問題
「この戦争には亜人の存在が深く関わっているのです。無論、そのことは中央でも多くの人間が知っているわけではないのですが」
フューラの発言を聞いたティヤムは、怪訝な顔を浮かべる。
「お言葉ですが、具体的にどのような形で関わっているのでしょうか?」
「そもそも亜人は人間に比べて特別な力を持っているというわけではありません。勿論、例外はあるのですが。とはいえ、重要なのはここらの地域において亜人は基本的に人間に虐げられる立場だということです。そのため、多くの亜人は人間全体に好ましい感情を持っているわけではありません。この戦争の原因にはそういった負の感情が大きく関わっているのです」
「なるほど、しかし交戦中である、ヘムンドゥ共和国はあくまで人間の国です。当然主導者も人間です。そこにどうして亜人が関与するのですか? それに、例えそれが事実だったとしても、どうしてこの村の問題に繋がるのでしょうか?」
相槌を打ち、至極真っ当な疑問をぶつけるティヤム。
一方のフューラは首を振りつつ発言を続ける。
「ティヤム様は大きな勘違いをしていらっしゃいます。そもそも、この戦争は2国間だけでなく、より多くの国々の思惑が絡み合っているのです。とはいえ、今はそれは置いておきます。重要なのはこの村についてのことですからね。端的に言うならばこの村は亜人狩りの標的になっているのです」
「亜人狩り?」
「えぇ元々、人間と亜人は仲が良くはありませんからね。それでも、戦争前はそれなりに付き合っていたのです。ですが、この戦中の混乱に乗じて村が襲われるようになりまして。襲ってくる者は「「この戦争は亜人によって引き起こされている」」と主張しているのです。実際に、それ自体間違いではないのですが。ただし、襲撃者の多くは不満の捌け口として、亜人を敵視しているだけなのでしょうけど」
「つまり、私にそれを防げということですか?」
「簡単に言えばそうなります。ぜひ、ティヤム様のお力をお貸しください」
即答できる案件ではない。
そもそも赴任しているのは自分一人。襲撃者の規模も分からないのだから当然だ。第一、話の信憑性も怪しいのだから。
それらをフューラにぶつけると、
「ティヤム様のおっしゃることも最もですが、私たちには頼れる相手が他にはいないのです。そもそも、このような状況に陥っているということ自体、中央は認知していないのです。ただ、規模としては100人弱といったところです」
と、現状を説明する。
「ただの一般人の集団ならば私が矢面に出て一声かけるだけでいいでしょうが、100人ともなると暴徒と化している場合もあります。念を入れていくらか応援を頼んだ方がいいでしょうね。明日にでも電信を打って軍に掛け合ってみます」
その発言を受けてフューラは、
「分かりました。ですが、くれぐれもよろしくお伝え願います。こうしているうちに、いつ襲撃されるかも分からないのですから」
と、一応の承諾を得られたこに満足しつつ催促することも忘れない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
なし崩し的に解散となった後、残されたフューラと三人の少女たち。
「フューラ様、これで村も大丈夫ですね」
「そ、そうですね」
「やった」
少女たちが笑顔で言う。
一方にフューラは堂々としつつ答える。
「えぇ、ティヤム様は間違いなく協力してくれます」
(あの少年は、あきらかに甘い性格をしている。私たちの話を聞いた今、まず協力してくれるはず。問題は軍の協力を得られるかどうか、こればかりは彼次第。でも、協力は得られなかったとしても軍のエリートが着任したという事実は揺るがない。これは大きな武器になる。まぁ、とにかくやれることはやっておきましょうか)
「あなた達、ちょっとお願いがあります」
そういって、三人の少女にある頼みをする。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
一方のティヤムは最初に案内された屋敷にもどり、一人今日のことを考える
「明らかに、フューラさんは何か隠し事をしている。話ぶりからしてそれは確信できる。とはいえ、村に危機が迫っているのは間違いないんだろうな。とりあえず軍に伺いを立てておこうかな」
と、そう一人で結論付ける。
すると、そこへ三人の少女がやってくる。
思わぬ来客に、眉を顰め怪訝なティヤム。このタイミングでやって来るということは間違いなく先ほどの話に関係あるはずだ。正直に言ってあまり気乗りはしない。
「あの、ティヤム様。さっきの話なんですけど私たち本当に困っていたので、協力してくれてありがとうございます。」
「わ、私も感謝の気持ちでいっぱいです。どうか、よろしくお願いします」
「…お願いする」
少女たちの懇願を受けたティヤムは困惑しつつも、その気持ちを受け入れる。
と同時に、先ほどの話の念押しをしに来たのかと思っていた自分の浅ましい考えがひどく恥ずかしいものに感じた。
「あ、あぁ。軍人としての責務だから当然だよ。それでそれだけが用件かい?」
「あ、本当の要件は違うんです。その、ティヤム様のお世話をするようにフューラさんに言われて」
「そ、そうそう」「うんうん」」
と、少女たちが早口に言う。
なるほどと頷くティヤム。気を遣ってくれたのかもしれないが、むしろ一人にしてくれたほうがよかったとティヤムは
「生憎だけど、世話の必要はないよ。これでも、軍学校では身の回りのことは自分でしていたからね」
と、やんわり断る。
しかし、ラーイは食い下がる。
「でも、この村のこととかは分からないですよね。それにお食事の用意とかも、そもそも食材を持ってこないといけないですし」
ラーイの言葉には説得力があった。
「確かに一理あるね。でも、女の子が私のような男と同じ屋根の下で問題があるんじゃないのかな? そもそも、三人がお世話するのは過剰だしね」
「あ、それなら大丈夫ですよ。みんな気にしないですから、それにお世話するのはメーアちゃんだけですから」
「頑張って、メーア」
それだけ言うと、ラーイとルミはあっという間に姿を消し、メーア一人が残される。
正直に言うとティヤムは困惑していた。なぜよりにもよってこの娘なのか。言っては悪いが一番向いていなさそうであるのに。
一方のメーアは、
「それでは、ティヤム様。よろしくお願いしますね」
今までとは違う、はっきりとした口調でそう語るのであった。
薄い黒の中、メーアの瞳だけが底の無い沼のような深淵を携えていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
翌日、ティヤムは村近くの都市からルファフ軍学校のチナーラに向けて電信を打った。もちろん、内容は村の襲撃についてである。
彼自身、繋がりがある有力者が彼女しかいないのだから選択の余地はない。
一方、電信を受け取ったチナーラは
「あの落ちこぼれも厄介な状況に巻き込まれているみたいだな。だが、この程度のことに回せる兵はいない。多かれ少なかれどこも似たような問題を抱えているんだ。それに、この程度のこと私の教え子なら、一人で解決してもらわないとな。まぁ、余っている武器ぐらいはくれてやるか」
と、ニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、電信を返す。
「あれーティヤム様、実にいい顔をしてらっしゃいますけど。その様子だと、いい返事はもらえなかった見たいですね」
「あぁ、その通りだよ。あのババァ、まったくふざけやがって。まぁ、武器だけはくれるっていうんだ、それだけでもましかな。それに色々知ることもできたしね」
「ふーん、それじゃあ精々、村のことをよろしくお願いしますね」
一夜あけて、すっかり仲を深めた二人は、まるで昔からの知り合いであったかのように軽口をたたきつつ、村への帰路についたのであった。