緊急事態
翌朝、差し込む朝日によってティヤムは目を覚ます。
同時に清々しい朝に似つかわず外が騒がしいことに気づく。
「あ、ティヤム様。おはようございます」
「あぁ、おはよう。それで、なんでこんなに騒がしいんだい」
「さぁ、私にも分かりませんねー?」
どうやら、お互い騒動の心当たりはないようだ。
すると、ある人物が訪ねてくる。要件は間違いなくこの騒動についてであろう。
「ティヤム様、メーアちゃん、大変」
それは昨夜も行動を共にしたラーイであった。
しかし、その表情、態度からは昨夜感じられた少女らしい、得意げな表情は浮かんではいない。
今の彼女は、焦燥感に駆られた一人の人間に過ぎない。
「どうしたんだい、ラーイ?」
「ど、どうしたのラーイちゃん?」
二人一緒になってラーイに尋ねる。
一拍おいて、ラーイが言う。
「フューラさんがこ、殺されているんです」
あれだけ騒がしかったはずの外の喧騒すらも、ピタリと止むような不思議な感覚に陥るティヤム。それほど、このことがティヤムに与えた衝撃は大きかった。
「分かった。わざわざ、伝えてくれてありがとう。こっちも準備出来次第、確認に行くよ。場所はフューラさんの家でいいのかな?」
「ち、違います、昨日のあばら家です」
最低限の情報を仕入れたのち、ラーイを家に帰す。
「メーア、どう思う?」
「十中八九、昨日の件が原因でしょうね。これほどまでに早く手を打つなんて」
「そもそも、何でフューラさんは、わざわざあんなところに行ったんだ」
「さぁ、死人に口なしって言いますしね。その理由は何とも言えませんね。それよりも、早く現場に行きましょうか」
「あぁ、そうだな。というか、お前も来るつもりなのか?」
「ティヤム様が迷わずに行けるのなら、ついて行きませんが?」
「案内、よろしくな」
そうして、メーアの先導のもと、昨夜も訪れたあばら家にたどり着く。
多くの人間が集まっているが、ティヤムの姿を確認すると道を開ける。
「テ、ティヤム様。大変なことになりました」
「話は聞きました、すいませんが中に入って確認してもよろしいでしょうか?」
辺りを仕切っている男性が声を掛けてくる。その表情からは今回の事態を受け止めきれていない様子が見て取れる。
とにもかくにも様子を見ようと、了解を得てあばら家の中に入る。
「なるほどな。これは意趣返しってことか」
倒れているフューラは、昨日の遺体と同じように顔を焼かれていた。
しかし、それ以上に気になることがある。
「おかしい、昨日の遺体はどこにいったんだ?」
そう、それが一番おかしいことだ。昨日まであったはずの遺体が消え、代わりに新たな遺体が置かれている、この状況は何を意味しているのだろうか。
ともあれ、一旦、時間が必要だと考えたティヤムは先ほどの男性に再び声を掛ける。
「ありがとうございました。一旦、今後のことを考える時間を頂けませんか? そうですね、昼頃に一度集まって話しましょう。私と、村の代表者の方何人かとでです」
「分かりました。では、昼過ぎにそちらに伺います。それからですね、今となってはティヤム様に頼るほかありません。何卒宜しくお願い致します」
男性は何かにすがるように、手を合わせ頭を下げる。
ティヤムも会釈をして、その場を離れる。
来た時と同様に、メーアに案内されて屋敷に戻るティヤム。
しかし、ここで違和感に気づく。
「メーア、これってそういうことだよな」
「えぇ、やられちゃいましたね。とにかく確認しましょう」
急いで、屋敷の中に入り、例の者を確認する。
「やっぱりだ。銃が盗まれている」
「これは、まずいんじゃないですか?」
確かにメーアの言う通りであった。
銃を盗まれる危険性は重々承知していたはずなのに。
「管理を疎かにしていた俺の落ち度だ。ただ、隠しておいた弾が盗まれなかったことだけが不幸中の幸いだな」
「ホントに不幸中のって感じですね」
「言うなよ。とにかく、事態が非常に不味い方向に向かっているのは確かだ。フューラさんが殺されているのもそうだし、何より銃を盗まれたっていうのは相当だ」
「それで、これからどうするんですか?」
「とにかくは、今後の方針を考えよう。俺としては、事態の詳細を軍に伝えて協力を仰ぐって言うのが一番、王道だと思うんだが」
「えぇ、それがいいでしょう。ですが、最悪の事態も考えておかないと」
メーアの言いたいことは、大体予想はできる。
「つまり、軍の協力が得られなかった場合と、仮に得られたとしても直ぐに攻められた場合だな」
「その通りです。というか、私個人の意見ですけど今夜中にも攻め込んでくるんじゃないでしょうか? どうやら、すごく手の早い連中みたいですし」
「まぁ、そこら辺も含めて、あとで要相談だな」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「というわけでして」
「っ、これは大変なことになりましたね」
「はっきり言って、これはティヤム様の意識が低いのが悪いんじゃないですか?」
「大体、こんなガキがどうにか出来るなんて俺は最初から思ってなかったけどな。何なら、こいつが来てからの方が、事態は悪化しているじゃねぇか」
昼になって、村の暫定的な代表者の三人が集まってやってきた。
ティヤムはそこで、銃が盗まれたことや、村がいつ襲撃されてもおかしくないという状況を説明する。一応、フューラが行っていた取引について、ティヤムは上手く誤魔化したのだが。
「それについては返す言葉もありません。しかし、今はこれからの方針を考えることが必要です」
既に村の人間からの心証が悪くなっていることを自覚しつつ、ティヤムは前向きな提案をする。
最も、村人の反応は芳しいものではなかったのだが。
「ティヤム様のおっしゃっていることは最もです。ですが、具体的にはどのようにするべきだとお考えですか?」
「そうですね。やはり、私が直接軍に全ての事情を明らかにして応援を頼むというのが理にかなった選択でしょう。とはいえ、この場合は軍に断られる、もしくは応援自体が間に合わない可能性があります」
「この状況でティヤム様が村を離れるのは、あまり好ましいことではありません。どうでしょうか? 村の人間を代わりに遣わせるというのは」
「いや、それはどうでしょうか?」
「俺もそれはどうかと思うな。結局、このガキを行かせるのが一番手っ取り早いだろ。どうせ、村にいても何もできないんだろうから、せめて少しは役に立ってくれないとな」
どうやら、三人の中で意見がまとまらないようだ。とはいえ、いつまで長々と議論していても仕方ないと判断したのか3人の中で最も年配の男が場を仕切ることになった。
「というわけでティヤム様には、この村に残って頂き、私たちに指示を与えて下さればと思います。軍には村から使いを出しますので」
確かに、ティヤム自身も、その考えに特に反対意見はない。
ただ、懸念事項として、一介の村人がコンタクトをとったところで軍が取り合うだろうかということがある。
「分かりました。では、私が書状のようなものを作りましょう。それがあれば多少は融通が利くでしょう。」
「助かります。では、なるべく早くに村から遣いを出しましょう」
「というわけで、俺は村に残ることになったんだ」
「まぁ、その方がいいでしょうね。というか、ここでティヤム様が村を離れるというのは、匙を投げていると捉えられてもしょうがないですからね」
匙を投げてしまいたいような状況ではありますけどね、とメーアは頭をおさえつつ。とってつけたように言う。その表情からは気怠げな様子が見て取れる。
「けど、実際にどうしたらいいかと言えば何も考えが浮かばないんだけどな」
軍人と言ってもティヤムには戦闘の経験はない。そもそも指示を出すこと自体が困難だと言える。
「そうですねー、極論を言えば村人を見捨てて逃げるのも一つの手ではあると思いますよ。無駄に危険な目に遭うのも馬鹿らしいと言えばそうですし。けど、その時には私も連れていってくださいね。余裕があればルミもお願いします」
メーアの提案は流石に受け入れ難い。自分が軍人でなければ、あるいはそれも有りだったのかもしれないが。
「流石にそんなことはできねぇよ・・・、罪悪感で押しつぶされちまう」
「なら、無い頭を捻って頑張るしかないないですね」
と、メーアはつまらなさそうに言う。結局、やるべきことは一つしかないのだから、うだうだするなという、メーアの心遣いだろう。
「はぁ、全く大変なことになっちまったもんだよ」




