【Side:ブレイブ】格闘少女
森の中に響く音がだんだんと大きくなる。こちらに向かってくるのは間違いなかった。狩人のリフィーは身軽に木の上に登り様子を伺う。
「あれは……ジャイアント・アントの群れ!20匹以上いる。」
リフィーは大声で状況を皆に伝え、固まるように注意を促す。
ジャイアント・アントは体長2mはあり、かなり硬質な外皮を持つ。機動力が高く、狙った獲物は複数で仕留めにかかる性質があり、こちらが5人に対しアント20匹以上では1人あたり4~5匹が襲ってくる計算になる。俺たちはリフィーの指示に従い森を進んだ岩場を背に迎え撃つことにした。
剣士の俺と拳闘士のファナが前衛で攻撃と後衛の壁となり、後衛は司祭のパチャムと魔法使いのアリス。リフィーは岩場の上から援護射撃と指揮を取る。いま取れる最善の陣形であった。
「ブレイブ、抜かれたぞ!!」
リフィーの怒号が飛ぶ。俺は1匹のアントを倒したものの、まだ6匹が俺にまとわりつく。何よりアイスソードが無い今の俺はかなりの戦力ダウンだった。ファナも8匹を相手に苦戦していた。パチャムの回復魔法で凌ぎつつ、リフィーも弓矢で応戦するが外皮の硬いアントにはなかなか有効打にならない。多勢に無勢とはこのことであった。
アリスは魔法でサポートをしてくれたが、敵味方混戦状態では広範囲攻撃魔法は使えず単体攻撃魔法を放つ。しかし、まだ覚えたての魔法に慣れてなく、アントが思いのほか機敏に動き回ることで魔法を当てることもままならなかった。
「アリス、危ない!!」
俺はアリスに襲い掛かるアント目掛けて突進し体重を乗せた渾身の一撃でアントの胴体を両断した!
「ありがとう、ブレイブ。」
アリスの感謝の言葉に何だかんだ癒されてしまう俺。こんな状況では昨晩の気まずさなど関係なかった。例え許嫁が居て俺にはアリスの横に並ぶ資格が無くても……俺はこの微笑みを守りたいと思った。
「ブレイブ、持ち場を離れるな!」
俺が相手をしていたアント6匹が一気にファナに襲い掛かり、14匹のアントの波に飲み込まれるファナ。
「ファナァァアーーー!!」
しくじった!アリスを助けるためとはいえ、それがファナを危険に晒すことになるとは!いや……アリスにしか目が行ってなかったのか。
悔やむ俺はファナが居るであろうアントの集団に特攻する!剣を振り回しアントを薙ぎ払うつもりが、重なり合うアント達を蹴散らすことができず逆にはじき返されてしまう。このままではファナがやられてしまう!!
「そうだ!アリス、変身してファナを助けてくれっ!!」
アリスが本来の力、そう『魔法少女』に変身してくれれば、あんなアントの群れなんて一撃で倒せるはず!だって、現世で見た魔法少女の力はこの世界のどんな冒険者でも及ばない、まさにアニメの主人公そのものであったから。俺はアリスに期待の眼差しを送る。だがアリスは視線を逸らす。
「ブレイブ、ごめんなさい。今は変身は……できない。」
驚いた!まさか変身できないだなんて!!
いや、そういえばあの魔法少女の姿をアリスが一度も見せてはいなかったのは、変身ができないってことだったのか。
因みに、僕が知っている魔法少女アリスは金髪碧眼な美少女であり、月島さんは黒髪に黒い瞳の純日本人な美少女。つまり、変身モノのお約束で正体がバレないように容姿が変わるタイプのようだ。
いやいや、今はそんな考察をしている場合じゃなかった!ボーッとしてしまった俺の前にアリスは颯爽と立つ。
「でも、できることはやるから。」
そう言うとアリスはスカートを捲り太腿に付けたホルダーから二本のダガーを抜き、一気にアントの群れに突進した!小さな身体を更に縮めてアント溜まりに侵入する。固いものがぶつかる音が何度もすると小さな山になっていたアント溜まりの一部が瓦解する。
「うおおおーーーっ!『ライジング・ブレイクラッシュ』!!」
ファナの気合の入った叫び声とともにアント溜まりが崩れ数匹のアントが宙を舞う!
『ライジング・ブレイクラッシュ』、それは敵の懐から天に突き上げる打撃技で、某格闘ゲームの『昇龍け(ピー)』とよく似ていた!!
あれ、リュウ・ケンかな!?拳を突き上げて飛び出したファナの隣には同じポーズをしたアリスが空中に居た。着地したファナとアリスは更に乱れ舞い、残りのアントを倒していった。
「危なかった~!んで、疲れたし、痛いよ~!!」
大の字で倒れ込むファナ。全身傷だらけでところどころ出血していた。
「大いなる精霊王の御力よ、ファナの傷を癒したまえ!」
パチャムはファナに回復魔法を施すと傷は見る見る癒されてゆく。むにゅっ!
「ひぁっ!パチャム、いまおっぱい揉んだでしょ!」
「さっきのお返しだよ。それに揉まれれば大きくなるらしいよ。アリスみたいになりたいんだろう?」
悪びれることなくパチャムは舌を出しながらも治療を続ける。まさかあのパチャムがセクハラを平然と行うだなんて意外だった。
「……むかつく。」
疲弊して動けないのか、いつものファナなら拳が飛ぶところだが、いまは大人しくしていた。
「あの、さっきもですが……わたしの胸がどうしたんですか?」
アリスが困惑した面持ちで質問し、ファナが答える。
「いや、アリスのオッパイ大きいよねって三人で話して……」
俺はファナの口を両手で塞ぐ!
「そ、そんなことよりさ……何でファナと同じ技『ライジング・ブレイクラッシュ』が使えるんだい?」
俺は誤魔化しつつもアリスが拳闘士の技を使ったこと、それもファナと見事にシンクロしていたことに正直驚き質問をした。
「ファナの技を見よう見まねでやってみて。うまくいって良かった。凄い技でした!」
見よう見まねであの精度、ファナも豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。
「ブレイブ、さっきアリスに言った『変身』ってどういう意味だ?」
リフィーが俺に質問をする。俺の思い込みで『変身』について口にしてしまったが、魔法少女のことを公言して良いものか俺には判断ず、アリスに視線を向ける。
「『魔法少女』に変身ができないってことです。」
え、あっさり言っちゃったよ!
「アリス、良いのか!?」
「あ、ダメでした。」
みんなの反応を伺う。多分聞き慣れない『魔法少女』という言葉自体に理解が追いつかない様子だ。リフィーは物憂げに考えていた。
それよりも一介の魔法使い、しかも劣等種族の人間が見事な戦いを繰り広げたことに感嘆の声が上がる。俺だって驚いている。魔法少女に変身しない状態であのスペック!頼もしい以上に身震いすら覚える。
「アリス、貴女は一体……」
リフィーが改めて問う。アリスは人差し指を唇に当ててにこやかに笑みを浮かべた。
「その……秘密です。」
それじゃあ収まらないよ、アリス。でも、そんなアリスも可愛いから、俺は許す。




