していないっていうのは間違いないんだろうな」
「もしくは、誰かが握り潰しているかですねー」
面白そうにメーアが言う。
「ところで、お前に聞きたいんだが」
「ん、何ですか?」
「結局の所、フューラさんの言っていることは正しいのか?」
「まぁ、大筋は間違ってないですよ。ただ、この村が襲撃されたの開戦初期の敗戦が続いていた時期を除けば、先月に1回あっただけなんですよ。それまでは村でも防備を固めていましたからね。そしてそれが緩んできていたところにって感じです。まぁ、その間にも散発的に行方不明者が出たり死体が見つかったりはしていて、かなり物騒なことになってはいましたけど」
「軍に陳情をしていたのは、その開戦初期の時期が主ってことになるわけなのか」
「いや、陳情自体はずっとしていましたよ。今後のために、軍の人間を何人か派遣してくれと。でも大半の村人は、もう襲撃自体が終わったことだと思っていたみたいですけど。正直、戦争に関連する徴兵や税の負担の方が頭を悩ませていましたからね」
「陳情はずっと同じ人間が書簡を持って行ってたのか?」
「そうですね。そしてその人が、先月の襲撃で行方不明になっているのも本当です」
「そうすると俺の赴任も中々のタイミングだったんだな。何年か振りの襲撃があった直後みたいだし」
「確かにちょっと気持ち悪いくらいですねぇ」
とりあえずの回答は得られたのかティヤムは満足し、基地からもらってきた火器の整備を行う。10丁ばかりの小銃ではあるが、どれも既に時代遅れの年代物ではあるが抑止として用いるには問題ない。
「メーア、危ないから近づくなよ。弾は入れていないから滅多なことはないだろうけど」
「分かってますよ。それに見ていて面白いものでもなさそうですし」
そうして念入りに整備を行い、ある程度の時間が経ったころフューラが再び屋敷に訪れる。
「ティヤム様、先ほどは申し訳ありませんでした。少々感情的になってしまいました」
開口一番謝罪を行うフューラ。
「こちらこそ、あまりに無神経な発言でした」
同じくティヤムも謝罪の言葉を口に出す。
「ところで、ティヤム様。そちらが支給された火器なのでしょうか?」
「えぇ、そうです。10丁あれば十分な威圧効果はあるでしょう。弾も抜いてありますので」
「それでは有事の際にはどうすればよろしいのでしょうか? 相手が暴力行為を働いた時にも発砲できないならば、はっきり言って意味がないのではないでしょうか」
今回のフューラの来訪の目的を察知したティヤムは、面倒くさいとは思いつつも対応する。
お互いの意見が嚙み合わないのが明らかなのは目に見えている。
「軍の人間がいて銃も並んでいる、こんな状況では大方の人間はそのような行為に走りません。確かに100人程度の集団ということですし、勢いのまま暴徒と化していることも考えられます。そのため私の銃には弾を込めておきます。いざとなれば威嚇射撃でも何でもしますよ。最悪の場合は発砲もやむなしですね」
ティヤムはは、とりあえず理性的な説得を行う。
これで納得してもらえれば楽であるがそうは問屋が卸さない。
「しかし、ティヤム様だけでは手が回らないかもしれません。私たちにも自衛の手段として弾をいただけませんか」
「それは、許可できません。そこに関してはいくら討論しても変わりませんよ」
最終的にはきっぱりと拒否の態度をフューラに示す。
しかし、フューラは未だに納得することはない。
こうして、お互いの主張が嚙み合わない討論は続き、気づけば空は澄み渡るような青から、燃えるような赤に変わったいた。
そうして討論の結果は、フューラがティヤムの考えを渋々受け入れることで一応の回答となった。
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夜の帳が落ちたころ、村外れのあばら家に二つの人影が、情けない月明かりによって浮かびあがっていた。
「ども、今回もよろしくお願いしますね。 いやー、物分かりのいい人とのやり取りは楽でいいですわ」
「そうですね。先月までは私もそれなりに納得できる取引だったんですけどね」
一方は軽薄そうな声色で、もう一方は不満気な様子を隠すことないそれである。
「先月のことについては、こっちも申し訳なく思っているんですよ。しかし、ガス抜きも必要ですからね。それに、そちらの要望を叶えたことには違いないでしょう?」
口では謝罪の言葉を浮かべてはいるものの、謝罪の意思は全く感じられない。それもそうだろう、何せ当の本人にそれがないのだから。
「そうですね。えぇ、確かに要望は叶えていただきました。そのことについては、ありがとうございますと言っておきましょう。ですが、もうこの関係も終わりですね」
キッパリと言い切る。なぜなら、この言葉を告げることこそが今回の一番の目的であったのだから。
「その言葉の意味を分かっていらっしゃるんですか? 先月の一件だけで今までのやり取りを無に帰すのは勿体無いとでしょうに」
「生憎ですが、この関係は最早不要なものとなりましたからね。聞いてはいませんか? こちらには既に軍のお偉方が着任されたことを」
「ははっ。えぇ知っていますよ。ですが、たった一人で何ができるというんですか?」
嘲るような笑い声を浮かべ、明らかに馬鹿にする態度を示す。
しかし、その言葉を受けた側は意に介した様子を見せず。さらに言の葉を紡ぐ。
「確かにその通りです。ですが、これ以上この関係を続けていてもしょうがないでしょう。それに私の立場というものもありますからね。それではさようなら」
「本当によろしいのでしょうか? 後悔しないでくだs・・・」
言い終わる間もなく一つの人影は肉塊へと姿を変えた。
「これで肩の荷が一つ下りましたね。だけど、相当思い切ったことをしてしまいましたね。まぁ、何はともあれよくやってくれました」
既にあばら家には一つの人影しか浮かんではいないが、その人影は虚空に向かって語りかける。
その表情は晴れやかであると同時に後悔しているようにも見えた。
「はぁ、何とか彼を説き伏せないと」