動き出す
「さぁ、ここですよー」
ラーイの声を聞いて、歓迎会の会場なのであろう広場に目を向けるティヤム。
そこでは、多くの人々が既に酒盛りを始めていた。
するとその集団の中から一人の女性が出てくる。それは先ほど話したフューラであった。
「これはこれは、申し訳ありませんティヤム様。歓迎会といいながら、既に始まってしまっていて。今、ティヤム様の場を設けますから」
そう言うと、フューラは酒盛りをしている集団に声を掛けて回る。
「フューラさん、手に酒瓶を持っていなかったか?」
ボソリと呟くティヤム。
「フューラさんにとってはお酒も水と変わらないんですよー」
耳聡くラーイが返事をし、他の二人も頷いて同意を示す。
そうこうしているうちにティヤムの挨拶の場がセッティングされていく。
「さぁさぁティヤム様。村の皆がティヤム様の言葉を待っています。どうか、ご挨拶をお願いします」
「あのー、フューラさん。私はどうもこういう場は苦手でして」
どうにかして、挨拶を避けようとするティヤム。そもそもティヤム自身、どうしてこの村の人間がここまで、自分を歓迎してくれるのか分からないのだから。
人間、第一印象というものはとても重要だ。それ次第で今後の自分の在り方がきまってしまうこともある。故に何としてでも、村人のそれを悪いものにはしたくはないと思うのは当然だ。
「そんなに気負わなくでも大丈夫ですよ。皆、ティヤム様のお言葉聞きたいだけですから」
しかし、フューラの言葉によって、ティヤムの退路は塞がれる。
「はぁ…。では挨拶させていただきます」
(まぁ、当たり障りのないことを言っておけば大丈夫か)
内心、そう思いつつ広場の中央に設けられた壇上に登るティヤム。
既に多くの人間がティヤムの挨拶を聞くために集まっており、先ほどの喧騒は忘れられている。そのことで否が応でも緊張してしまうティヤム。とはいえ、挨拶をしないという選択肢はないわけだが。
「皆さんこんばんは。本日付でこちらに赴任となりました、ピウス=ティヤムです。私のような者のためにこのような場を設けていただきありがとうございます。若輩者ではございますが、これからよろしくお願いいたします。簡単にではございますが、以上で挨拶を終えさせていただきます」
と、差し障りのことを述べ壇上を降りようとするティヤム。
その時、まるで打ち上げ花火のように村人たちの歓声・拍手があたり一面で鳴り響く。
「ティヤム様、ご挨拶ありがとうございました。村の皆も、わざわざこんな遠方にまで来てくださったティヤム様に感謝の気持ちを忘れないようにお願いしますね」
いつの間にか壇上に上がっていたフューラが話しているうちに、そそくさと壇を降りるティヤム。
「ティヤム様、お疲れ様です。素晴らしい挨拶でした」
「す、すごくかっこよかったです!」
「やっぱり、ティヤム様はスゴイお方。そこいらの凡夫とは比較にならない」
挨拶を終えたティヤムに声を掛けたのは、ラーイ・メーア・ルミの三人。
相も変わらず褒め称える三人にティヤムは苦笑しながらも答える。
「そんなに大したことは言ってはいないけれどね。それでこれから私はどうしたらいいのかな? 生憎、挨拶をしてくれとしか言われていないしね」
「えーと、私たちも詳しい流れは分からないんですけど、とりあえずお酒でも飲みますか?」
「それは嬉しい提案だけど、フューラさんに確認してからにしようかな」
すると、タイミングよくフューラがティヤムの所にやってくる。
「ティヤム様、お疲れ様です。これからですが、良ければお酒でもいかかですか? 場所も用意してありますので」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
そうしてティヤムは広場から少し離れた高台の社に招かれる。ティヤム自身、歓迎会と聞いた時から酒を飲めると期待していたのだから向かう足取りも軽やかだった。
たどり着いた社は、立派なものとは言えないまでも丁寧に管理されていることが伺い知れるものではあった。その社の敷地に設けられたスペースには既に酒の準備がされており、一同はそこに腰を下ろす。
そうして、ティヤムとフューラが向かいあうように座ったところで
「それではティヤム様のお酒は、僭越ながら私がお注ぎしますね」
ここにまで付いてきていたラーイがティヤムのグラスに酒を注ぐ。無論、傍にはメーア・ルミも控えている。彼女たちにとっては、少しでも仲を深めるチャンスだと思ったのだろう。
「あぁ、ありがとう。それではフューラさん、乾杯しましょう」
「えぇ、そうですね」
お互いに並々と注がれたグラスを掲げ、その後に一気に飲み干す。
「それで、フューラさん。ご用件は何でしょうか? わざわざ村の人間から離れたのです、ただ気を利かせたという訳でもないでしょう」
半分、冗談気味にティヤムは言う。彼自身、単純に気を遣われているだけだという可能性も否定しきれない中では、これくらいのトーンがちょうどいい。
「流石、ティヤム様です。ええ、実はティヤム様とお話したいことがありました。正直に言って、ティヤム様はこの村の現状を把握してはいませんよね」
「…はい。その通りです。私自身、この村に赴任させられた理由は伝えられていません」
「やはり、そうでしたか。いや、ティヤム様を責めているわけではないのです。ただ、単純に確認をしたかったのです。それに、ティヤム様が優れた人物だということは間違いないのでしょうから」
その発言を聞いて、なんとも言えない気持ちがこみ上げるティヤム。なんとなく、この村が厄介な問題を抱えていると同時に、それの解決を期待されていることが分かったからである。
一方、そんなティヤムの気持ちを知らない少女たちは
「うんうん、ティヤム様はスゴイんだよ。さっき休んでいる時も、ずっと一人で作戦を考えていたんだから、きっとこの村のこともある程度は見当がついているんじゃないのかなぁ? ね、メーアちゃん、ルミちゃん」
「は、はいー。た、確かにティヤム様はずっと考え事をなさっていました。それに、挨拶の時もスゴク堂々として、か・・・カッコよかったですし」
「うん、ティヤム様はスゴイお方」
と、相も変わらずティヤムを褒め称えるばかり。
(ババァの悪口ばかり考えていたんだけど、それは言えないなぁ)と心中で、ティヤムは苦笑する。
しかし、フューラはラーイたちの言葉を聞いて、軽く手をたたき
「流石はティヤム様です。実は、村の現状にも薄々感ずいているのではないですか?」
と、三人の少女と同じようにティヤムを持ち上げる。
「いえ、ぜひフューラさんの口から、直接教えていただけないでしょうか? その方が間違いがなくて済みます」
ティヤムはフューラに説明を求める。
「そうですね。では私が説明させていただきます。その前にティヤム様は亜人をご存じですか?」
その言葉を聞いた、ルミが顔を歪める。
「えぇ、もちろんです。しかし、知識として知っているだけですので、あまり詳しい所までは理解できていませんが」
亜人とは、名前の通り人に限りなく近い種族である。とはいえ、亜人という言葉は単一の種族を指すのではなく、多くの種族を包括した概念である。
「実は、この村の多くの者が亜人なのです。かくいう私も、こちらのルミも。」
「そうなんですか? 分かりませんでした」
「亜人という呼び方は気に入らない。人間が基準になっているのが気に食わないから」
ルミが嫌そうに言う。
フィーラはそれを窘めつつ発言を続ける。
「実際に亜人自体、リムサラームにはそこまでいるわけではありませんからね。そして、この村の抱える問題というのもそこに起因しているのです」
「と、いうと?」
「実はですね・・・」