表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

落第+左遷

導入部です。

どうしてこうなった???


 いや、理由は分かっているんだ。あの時、あぁしていればこうはなっていなかったと。でも、俺は神でもなければ人間を辞めているわけでもない。そんなの予想できるわけないじゃないか。


 周りを見渡すと、そこには色鮮やかなグラデーションが広がっていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ティヤム、君には才能が少し欠けている」


 広々とした教室で、少年はそう告げられている。


「はぁ」


 名指しの呼び出しを喰らい、何かと身構え告げられた言葉がこれだ。拍子抜けもするだろう。なぜなら、それは当の本人が最も自覚していることだったからだ。


「その覇気のない返事は止めろ。普通男はこういわれてもカチンと来るものなんだぞ」


 彼の恩師でもある、妙齢の女性がそう告げる。


「しかし、先生。自分に才能がないことは自覚していますので。それでも、先日の考査の出来は中々だったと自負しているのですが」


「まぁ、それの出来について不満はない。トップクラスとは言えないまでもそれに準ずるレベルではあったからな」


ではなんで? その疑問は質問するまでもなく、告げられる。


「ただ、あんなものは極僅かな努力でどうとでもなるものだ。故に私はさほどそれを重視はしていない。才能というのは、努力の及ばない領域でこそ顕著に現れる。そして、君はそこが決定的に不足している。まぁ、光る所もないわけではないがな」


「つまり、何が仰りたいのでしょうか」


「まぁ、簡単に言うと君は私の教え子としてふさわしくないということだ。人間的には好みなのだが、実に残念だ」


と、妖艶な笑みを浮かべる師に対して憮然とした表情を受かべるティヤム。


「しかし先生、俺だって・・・」


「いや、これ以上の問答は不要だ。告げることは現時点をもって君は私の教え子ではなくなるという事実だけだ。あいにく、才能の無いものに振り分けるリソースは私にも、この国にも無いのだからね。言っておくが君が憎いからではない、今までも消えた人間は何人かいただろう? 明日からは君もそうなるだけだ」


言い切ると師は教室を出ていく。一人残されたティヤムは自身のこれからについて思案に耽る。


「くっそ、あのババァ好き勝手に言いやがて、明日からどうしろっていうんだ。今更、他の分野を学べといっても無理だぞ、ちくしょう」


 ティヤムがつい先ほどまで師であった人物から学んでいたのは軍略である。彼の学び舎である国立ルファフ軍学校は、様々な分野の軍人を育成する国の重要な施設なのだ。


 この国、リムサラームは率直にいって滅亡に瀕している。大陸の内陸に位置するこの国は現在、隣国と戦争中。更に経済封鎖を受ける関係上、塩といった必需品の需要が極端に減少し、生活水準もかなり低下している。

1000万を数えた人口も現在では800万程に減少、更に性質の悪いのが20-30代の男、つまり国を支えるべき人間の減少が著しいことである。これでは益々、国が立ち行かなくなるのは自明の理。だからこそ、ティヤムのような少年が軍学校で軍略などを学んでいるわけである。既に軍の中枢を占める人間もその数を大いに減らしていた。


「おっとティヤム、君に一つ渡し忘れていたものがあった」


師が、再び教室に戻ってくる。つい先ほどまでの暴言を聞かれていないかで心の中が一杯のティヤムの目の前に一つの書状を出す。


「これを君に。それと、目上の人間に暴言を吐くのは関心しないな。まぁ、君の立場を慮り今回ばかりは不問にしよう。それでは幸運を祈るよ」


 今度こそ本当に教室を去っていった師の背中を見送るティヤム。そうして視界から彼女が消えたのを確認し、その書状の中身に目を落とす。


―南でバカンスにでも興じてこい(明日から)ー


 一瞬、意味が分からず固まるティヤム。しかし、その書状の内容を理解してから叫ばずにはいられなかった。


「っっっざけんなよ、あのババァーーー」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 時は遡って少し前、考査の結果を見て溜息を吐く一人の女性。彼女こそ、このルファフ軍学校一の才女と呼ばれるチナーラ女史その人である。

 その溜息の理由は彼女の教え子である一人の少年にある。元々、彼女は彼に対して多大な期待を寄せていた。というのも彼の眼は透き通るように美しく、まるで全てを見透かしているのではないかと思うほどであったからだ。しかし、その期待は既に無残に打ち砕かれていた。


「なんだ、この温い作戦は。教本通りに素直に敵が動いてくれる訳がないだろう」


 少年の回答は基本に忠実な、悪く言えば凡庸なものであった。

 彼女の教え子は総勢17人。当初はもう少しいたのだが、幾多の選抜を通じて、しばらくはこの人数に落ちついている。その中には彼女をもってしても素晴らしい作戦だと感嘆せざるを得ないものを回答する者もいる。その中で少年はひどく見劣りしていた。教本通りの作戦など、素人でも学べば即座に立案できる。 

 彼女が見たいものは、その教本からどのようなことを学び応用するか、つまり才能を示せるかどうかの一点である。

 それらを踏まえて、彼女は少年ティヤムの落第を決定するのであった。


 しかし、ティヤムの落第を決めたものの彼女はその次を決めかねていた。それは彼の今後についてである。彼女の教え子としてはその能力は不足しているものの、一般の人間より能力があるのは間違いがないのだ。前線で使いつぶすなどもっての外である。とはいえ、無駄な人員を抱える余裕はない。自分の教え子だけを特別扱いするわけにはいかないからだ。

ここで、彼女は突如閃く。


「いや、あったな理想的な赴任地が。ここなら、誰も文句は言わないだろう。いや、一人だけいたか当の本人が」


というわけで、ティヤムの赴任地は前線から遠く離れた南の自然豊かなフルシュ村への着任が決まった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「というわけで、南でバカンスすることになったんだ」

 

「おぉ、そうかい良かったじゃないか」


 うなだれながら酒を呷るティヤムに対して、笑顔で話す店主。この店は、まだ未成年であるティヤムに酒を提供する褒められる店ではないのだが、ティヤムにとっては非常に居心地のよい場所だった。


「なにがいいんだよ?」

 

 なかば、怒気を含んだ声で尋ねるティヤム。一方の店主は飄々としている。


「だって、そこなら少なくとも戦争に巻き込まれて死ぬことはないだろう? いいことじゃないか。若い命を無駄に散らすことはないさ。昔から知っているお前の訃報は生きている間には聞きたくないしな。」


 その、言葉を聞いて怒りはどこかに行ってしまった。自分より、倍以上生きている店主の心遣いが非常にありがたく感じられたからである。


「ただ、そうなるとしばらく会えなくなるのが残念だな。餞別だ、今日の飲み食いは俺の奢りにしといてやるよ。まぁ、今の状況じゃ大したものは出せないがな」


 物資の困窮する中、店主は精一杯のもてなしをしてくれた。


「おっちゃん、ありがとな。また、帰ってきたら絶対にこの店に来るよ。それまで店を開けといてくれよ」


「おう、爆弾が降ってこようと店は開けとくよ。だから、それまでお前もバカンスを楽しんできな。お前は運というのに愛されていないからな、そこだけが心配だよ」


「いいや、今回ばかりは自分の運も捨てたものじゃないと思うんだよ。なんせ、南でバカンスができるばかりか、飯まで奢ってもらえたしな」


 ニッコリ笑って、ティヤムは店主に語る。


「そうかもな。それにお前には何か期待してしまう自分がいる。きっとお前がいい眼をしているからだな、その期待に応えてくれよ」


 そうして、ティヤムは翌朝、命じられた赴任地であるフルシュ村に出発するのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい!キャラの性格や心情が細かく描写されていて読んでいて楽しい。 [一言] とても好きな世界観と設定です!応援してます!
2020/05/15 03:01 落ちこぼれの誰か
[良い点] 読ませて頂きました! 戦争と経済悪化で滅亡しかけの国で、少年のティヤムは師に落第を告げられ、左遷させられてしまう。 辺境のフルシュ村で、彼にどんな出会いが待っているのか……とても楽しみです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ