【Side:ブレイブ】勇者と精霊王と
「あぁ、分かったよ。どこにでもついて行くよ。」
アリスが俺に会いに来たのは、俺をどこかに連れて行きたかったらしい。それなのに、それなのに、俺はまたしてもアリスの愛らしさに舞い上がり愚かなピエロを演じてしまった。もう何もかもどうでも良くなった……。
アリスの指示通りにアイスソードを持ち、アリスと共に宿を後にする。幸せそうに熟睡していたパチャムのまくらを引き抜いてやったのはささやかな八つ当たり。
宿を出てしばらくしてからファナと呑む約束をしたことを思い出すが、それももういいやと投げやりになる。
走るアリスの後を追いかける俺は、前世のデブな俺ではとても月島さんの後をついて行くことはできなかっただろう。いまの俺はそれができたが、やっぱり彼女の横には立てないんだなと思った。
外見が良くなっても中身が変わってないのだから好いてくれる訳もない。中身が変われれば彼女は俺を認めてくれるのかな?でもどう変われば良いのか全く分からなかった。
一人で悶々と考えを巡らせていると、アリスが立ち止まる。ここは、先日アリスと会った精霊樹庭園のまさに精霊樹の下だった。
そこには見知らぬエルフの女性がいた。美しい黄金の髪が風にたなびき、美の女神の如きで容姿は完成された芸術のようだった。アリスとは異なる美しさを称えていた。その二人が並んだ景色は感動すら覚えた。
「彼が氷の剣のマスターか?」
「は、はい。」
その美しいエルフは俺のところまで来ると開口一番こう言った。
「綺麗な顔立ちをしているな、君は。身体も引き締まっていて素晴らしい。アリスが認めるだけのことはあるな。名は、ブレイブだったか?アリスが世話になっている。」
「あ、いえ、俺こそアリスには助けてもらってばかりです。えっと……」
俺は美しいと思ったこの女性からまさか褒められるとは思わなかった。そして、アリスが俺を認めていると言ったのか?一体アリスは俺のことを何て思っているのか更に分からなくなった。二人には言えない長考をアリスは違う方に思い違いをする。でも、それは助け船になった。
「もしかしてブレイブは知らないの?クリスティーナのことを。」
「クリスティーナって……もしかして勇者の!?」
そう俺は知らなかった。目の前の美しいエルフの女性が……勇者クリスティーナだってことを。片田舎から大国に来たばかりの田舎者にとって噂でしか耳にしない勇者様の御尊顔など拝む機会は無いのだから知らないのは当然だ。
しかし……あらためて思う。目の前に『勇者』と『魔法少女』が並んでいるなんて豪華すぎるキャスティング!夢の共演に乾杯だ!!それに比べ、駆け出し冒険者の俺がそんなお二人と一緒にいるだなんて恐縮してしまう。
「貴女が勇者様でしたか。女神様かと思いました。自分は片田舎の小国オルガナの、まだ駆け出しの剣士ブレイブです。自分などの名前を覚えていただき、こ、光栄であります。」
噛まないように噛まないようにと言葉を選んでみたが、どうだろう?おかしくなかっただろうか?無意識に敬礼していた。二人ともクスクス笑っていた。
「すまない。そんなに硬くならなくて良い。時間もないので、早速、君のアイスソードを出してくれ。」
そうか!アリスはリフィーの忠告を無視して勇者様にアイスソードのことを頼んだに違いない。こんなことがリフィーにバレたら発狂するんじゃないだろうか?と命の心配をしてしまう。主である勇者様の機嫌は良さそうだから何とかしてくれるかもだけど……。
「勇者様がアイスソードの氷の精霊を覚醒してもらえるんですか?」
「いや、わたしには無理だ。アリスから聞いたが、導師マギクスの言葉通り、これは精霊王でないと叶わぬことだろう。さぁ、精霊王にその剣に宿る精霊の覚醒を願うといい。」
勇者クリスティーナはそう言うが、一体どういうことだろうか?
「願うって、どういうことですか?」
俺は助けを求めるようにアリスに視線を送るが、アリスは首をかしげるだけだった。
「我が問いかけを聞き届けてくれた精霊王がいまこの地に居られる。だから、精霊王に願うがいい。」
キョロキョロと辺りを見廻す俺。釣られてアリスも精霊王を探すが……どこにも居ない。
「精霊王はアストラル体だから姿かたちは無いのだ。言い方が悪く済まない。心の中で願うのだ。」
なるほど。神社で参拝するイメージかな?と思い、心の中で祈りを捧げる。すると、頭の中に声が聞こえる。
「その氷の精霊はいま消滅の際にいる。力を貸そう。しかし、消えるか生まれ変わるかはその精霊と其方次第と心得よ。」
目には見えないが確かにいる、これが『精霊王』!?力を貸してくれるという言葉に勇気が湧いてくる!
「お願いします、精霊王よ!俺のこのアイスソードに御加護をっ!!」
両手でアイスソードを天に掲げ、俺は力の限り願いを込めて叫んだ!……何も起きない?しばらく同じ姿勢で剣をかざすがやはり何も起きないので、気まずさから剣を下ろす。恥ずかしい。
「あの、精霊王よ。もしかして駄目だったのでしょうか?」
俺は辺りを見廻し、さっきまで頭の中に響いた精霊王の声を探すが、もうその声は聞こえなかった。やっぱりダメだったのか?
「勇者様、その……精霊王はもうお帰りですか?そして……失敗ですかね?」
「それは……わたしにも分からない。精霊王が御言葉をお示しになったのだ。もう少し様子を見ても良いと考えるが。」
この数分で結論を出すには早すぎるか。勇者クリスティーナの言う通り様子を見よう。




