いい性格
「嘘を吐いているのはだーれ?」
メーアの問いかけにたいして、ティヤムの回答は既に決まっていた。
「普通に考えてメーアじゃないのか?」
なんてことはない。さっき、メーア自体がヒントをくれていたのだから。
「噓の規模を小さくするというのは嘘自体を明らかにしないということだから置いておくとして、周りの人間というのはこの場合はメーアと俺の二人だけ、そして嘘を吐いている人間がいるという発言をそのメーア自身がすることで、自分を対象から外したんだろう? どうだ、あっているはずだけど」
さりげなくドヤ顔を披露しつつ、メーアに指を突き付ける。
「はーい、正解です。でも、百点満点って訳でもないですけどね。たしかに、今の話の大筋は私の嘘ですけど全部が嘘ってわけでもないんですよ。規模の小さい嘘というか、嘘の中に真実が紛れ込んでいると、それも嘘だと思っちゃうんですよね」
したり顔でいうメーア。
「で、結局何が本当だったんだ? というかそもそも何でそんなことを知っているんだよ」
「うーん、今はまだ秘密にしておきますね。その方が色々と都合がいいので」
「そんな理由で話を終えるなよ」
「本当のことが気になるうちは、私に構ってくれるじゃないですか? それに女には秘密の1つや2つある方が格好いいですしね」
またもや、蟲惑魔的な笑みを浮かべるメーア。
食虫植物に引き寄せられる蟲の気持ちが分かったような気がするティヤムであった。
「さて、それじゃあ本来の目的にもどりましょうか?」
と、表情を戻したメーアが言う。
「目的?」
目的はこの会話じゃなかったのかと首を傾げるティヤム。
「何を言っているんですか、私はティヤム様のお世話をしに来たんですよ? それはしっかりしないといけないですから」
「あぁ、そういえばそういう名目でここに来たんだったな。で、何をしてくれるんだ?」
「とりあえず、お酒でも飲みます? 私、さっきちょろまかしてきたんですよ」
「それはいいな。それで何か肴はないのか? さっきも、ほとんど何も口にしていないから腹が減ってさ。空きっ腹に酒っていうのもよくないだろ」
「あぁ、それも適当にかっぱらってきたんで大丈夫ですよ」
と、どこに隠し持っていたのかグラスと酒、そしていくつかの食べ物を並べるメーア。
「というか、メーアも飲むのか? 俺も未成年だから、あまり褒められることじゃないんだけど」
「もちろん飲みますよ。こう見えてもお酒は好きでしてね」
と、酒を二つのグラスに注ぎ、一つをティヤムに渡す。
夜はまだまだ終わらない。
「・・・で、こうなると」
「なんだよ、ティヤム。酒が足りないんじゃないのか?」
すっかり出来上がってしまったメーア。
どんな人間でもそうだと思うが、酔っぱらった人間の相手というのしんどいものだ。
「十分に飲んでるよ。ところで、そろそろお開きにしないか? 明日は朝から電信を送るために鉄道に乗らないといけないんだ。見たところ、この街にはそういう施設がないみたいだし」
「ガキが、白けたことを言うんじゃねーよ。女が眼前で酔ってるんだぞ、据え膳いただこうくらいの気概はないのかよ。最も、そんな安い体でもないけどなぁ」
何が面白いのかバンバンと床を叩きながら笑いこけるメーア。
「お前、出会ってからキャラが変わりすぎだろ。 大体、俺の世話をするって言っておきながら一人で酔いつぶれているだけだし」
「酒の場で固いこと言うなよ。こういうのはたがを外して騒いだ方が仲も深まるってもんだろ? ほらティヤムも飲めよ、お互いに仲を深めようや」
まるで場末の酒場で飲んだくれるオヤジのような振る舞いを見せるメーア。
とはいえ、こういうノリは案外嫌でもないティヤムは面倒くさいとは思いつつも酒に付き合う。
「まぁ、いいけど。酔いがさめたら後悔するような振る舞いはするなよ」
「ニヒッ。そう来なくちゃな」
本日、何度目かの乾杯音が木霊した。
夜も折り返し地点だ。
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所変わって暗い夜道。頼りない月明かり二人の人影を捉えていた。
「メーアちゃん、ちゃんとティヤム様と上手くやっているのかな。どう思うルミちゃん?」
メーアをティヤムのもとに置いて、帰る途中のラーイが隣のルミに声を掛ける。
「多分、大丈夫。メーアはあぁ見えても、意外とそつなく何でもこなすから」
「確かに、私とルミちゃんはよく怒られたりするけどメーアちゃんはそこらへん要領いいもんね。あんなに根暗そうなのに。でも、ルミちゃんも見た目は何でもできる優等生キャラなのに見かけ倒しだよね。そういう所が二人とも面白いんだけど」
ニコニコしつつも相変わらず友人に対する評が酷いラーイ。
若干、顔が引きつりながらも、いつものことと流すルミ。
彼女の煽り耐性はこうして鍛えられていくのであった。
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チュンチュンと鳴く鳥たちのさえずりと差し込む朝日によって目を覚ますティヤム。
正確な時刻は分からないものの、それほど日の出からは時間がたっていないようだった。
「ってぇーな。完全に飲みすぎだよ。あのバカはどこに転がってんだ?」
キョロキョロと辺りを見渡してみても、綺麗に片付けられた部屋が広がるばかり。
痛む頭をおさえ、メーアを探す。
するとそんなティヤムに声がかけられる。
「おはようございます。夕べはお楽しみでしたね」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて話しかけてくるメーア。
「あぁ、おはよう。お前が片付けてくれたのか?」
メーアの言葉は無視しつつ返事をするティヤム。
「まぁ、それ位はしますよ。一応お世話係ですからね」
フンと胸を張るメーア。
「ところでお前、酒癖悪すぎだぞ」
昨日から言いたかった言葉をぶつけるティヤム。
「あぁ、あれは半分は演技ですよ。あんな感じの方が打ち解けられるでしょう? お酒は人間関係の潤滑油ですからね。」
当たり前でしょと言わんばかりに
「何か、演技しているうちに段々本気になっちゃいましてね。それでも昨日よりは仲も深まったでしょう? まぁティヤム様がヘタレじゃなかったら、もっと深い仲になっていたかも知れないですけどねー」
小ばかにした態度で嘲笑するメーア。
「まぁ、迷惑をかけたのは事実なので、一ついいことを教えてあげますよ」
「いいこと?」
どうせ、大したことじゃないんだろうと高をくくるティヤム。
「まぁ私の700ある秘密の一つですよ」
「絶対、今適当に数を決めただろう? お前昨日、女は秘密の一つや二つある方がいいといってたのにそれだと色々ぶれてくるだろうが」
とっさに、口を挟むティヤム。
一方のメーアは飄々としたもので
「変なところを気にするんですね。まぁいいです。私の秘密ですけど単純に私はティヤム様より年上です。なのでこれからは少し態度に気を付けてくださいね」
さらっと衝撃の事実が告げられた。
「まじで? また適当な嘘だろ」
「今回のはマジなんで、変に疑わなくていいですよ」
「ってことは俺、お前には敬語を使わなきゃいけないわけか」
本気で嫌がるティヤム。
「そこら辺は、今まで通りでいいですよ。一応、この村じゃ年相応に振る舞っているんで。ただ、心のなかで私が年上であるということを気に留めてこれから付き合ってくださいね」
「あぁ、分かったよ」
面倒くさくなったティヤムが会話を切り上げる。
そんなティヤムの態度に明らかに不満げな表情をうかべるメーア。
気づけば、起きてからいくらか日も高くなっていた。
「というか、それよりも今日は電信を打ちに行かないといけないんだ。流石にまだ早いだろうけど、準備だけはしないとな。それに行くときはフューラさんにも声を掛けた方がいいだろうな」
会話を切り替える意味もあり、発言をするティヤム。
「準備っていったって、特にすることもないでしょう? 精々、着替えるくらいですかね」
「まぁ、そうなんだけど。ところで、お前はどうするんだ?」
「どうするっていうのは?」
「いや、付いて来たりするのかなって」
「あのですね、ティヤム様。私は村のなかでのお世話係であって、村の外に出てしまえばそれはもう、私の預かり知らないところなんですよ」
「ってことは付いて来たりはしないんだな」
「いや、暇だから付いて行きますよ」
「お前って、いい性格してるよな」
「自分でも分かってます」
日もすっかり上がり、準備を終えたティヤムはメーアと共にフューラに挨拶にむかった。
「というわけで電信を打つためにも少し村を離れます」
「分かりました。どうかお気を付けて、それと軍の方々にくれぐれもよろしくお伝えください。メーアもご迷惑をおかけしないように」
「は、はい。」
挨拶を終え、鉄道の発車場に向かう二人。
「なんていうか口数の少ないお前って、今となっては気持ち悪いよな」
「ティヤム様、忘れましたか? 私は年上なんですよ。軍じゃ目上の人に対する態度を教わらないんですかね」
「お前、朝は今まで通りでいいって言っていただろうが」
「今は周りに人もいないでしょう。それならば周りの目も気にしなくてもいいんですから、それ相応の態度を求めるのは普通です」
まぁ、冗談ですけどねとメーアは付け加える。
そうこうしているうちに汽車に乗り込み目的地までやってきた二人。
「なぁ、メーア。ここから先は軍の施設になる流石に連れて行くわけにいかない。ちょっと待っていてもらえるか」
「中の上程度の立ち位置のティヤム様では私を連れていくことは出来ないんですね。分かりました。それじゃあ、そこら辺を散策でもしていますよ」
「お前は、余計なことを付け足すよな。まぁ分かった。あまり遠くに行くなよ」
その後、軍施設内からチナーラに電信を送り、その返事を受け取ったティヤム。
その返事に対し落胆すると同時にチナーラへの怒りが込み上げてきたが、とにもかくにも要件はすんだのでメーアを探す。
「あいつ、どこに行ったんだよ。遠くに行くなって言ったのに」
軍施設前の大通りだけでなく、入り組んだ路地を探すも中々みつからないメーアであったが、ついに居場所を突き止める。
「あぁ、こんなところにいたのか。」
「意外と早かったですね、ティヤム様」
「まぁな。で何でこんなところにいるんだ?」
メーアがいたのは軍の施設からはそこそこ離れた細い路地。いわば、街の裏側にあたるエリアだ。
「いや初めての場所だったので、適当にうろついていたらいつの間にか。でも、そろそろ戻ろうかとは思っていたんですけど」
「要は迷子か?」
「あぁ、それは違いますよ。なんとなくここに辿り着いただけで、帰り道は把握していますから」
「まぁいい。とにかく帰るぞ。こんな所、どんな奴がいるのか分かったもんじゃない」
メーアの手を引き歩き出すティヤム。
一方のメーアもそれについて行く。
「ティヤム様は軍服を着ているじゃないですか。そんな人間を襲うバカはいないでしょう」
「逆だよ。軍人なんて恨まれるだけの職業だし、しかもこの服は正確には軍服ではなく俺の通っていた学校の服だ。いいカモだと思われるだけさ」
「へー」
「露骨に興味なさそうだな」
「まぁ、興味ないですから。でも、こんな路地で私みたいな女の子の手を引いて引っ張っていると、なんか事件の匂いがしませんか?」
「しねーよ、ばか」
そんなやり取りをしつつも、来た道を戻る二人。
「で、いい返事はもらえたんですか?」
すっかり路地を抜け大通りに戻ったあとでメーアがティヤムに尋ねる。
一方のティヤムはその言葉聞いて、ゲンナリとした表情を浮かべる。
「あれーティヤム様、実にいい顔をしてらっしゃいますけど。その様子だと、いい返事はもらえなかった見たいですね」